第24話「わたしメリーさん……弟が海外のケミカルな色彩のお菓子を食べて「カブトムシの味がする」とか言ってるけど、絶対にカブトムシの味を知らないはずなの」


 翌日、昼休み。

 冥子とメリーさんとメリッサは、3階のトイレを訪れていた。


「トイレの花子よ。また来てやったぞ」

『どうぞお構いなく。歓迎は致しませぬが、邪険にはしなくてよ』


 ピンクのタイルが張られた女の子の聖域に、優雅で可憐な返答が響き渡った。

 腕を組んで仁王立ちするのは、邪悪な笑みを浮かべる大和撫子だ。

 愉悦に瞳を細める冥子は、ドアの向こうの地球人に告げる。


「今日も貴様は、トイレで引きこもりか」

『愚民のあなた様には理解が及ばぬでしょうね。わたくしの崇高なる趣味を』

「あぁ、分からんさ。便所で飯を喰らうなどという、崇高な趣味などな」

『……なぜ、お気づきになられまして?』


 冥子の発言で。

 ドアの向こうの花子さんが、身をこわばらせるのを感じた。

 上品な声音に混じるのは、動揺と狼狽。

 クククッと哄笑混じりの口調で、冥子はドアの向こうに語りかける。


「俺が雇った傭兵の分析結果だ。メリッサ、解説してやれ」

「はい。私が思うに、個室の中で花子さんは……揚げ物を食べていると考えます」

『なぜですのっ!? なぜお分かりになりましてっ!?』

「気配を殺さず食べるだけの便所飯――見破られないと思うのがお笑いですね」

『……お聞かせなさい』


 ドアの向こうから聞こえるのは、焦りと悔しさが混じった声だった。

 自慢気に語るのは、友達ゼロの召喚士。


「いいですか。便所飯というのは命の駆け引きなんです」

『たかが『花園飯』ごときに、何を大げさな』

「いいえ。便所飯は命のやり取りです。偉大な将軍マルウス=アレクセイは、雪隠で食事を取っている最中に亡くなりました。彼は未熟な便所飯が暗殺者にバレてしまい、結果として命を落としたのです。古来より高貴な身分の人々は、常に毒殺や暗殺など食事時の危機に怯えていました。食事はどうしても毒物を口に含む確率が上がりますし、心が緩んで周囲の警戒が疎かになる時でもあります。そこで、どこの屋敷にもある四方を壁に囲まれた安全な密室――トイレが食事場所に選ばれたのです!」

『おかしくてよ! あなた様の世界の歴史は狂ってましてよ!』

「否定されても事実なので変えられません。トイレで食事をすれば毒物を混入されてもすぐ吐き出せますし、盾に守られながら食事を摂るようなものなので安全です。それゆえ便所飯は貴族のたしなみとなりましたが、暗殺者に便所で飯を食べていることがバレてしまっては意味がありません。そこで便所飯は、他者に存在を察知されない食事作法へと進化を続けました――」

『……ゴクリ』


 個室から、つばを飲み込む音。

 トイレの花子さんは食事すら忘れて、メリッサの説明に耳を傾けている。

 ひさしぶりに誰かと会話できて嬉しいのか、メリッサの饒舌は続く。


「トイレに足を踏み入れた瞬間、ほんの僅かに植物油の香りがしました。そしてクリスピーな破砕音。これは油脂で揚げた衣を噛み切る音ですね。ダメですよ。揚げ油は匂いの少ないモノを選ばないと。あと揚げ物を食べるなら最後にすべきです。衣に大気中の水分を吸わせてふやかしてからでないと、揚げ物は咀嚼音が出るんです」

『なんという分析……わたくしのお弁当のメインを飾る天ぷらは良質なごま油を用いたモノ……』

「どうやら、私の推理は正しいようですね。あと、漬物です」

『――ッ!?』

「パリパリと小気味よい食感の漬物ですが、便所飯においては相手に存在を知らせる音源となります」

『なんという高みですの……』

「歯ごたえは音に変化しますから。扱いは慎重になるべきです。まあ熟練者なら別ですが。便所飯の達人は、歯ごたえのある食材をパンやライスなど『吸音食材』と一緒に咀嚼するんです」

『吸音食材っ!? まさか、柔らかいお米などに音を……』

「異世界の音響技術は便所飯で発展したと言っても過言ではありません。メロディアの商業都市に建築された名高い音楽ホール『ホール・オブ・ローレライ』にも、便所飯の達人が音の内部反響を計算した設計が取り入れられています」

『……学ばせて頂きましたわ』

「便所飯というのはですね、誰にも邪魔されず自由でなんというかバレてはダメなんですよ。独りで静かで豊かに――」


「解説はそこまでだ。メリッサ、貴様の出番はおしまいだ。消えていいぞ」


 貴重な他人との会話(ドア越し)を中断されて、涙目になったメリッサ。

 しぶるメリッサのケツに蹴りを入れて、冥子はトイレから追い出す。

 次に連れてきたのは、2人の女生徒だった。

 冥子は、哄笑混じりに言うのだ。


「トイレの花子よ。俺が雇った傭兵の第二弾を紹介しよう」

『……傭兵とはお笑いですわ。わたくしの花摘みの園は、絶対不可侵のプライベート空間で――』

「声が届く。音が届く。匂いが届く」

『――ッ!?』

「それだけ届けば、戦い方はいくらでもある。傭兵――自己紹介をしろ!」


 冥子の叫びに応じて、傭兵少女の1人が口を開いた。


「あたしは『過食嘔吐のエミリー』。食べて吐いてを繰り返す、スレンダーな体の維持に全てを捧げる乙女です」

『過食嘔吐……まさか』


 個室の中から、怯えきった声が聞こえてくる。

 その怯え方を肯定するように、冥子が雇った過食嘔吐の傭兵は宣言するのだ。


「胃袋の蓄えは十分です。食べたお弁当は1食で7個。総摂取カロリーは4200キロカロリーにも及びます。成人女性の必要摂取量の2倍を超えるカロリーですが、吐き出したらゼロになりますからね」

『あなた様は、今すぐ農家に土下座しなさいっ!』

「いいえ。吐きます。ゲロします。戻します。嘔吐します。花子さんが食事中だろうが関係なく、お隣の個室でゲロを吐きます!」

『おやめになってぇぇぇ!!』


 花子さんの断末魔が響く中、過食嘔吐のエミリーは、隣の個室にスタンバイする。

 冥子はそれを満足気に眺めながら、次の傭兵を紹介するのだ。


「花子よ。俺が用意した傭兵は、エミリーだけではない」

『あなた様の鬼畜所業は看過できませんわ! 速やかな撤収を要請致します!』

「断る。花子よ。貴様の個室の隣、開いてるのはひとつではない」

『……ゴクリ』

「どうせなら、両脇から責められて泣きわめくがよい! 自己紹介を始めろ!」


 冥子の叫びに応じて、傭兵少女が口を開いた。


「わたしは『慢性便秘のガブリエル』。3日ぐらいは当たり前、出そうで出ないツンデレを体内で飼育する乙女よ」

『慢性便秘……3日は当たり前……まさか……』

「乙女の宝物庫の蓄えは十分。今日で5日目。出てくる気配なし。でも――」


 傭兵のガブリエルが取り出したのは、地球産の薬品瓶だった。


「九條様より提供頂いた、異世界の下剤『ソドムの小粒 コキュートス』です」

『それに手を出してはいけませんわ! その下剤は、あまり強力すぎて日本で発売を禁止された……ッ!」

「私の便秘には背徳の業火こそがふさわしい! 5日間もの長きに渡って体内に巣食う悪魔どもを、コキュートスの奈落に堕とすためならば、硫黄の火にも勝る劇薬に手を出すのもやむなし!」

『今すぐ神と和解しなさい! 神はあなたの罪をお赦しになりますわ!』

「無理ですよ。もう飲んじゃいましたから。ふふふ、すごいですね。お腹の中でサタンが産声をあげてますよ……グルグルと歓喜を漏らしながら、現世に降臨するのを心待ちにしてます」

『わたくしにも聞こえますわ……黙示録の音がドア越しに……』

「ハァ――ッハッハッハッ! 神の御使いが第七のラッパをかき鳴らした! ガブリエル、貴様も個室に入れ! 始めるぞ!」

『やめて……わたくしは……お食事中ですのよ……』


 花子さんが潜む、女子トイレの3番目の個室。

 その両隣が、過食嘔吐と便秘5日目に占拠される。

 ドアの奥で、何が行われているのかは不明だ。

 でも、音と匂いだけは聞こえてくる。

 両隣の個室で行われる、鬼畜にも勝る所業の気配となって。

 冥子とメリーさんが言うのだ。


「これは警告である! 汚い表現が見たくなければブラウザバックをしろ!」

「本作が原因で発生した全ての損害に対し、作者は一切の責任を取らないことを宣言します……」

「ハァ――ハッハッハッ! 自己責任の元に続きを読むのだ! どうだ花子よ! 前門の虎、後門の狼ならぬ! 左の過食嘔吐、右の便秘5日目だ!」

『いやですわァァァ!』


 冥子の高笑いと、花子さんの絶叫が響く。

 お昼休みの女子トイレに。


 ――ぶぴっぴっ

 ――おぅぅぅぇ、おぇっ


 サタンの産声が、地獄の再臨を告げてきた。


『おやめ……おやめになって……』


 ――びぷっ、

 ――うぇぇえぇ、おぅっぷっ


『あぁ……あぁぁ……あぁ』


 ――ブッ!

 ――おぅぇぇぇー

 ――ブブッ……ブボボボボボボッ、ブピュ、ブピュピュピュッ!

 ――うぅっぷ……おろっ、れろれろれろれろれろれろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


『いやぁぁぁぁああっっ!?』


ブッ! ブブブッ! ブシャァ――ッッ!

ゲボボッ! ビシシャッ、ビシャシャシャッ!

ブッ! ブピッ! ブププッ……ブピピィィィッ!

オボェェロロロロ! ウボオオオ……ゲボボボッ!

ブボッ、ブリュッ! ブリュブリュッ! ボトボトォォッ!

ボロロロォ……ビチャビチャ……ッ! ゲボボッ! ビシシャッ!!


『ぎゃぁぁ! ギャャァァァッ!』


 ブビッ、ブリブッ、ブパパッ!

 モゴォォゴォ……ゲボッ!

 ブシャ――ッ! ピシャシャーっ! ピシャ――っ!

 オルロォォォ……レルレルレロォォ……

 ブチュブチュブチュッ! ブリッ!

 ゲメロロロォォ! おうぇぇ……ゲボッ!

 ブリッ! ブリブリッ!

 ベシャベシャべシャッ! オロロロォ……!

 ブリュ! ブリュブリュッ! ブボッ、ボトボトォォッッ!

 オゥエッ! ビシャッ! オロェェ! レロレロォォ!

 ブババッ、ミチミチミチィッッ! ブピッ!

 ヲ゛オ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ォォォ……


『もう……もう、おやめになって! わたくしは食事中ですのよ!』

「ハァ――ハッハッハッハッ! 花子よっ! 今日の嫌がらせは挨拶に過ぎん! これから毎日、俺は貴様の便を妨害してやるからなぁ~!』

『イヤァァァですわぁぁ!』


 地獄のようなオーケストラと、悪魔の匂いが立ち込める女子トイレ。

 メリーさんは、


「うぇっぷ……」


 もらいゲロしそうになって、洗面台に走りこんだ。

 

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