第23話「わたしメリーさん……『下痢止め』と『下剤』を同時に服用したら、一体なにが起こるか気になって眠れないの」


 男が女より優れているのは、腕力だけじゃない。

 男になったメリーさんは、女性が知らない男のメリットを噛み締めていた。


「…………」


 トイレの個室に入ったら、まず便座のカバーを上げる。

 女であればする必要のない作業だが、男子であるなら必須の作業だ。


 ――ジィィィッ


 便座のカバーを上げたら、ズボンのチャックを開ける。

 ズボンを脱ぐ必要はない。砲身を露出させる窓を開けば済むのだ。


 ――ぽろんっ


 チャックの開放を確認したら、下着の隙間から砲身を露出させる。

 この作業において砲身に指を当てるが、握るのではなく添えるぐらいがベストだ。

 握り締めるほど力を込めては、砲身内部の通り道を塞いでしまう。


(……ここだわ!)


 アレを露出させたら、砲身の狙いを定める。

 照準と並行して、砲口を覆い隠す皮製のカバーを剥く。

 この作業を怠ると、射撃は暴走してしまう。

 初射撃でミスを犯して、周囲にシャワーのごとくぶち撒けたのは秘密だ。


(カモン……撃つのよ……何も怖くないわ……)


 アレの皮を剥いたら、射撃準備の完了だ。

 狙い定めた場所に向けて、尿意の赴くまま砲撃を開始せよ。


 ――目標をロックオン!

 ――水面の奥側、

 ――弾道は放物線、

 ――角度よし、

 ――ポジショニングよし、

 ――Fire away, coward!!

 ――撃てっ!


  ――じょぼぼぼぼぼぼぼっっ


「……ふぅ。砲身があるのって、本当に便利ね」


 新発見が連続のメリーさんは、男の体の便利さに惚れつつあった。

 股間に邪魔モノはあるが、面倒が少なくて、女より強くて、なにかと便利なのだ。

 とくに放尿は、女よりあらゆる面で優れていると思う。

 しゃがむ必要はないし、拭く必要もない。

 なにより素晴らしいのは、出しきった後に砲身を振る作業だ。

 儀式めいた動きで砲身を上下するのは、非常に心地がよい。


 生理現象を片付けたメリーさんは。

 トイレの洗面台で手を洗いながら、傍らの美少女に話しかけるのだ。


「九條ちゃん。本当に出るの?」

「出る。俺が調べた限りでは、そろそろ始まるはずだ」


 リリアン魔法女学園、3階の女子トイレに。

 九條冥子と、メリーさんはいた。


 現在時刻は、お昼休みが始まって3分が経過したぐらい。

 お花を摘みに来た女生徒たちで、乙女の花園は賑わっている。


 メリーさんが、ピンクのタイルを眺めていた――

 その時だった。


 手前から3番目の個室が「ギィィィ……バッタン!」と、ひとりでに閉まる。

 他の女子は慣れているのか、怪奇現象を気にする者はいない。

 彼女らの平静さを物語るように、手前から3番目の個室のドアには、


  『お昼休みは使えません(※花子さんが出ます)』


 と、

 生徒会が手書きで作成した、注意書きのポスターが張られている。


 そう、噂話はマジだったようだ。

 リリアン魔法女学園に「トイレの花子さん」が出るのは本当らしい。


 だから、


「メリーよ。始めるぞ」

「ええ。あたしに任せて――トン、トン、トン、花子さぁーん、遊びましょ」


 メリーさんが、トイレのドアをノックする。

 個室の中にいるであろう、トイレの花子さんに呼びかける。

 だが、


「…………あれ?」


 返事は、なかった。

 本来なら、ひとりでにドアが開いて、トイレの花子さんが現れるハズなのに。

 冥子が言うのだ。


「ドアの向こうに気配を感じる。花子がトイレに転移したのは間違いない」

「でも、出てくるつもりはないみたいよ?」

「構わない。出てこないのなら――」


 冥子が「ジャコンッ」と装填音を響かせながら。

 銃身を切り詰めた「ソード・オフ・ショットガン」を構える。


 チューブマガジンに装填された弾丸は、特殊なものだ。

 ドアの蝶番ちょうつがいを壊すのに用いられる「ハットン・スラッグ」だ。


 散弾銃を構える冥子は、ドアの向こうの怪異に囁きかけるのだ。


「九條冥子がトイレの花子さんに宣告する――俺は、これからドアを3回ノックする。3回ノックされてもドアを開かぬのなら、アメリカのイサカ社が1937年に販売を開始したベストセラー散弾銃「イサカ モデル37」に装填された「マスターキー」をもって、 貴様が立てこもるドアを開放する。カウント開始だ――いちにさんファイア!」

「ノックのスピード、疾っっ!?」


 目にも留まらぬ疾さで。

 やる気満々の冥子が、3連続のノックをドアに叩き込む。

 流れる動きで散弾銃を構えて、ドアの蝶番に向けて発砲する。

 ズドン、派手な発砲音。

 12ゲージの散弾で直射されたら、木のドアなどひとたまりもない。

 はずなのだが、


「なん…だと……」

「ウソでしょ……」


 冥子とメリーさんの瞳が、驚愕に見開かれる。

 蝶番に命中したマスターキーが、虹色に輝く不思議な障壁に阻まれたのだ。

 散弾銃の直射を受けてなお、個室のドアは無傷。


「ならば――」


 冥子が腰の鞘に手を添えて、身をかがめて構えるは居合の姿勢。

 瞬撃をもって、瞬壊を図る、瞬殺の絶技。

 それは日本の侍が古来より切磋琢磨し続けた、瞬葬の方程式。


 冥子の凶眼が嗜虐に歪み、犬歯を剥き出しの口元からは哄笑が漏れ聞こえる。

 愉快そうに嗤う冥子は、ドアの向こうの怪異に宣告するのだ。


「異能で抗うのなら見せてやろう。退魔の銘刀「鬼斬御雷きざんみかづち」の切れ味を――ッ!」


 音速にも達する白刃が、木製のドアに叩きつけられた。

 だが、虹色のバリアーは健在。

 刀剣としては比類なき切れ味を誇る「鬼斬御雷きざんみかづち」は届かず。

 予想外の事態に、冥子は息を呑んで表情を凍りつかせる。

 しばし動きを止めて、平然を装いながら納刀を行い。


「トイレの花子よ! ドアは頑丈そうだが、隙間だけはいかんともしがたいな!」

「なんとか御雷の切れ味は、無かったことにするのね」


 メリーさんのツッコミは聞かないふりで、冥子はその場で跳躍する。

 ドアと天井の隙間から、二挺揃いの拳銃で内部に狙いを定める。

 だがしかし、またもバリアーが発動する。

 しかも、今回は覗き見防止機能まで備えているのか。

 障壁は鏡のように冥子の姿を映し出し、もちろん射撃は効果を認められない。

 ならば、


「井戸む――」

「九條ちゃん! こんな狭い空間で大砲を使うのはやめて!」

「くっ」


 メリーさんに止められて、寸前のところで140mm滑空砲の投入は見送る。

 怒りに身を任せる冥子が「メリー! 地球に行け! イスラエル国防省に話をつけて核兵器を貰ってこい! 異世界で核実験させてやると言えば、きっと喜んで提供してくれるハズだ!」と怒鳴り、メリーさんが「落ち着きなさい! イスラエルは核を保有してないわ! 公式では!」と、建前を叫んでいると。


 透き通った美声が、ドアの向こうから聞こえてきた。


『――やれやれ。花摘みの園で、お騒がしいこと』


 3番目の個室から、小鳥が囀るような旋律が届けられる。

 令嬢の雰囲気が漂う、上品な喋り口だった。

 唖然とするメリーさんと冥子に、ドアの向こうの令嬢は言葉を紡ぐのだ。


『わたくしは騒がしいことを好みません。なので、あらかじめ忠告しておきますわ。こちらの個室はお昼休みに限り、わたくしが占有しておりますの。何人たりとも立ち入らせはしませんし、ドアを開けることもありません』


 流れる言葉遣いには、高貴さが満ちている。

 反論を認めない物言いからは、断固たる意志を感じる。


 冥子は、ドアの向こうの怪異に語りかけた。


「貴様は……」

『名乗りが遅れました。わたくし『長谷川はせがわ 花子はなこ』と申します。一部では「トイレの花子さん」とも呼ばれておりますが、どうぞご気軽に『花子』とお呼び下さって結構でしてよ』

「ならば、花子に問おう。貴様は、地球に生息する学校の怪談のハズだ。なぜ、お昼休みの異世界のトイレに転移を繰り返している?」

『あなた様にはご縁のないこと。わたくしには、異世界のトイレでお昼休みを過ごす、崇高なる目的がございますが、あなた様にそれを説明する義務はございませんし、今後説明する予定もありませんの』

「そうか。ならば質問を変えよう。花子は昼休み、いつも――」

『肯定致しましてよ。お昼休みは、こちらにお邪魔すると決めておりますの』

「そうか。ならば、明日もまた来よう」

『どうぞご自由に。そちらに非礼がなければ、それなりの対応を致しますわ』


 ドア越しの会話が打ち切られる。

 冥子とメリーさんは、3階の女子トイレを後にした。


「で、どうするの?」

「決まっている。あのひきこもり女を、個室から引きずり出してやる」


 学園の廊下を歩きながら、冥子とメリーさんは作戦会議。


「でも、あのバリアーは?」

「正体は分かりかねる。だが、並の攻撃で抜けないことは確かだ」

「ふーん、たまには諦めたら?」

「俺は諦めない。何があろうとも、俺はトイレの花子さんの秘密を暴いてみせる」

「最初に言っておくけど、爆発物とか毒ガスは禁止だからね」

「安心しろ。今回の怪談退治は、頭脳戦……いや、心理戦で勝負がつくハズだ」

「ふーん」


 そんな会話を続けながら、冥子とメリーさんがたどり着いた場所。

 そこは、


「リリアン魔法女学園にも『男子トイレ』があるんだ」

「男子禁制の花園といえど、年に数回は工事業者など男性が立ち入ることがある。そのための設備だ」

「で、それがどうしたの?」

「男子トイレに入るぞ。俺についてこい」

「えっ、ちょっっ!? あたしたち女の子……じゃなかったわね、あたしは」


 メリーさんは、水色のタイルが張られた男子トイレに入る。


「あれ?」


 男子トイレに入ると、なんともいえない違和感を覚えた。

 誰も利用しないハズの場所なのに、明らかに人の気配を感じるのだ。


「あそこの個室、閉まってる」

「使われているな。ドアが施錠されている」


 個室のひとつが閉まっている。

 男子のいない女学園で、男子トイレの個室を利用する人がいる。


 冥子が「ジャコンッ」と装填音を響かせて、ショットガンを構える。

 そして、


「開けるぞ!」


 ズドンッ!とぶっ放して、ベキッ!と蝶番を吹っ飛ばす。

 半壊して傾いたドアを、回し蹴りでスカートをひるがえしながら弾き飛ばす。


 女子校の生徒が、決して立ち寄らない。

 誰も訪れる人がいないハズの、男子トイレの個室に潜んでいたのは。


「な、なにをするのですかっ!?」

「メリッサ=ヴィルラインよ。貴様こそ、昼休みのトイレで何をしていた?」

「そ、それは……」


 便座に腰掛けて狼狽するのは、リリアン女学園で最強の召喚術士だった。

 数百の召喚獣を使役できるが、友達は1人もいない美少女。

 ぼっちで孤独な半竜人の貧乳娘、メリッサ=ヴィルラインが――


「メリッサさん、トイレでお弁当食べてる……」


 メリーさんのコメントが、全てを物語っていた。

 食べかけのお弁当箱を膝の上に載せるメリッサに、冥子は言うのだ。


「メリッサよ。便所で食べる飯は旨いか?」

「う……うわぁぁぁん!」


 泣き出したメリッサを眺めながら、冥子はメリーさんに語りかける。


「俺の推測が正しければ――トイレの花子さんは怪異ではない。地球人だ」

「ごくり……」

「地球のトイレから異世界のトイレに、昼休み限定で転移していると予想する」

「……なんで?」

「決まっている。やつは、異世界で『便所飯』を楽しんでいるのだ」

「……それマジ?」


 泣きじゃくるメリッサは

 「うぇぇん! だってだって! 教室でひとりでご飯を食べるなんて……ひっぐ、だったらトイレで誰の目にも晒されずに食べるほうが……えっぐ……リア充どもに馬鹿にされながら食べるよりかは……」

 だれも聞いてない弁明を続けていた。


 メリーさんは、冥子の大胆な推理にコメントする。


「トイレの花子さんですけど、異世界で『便所飯』を楽しんでます……」

「クククッ、そのまま小説のタイトルにできそうだな」

「みんな私を分かってくれないんですぅ!」


 メリッサの弁明は、さらにヒートアップ。

 ついに「私が悪いんじゃない! 世間が悪いんです!」と責任転移に走りだした。

 そのうち「私はかわいそうなんです!」被害者ヅラを始める。


 そんな、どうでもいい演説をBGMに。

 受けた侮辱の復讐に燃える冥子は、外道すぎる怪談退治プランを語り始めるのだ。

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