第22話「わたしメリーさん……カラオケで流れる謎の映像に親戚が出演してて驚いたことがあるの」

「異色色即是空空即是色受想行識亦復如……」


 学生寮の一室で座禅を組んで、一心不乱に般若心経を唱える女装男子がいた。

 男装の麗人と見間違うばかりの、ボーイッシュな美少年である。

 男の性に目覚めたメリーさんは、必死で煩悩に抗っていた。


「是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法……」

「メリーよ。それどこで覚えたのだ?」

「ニコニコ動画に『般若心経レゲエ』って曲があるのよ」

「奇特な奴もいるものだ」


 宇宙天地 與我力量 降伏群魔 迎来曙光。

 何かの漫画で読んだ覚えのあるお経を唱えながら、必死で色欲に抗うメリーさん。

 窓から差し込む朝日を浴びる股間は、ギンギンに膨張していた。


「貪狼巨門 禄存文曲 廉貞武曲 破軍……うぅぅ、どうすればいいのよ」

「クククッ、若いだけあって元気だな」

「ド畜生……」


 爽やかな朝日の元、淫猥な股間の膨張に抗うメリーさん。

 そんな光景を冥子が愉しげに眺めていると、ブラウン管テレビが出現してくる。

 そこから3Dしたのは、黒髪で清楚なスレンダーな乙女。

 セーラー服を着た、井戸娘だった。


「おっはー☆ あなたのお部屋に侵略☆侵略!」

「あ、井戸ちゃん。おはよう――光明遍照 現威神力 魔界鬼界 降伏怨念 不思議力 悪霊退散」

「あら? メリーちゃん。もしかしてお困りですか?」

「南無大慈大悲 救苦救難 広大霊感 白衣観世音……ええ、ガチで困惑中なの」

「ならならー! 男の娘の先輩としてアドバイスですっ!」


 井戸娘が、親指「b」の形にしながら言うのだ。


「それを我慢してもカラダに悪いだけです! ヌいちゃいましょう!」

「えっ? 抜くって……」

「ほらほら~! 大丈夫ですよ、男の子はみんなやってることですし」

「みんなやってるって……ちょっっ」


 井戸娘に腕を取られて、メリーさんはトイレに連れ込まれる。

 そして、


 ――えっ!? マジでそんなこと!?

 ――はいです。男の子はみんな自分で処理してますよ?

 ――こ、こうやればいいの?

 ――そうです! 自分で処理するのは難しくないですし、何事もチャレンジです!

 ――い、いくわよ……


 それから5分後――

 顔をテカらせたメリーさんが、トイレから出てきた。

 ニヤニヤと嗤う冥子は、頬を羞恥で染めるメリーさんに問いかけるのだ。


「で、どうだった?」

「男の子の『抜く』という表現が、いかに的確か分かったわ……すっきりよ」

「井戸娘に礼を言っておくことだ」

「うん……モリガン銀行の総裁と会談があるとかいって、地球にワープしたけど」

「会談か。ところでメリーよ。貴様は『トイレの花子さん』という学校の怪談を知っているか?」

「それぐらい知ってるけど」


 トイレの花子さん――

 たぶん、日本で一番メジャーな学校の怪談だ。

 メジャーなだけあって、日本全国に様々なバリエーションがあるという。

 その1例を上げると、以下のとおりだ。


 ――学校の3階にある女子トイレに入る。

 ――手前から3番目の個室のドアを3回叩き、

 ――「花子さん、遊びましょ」と言う。

 ――すると、個室から「はぁ~い」と返事が返ってくる。

 ――個室の中に、赤いスカートでおかっぱ頭の女の子が立っている。

 ――生前の名前は「長谷川 花子」。


 このような怪談で、女子トイレを舞台にしていることが共通している。

 他のバリエーションとしては、


 話しかけると戦闘に入る、

 倒すと「ラバーカップ」が貰える、

 カポエラの達人である、

 ラップの口調で呼びかけるとドア越しにDISバトルが始まる、

 大人になってアダルトビデオに出演した、

 悪い男に騙されて風俗店に務めている、

 覚せい剤所持で捕まった、

 男子トイレには「トイレの太郎くん」がいる、


 冥子は不敵に嗤いながら、それを告げてくるのだ。


「異世界のリリアン女学園にも、トイレの花子さんが出るらしい」

「えっ? それって、もしかして」

「メリーの考えは正しい。トイレの花子さんが――異世界に転移している」

「……マジで?」


 新たな討伐目標ができたのが、よほど嬉しかったのか。

 超絶美少女の九條冥子は、犬歯を剥き出しに「ハァ――ハッハッハッ!」と高笑いする。

 そして、告げてくるのだ。


「メリーよ! お昼休みの女子トイレとは、常に混雑しがちらしいな!」

「ええ。女の子はトイレに集まる習性があるし、男の子に比べて色々大変な面もあるから」

「ならば、許しがたいな! 混雑を極めるお昼休みのトイレを、不等に占有する学校の怪談など、俺は断じて許さない!」

「あんたは、ただ単に戦う理由を探してるだけでしょ……」

「いくぞ! トイレの花子さんの討伐だ!」


 剣と魔法のファンタジー学園で、トイレの花子さん退治。

 それは、どんなドラマを生み出すのか。

 そう、いつもと同じ。


 ロクでもないドラマ――には、ならないかもしれない!


 もしかしたら、愛と感動と青春のドラマが――

 いや、ごめんなさい。


 やっぱり、本当にあったロクでもない怪談になると思います。

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