第20話「わたしメリーさん……2年ぶりに「まりも育成ゲーム」を起動したら……人間って残酷なの」

 突如出現したブラウン管テレビと怨霊に、メリッサは怯える。


「私の知らない召喚術式……」

「知らなくて当然だ。なにせこいつは、異世界の怪異だからな」


 冥子は腕を組んで、自慢気な口調で言った。

 その威風堂々とした態度からは、焦りや恐怖は感じられない。

 100体の召喚獣を前にしても、九條冥子に敗北を覚悟させることは叶わないのだ。

 勝利を確信した冥子の笑みに、メリッサは恐怖を覚えた。


 ――なぜだ。

 ――なぜあの女は恐れない。

 ――なぜ大国の軍隊とも張り合える、

 ――私のチートな召喚軍団を恐れない。


「……しなさい」


 メリッサは、怯えて震える喉で言うのだ。


「私の召喚フレンドに命じます……殺しなさい……あの女を殺しなさいっ!」

「受けて立とう」


 メリッサの号令に呼応して、100体の召喚フレンドが雄叫びを上げる。

 それに対抗するのは、冥子が召喚した井戸娘だった。

 井戸娘は、異能を発動させる。

 異世界と地球をつなぐゲート――ブラウン管テレビを喚び出す。

 呼び出した四角い箱の数は、驚愕の100台。

 三菱電機、日本電気、松下電工、ソニー、東芝、三洋電機、日立、シャアプ。

 日本が世界に誇っていた家電メーカーが、総出演の勢いだ。

 100台のブラウン管テレビには、いずれも古びた井戸の映像が表示されている。

 井戸娘は、静かに言葉を紡ぐのだ。


井戸娘の昭和遺産リング・オブ・スクエア――ブラウン管テレビを召喚して自在に操る井戸娘の異能です」

「奇怪な技を……私の妄想フレンド、やっておしまい!」


 メリッサの命令と、井戸娘がブラウン管を射出するのは、同時だった。

 井戸娘は、ブラウン管テレビを自在に操る。

 100体の召喚獣に、秒速100メートルの速度で、100台のブラウン管が放たれる。

 平均的な21インチのブラウン管テレビは、25kgほどの質量を持つ。

 25kgの質量が、時速に換算すると360km/hで放たれるのだ。

 この速度で当たれば、ブラウン管テレビの運動エネルギーは125000ジュール。

 対物狙撃銃「バレットM82」の12.7x99mm弾が持つ運動エネルギーが、約20000ジュールであることを考慮すれば、ただで済まないのは明白であろう。

 だが、妄想フレンド集団は強かった。

 各々が異能を使い、または身体能力に任せて、あるいは物理防御力を信じて。

 それぞれの方法で、ブラウン管のミサイルを迎撃するが、


「――なっっっ!?」


 轟音が闘技場を包み込み、視界は白い煙に覆われて、ほぼゼロになる。

 なぜかといえば、ブラウン管に原因があった。

 昭和のテレビの重要部品――ブラウン管の内部は、真空状態に保たれている。

 それが破壊されると「爆縮」という現象を起こす。

 真空を保たれたブラウン管が壊れる時、内部に破片と大気を吸い込みながら自壊する現象だ。

 これが起きると、凄まじい轟音と粉塵が飛びまくる。

 その「爆縮」が100台同時に起きれば、それはもう騒々しいことになる。


 さすがの召喚軍団も身構えるが、その中の1匹「星のカビ男」が大きな口を開いて、辺りの大気ごと空中を浮遊するガラス片やその他の粉塵を吸い取った。まさに「なんでも吸い込む」の異名を持つだけある。ちなみに異能者を吸い込むと、その異能をコピーできるらしい。あと空中をぷかぷかと浮遊できる。体色はピンク色。見た目は球体に近い。


 そんな「星のカビ男」の活躍で、周囲を漂う粉塵は一掃された。

 クリアになった視界が、数百台のブラウン管テレビが浮遊する光景を捉える。

 いずれのテレビ画面からも、太くて長い棒が伸びている。

 異世界と地球を接続する数百台のテレビから、数百本の砲身がニョキっと。


 冥子は喉頭マイクを取り出して。

 それを喉に押し当てながら、地球の別働隊に命令するのだ。


「冥子よりアドラー。『自走砲』の一斉砲撃を許可する。異世界でファンタジーする処女豚どもに、地球で生まれた『戦場の女神』をお披露目しろ」


 ブラウン管から伸びる数百本の砲身が、命令に従って火を吹いた。


 100mm D-10Sが、

 7.5cm KwK 40 L/48が、

 OQF 17-pdr Gun MK.VIIが、

 65口径 九八式10cm高角砲が、

 Royal Ordnance L7A3 105mm Gunが、

 8.8cm KwK 36 L/56が、


 井戸娘が骨董品の名目でかき集めた、雑多な大砲が異世界に向けて発砲された。

 地球の某所に大量の自走砲を確保して、井戸娘の要請に応じてブラウン管テレビに砲身を突っ込む。

 それだけで、テレビのワープゲートで異世界に砲撃できるという寸法だ。


 地球から異世界に届けられた硝煙弾雨の一斉砲撃は、異世界において最強に位置するメリッサの召喚軍団に、壊滅的な打撃を与えた。


 徹甲弾が怪物を打ち砕き、

 成形炸薬弾が魔獣を粉砕し、

 榴弾が妄想ドラゴンを消し炭に変える。


 その砲撃に耐えられたのは、ごく一部だ。


 空を飛べる召喚獣、

 砲弾にも耐えられる固い召喚獣、

 音より早い砲弾を迎撃できる召喚獣。


 だが、冥子は容赦しない。


「冥子よりカウツへ。対空迎撃を開始せよ」


 冥子の喉頭マイクを通じて、地球の自走砲部隊に所属する対空車両が前に出る。

 スウェーデン製の「Lv.Kv.90」。

 砲塔上にバケツのような対空レーダを背負った、対空特化の装甲車だ。

 主砲は、40mm機関砲 L/70B。

 トムソンCSF社製の「TRS 2620捜索レーダ」の発信するミリ波は、空中を飛翔する召喚獣を補足する。

 同時に6目標の処理が可能なシステムは、音よりも速い機体を落とすべく設計されている。

 たかが空を飛ぶ生物、その撃墜は容易だった。


「冥子よりバイパー。弾種APFSDS。重装目標への砲撃を開始せよ」


 冥子の指示の元、ブラウン管のひとつから長大な砲身が突き出される。

 某国が次世代戦車に搭載すべく試作した「140mm 滑空砲」で、飛翔体に高価な「タンタル」を用いた「装弾筒付翼安定徹甲弾そうだんとうつきよくあんていてっこうだん」の貫通力は、RHAに換算すると距離2000mで790mmにも達するという。ちなみに戦艦大和に搭載された「45口径 九四式46cm3連装砲」は、20km先にある垂直な厚さ566mmの均質圧延鋼版(RHA)を貫通できる。技術の進歩は恐ろしい。

 さすがにコレで撃たれれば、常識はずれな防御力を持つ召喚獣でも耐えられない。


「冥子よりバイカルへ。目標は「音速の騎士 ザイコニング」。ライトガスガンの使用を許可する」


 冥子の命令で、金属製のレールがブラウン管から伸びてくる。

 それは「軽ガス砲」という、兵器よりむしろ質量を投射する道具と表現するに相応しい装置だ。

 既存の発射薬で発生するガスの分子量は、平均すると22前後となる。

 その膨張(エネルギー伝播)の速度は、どれだけ工夫をこらしても2000m/s前後が上限となる。

 膨張速度は生成ガスの温度を平均分子量で割った値の平方根に比例して上がる。

 だから既存の発射薬より分子量が小さいガスを用いれば、大砲はさらに高速で質量を投射できる。

 その目的で作られたのが「軽ガス砲」だ。


 発射薬の圧力でピストンを作動させて、軽ガスを圧縮。

 空気圧で調整弁が破壊されると、圧縮されたヘリウムが高速で膨張する。

 膨張した軽ガスは、砲身内の投射体を加速させる。


 面倒かつ複雑怪奇な方式もあって、軽ガス砲の兵器としての実用性は皆無に近い。

 だが、そこから放たれる質量体の初速は、秒速7kmにも達するのだ。

 時速に換算すると25200km/hで、サラマンダーよりずっと速い。


 この超速度の砲弾で狙われれば――

 いかに速度に特化した召喚獣でも、砲弾の回避は叶わないわけで。


「私の妄想フレンド軍団が……全滅した……」


 メリッサが召喚した、無敵でチートなファンタジー軍団は殲滅されていた。

 現代兵器恐るべし、無慈悲極まりない。


「さぁ、次はどんな召喚獣で俺を楽しませてくれるかな」

「来ないで……来ないで下さい……」


 日本刀を携えた冥子が、怯えて涙を流すメリッサに歩みよる。

 その光景を前にすれば、どんな悪鬼羅刹でも震えを抑えることは出来ないだろう。

 学園最強の召喚術士は、死を覚悟した。

 せめて一度、放課後に友達とパフェを食べたかった――と。

 儚すぎる夢を、脳裏に描きながら。


 地面に膝をついて、まぶたを閉じて、その時を待って。

 だが、


「メリッサよ。見事であった」

「覚悟はできています……ひ、ひと思いに……」

「その発言を降伏とみなす。この決闘――俺の勝ちだ」


 目を閉じたメリッサは、刀が鞘に収められる「カチンッ」という音を聞いた。

 呆気にとられていると、膝をついたメリッサに手が差し出される。


「只今をもって、俺とお前は戦友ともだ」

「うそ……友達に? わたしと九條さんが友達に?」

「あぁ。俺とお前は刃を交わして和解した。これは戦友ともに他ならないだろ?」

「……キタァァ! 私にも友達キター!」


 膝立ちからのガッツポーズ。

 歓喜の涙を流しながら、メリッサは言うのだ。


「友達ゲット! ついにゲット! これで私のバラ色学園生活が始まります!」

「クククッ、貴様には期待している」


 友情と青春な光景を眺めながら、メリーさんは思うのだ。


 ――止めなきゃ。

 ――騙されているメリッサさんを止めないと。


 あの悪魔は、確実に学園内における奴隷用途でメリッサさんを懐柔してる。

 猛者としても認めているかもしれないが、あの優しさには毒がある。


「ハァ――ハッハッハッ! やはりテンプレは糞だな! 大義もドラマもないバトルなど面白くもなんともない!」


 満足気に高笑いを上げながら、冥子はメリッサを抱きしめる。

 その狡猾な優しさの奥には、あらゆる悪行を肯定する悪魔の舌先がチロチロと揺れていた。

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