第19話「わたしメリーさん……こいつ↑ダレなの!?」


 剣と魔法の異世界において、魔術が戦力となるのは自明の理である。

 国家同士の戦争は当然として、手ぶらで武装できる魔術師は犯罪組織でも重宝されている。

 そんな魔導の担い手を集めて、道を踏み外さないように教育する施設。


 それが、魔法学園である。


 もちろん、異世界の各地に色々な魔法学園が点在している。

 きっとそれぞれの学校には主人公がいて、ヒロインがいて、ヤラレ役の秀才キャラがいるのだろう。

 冥子たちがいるリリアン魔法女学園も、そんな魔法学園のひとつだ。

 広大な敷地内には様々な施設があり、その中でも目を引くのは円形闘技場コロシアムである。

 学生の訓練施設でもあり、観客を楽しませる娯楽施設でもある、直径300メートルほどの戦場には。


「ご希望なら承りますよ。消し炭がいいか、氷漬けがいいか、それともバラバラがいいか」

「貴様の好きにするがよい」


 2人の美少女が、静かに対峙していた。


「いかなる策を弄しようと、俺は貴様を倒すだけだ」


 酷薄な笑みを浮かべる少女は、黒髪ロングで前髪パッツンの大和撫子な俺っ娘。

 腰に携えた日本刀は、退魔の銘刀「鬼斬御雷きざんみかづち」だ。

 二挺揃いの自動式拳銃は、左腕の白銃「ヴァイス・ガイスト」右腕の黒銃「シュバルツ・ガイスト」。


「決めました。私はあなたのプライドを徹底的にへし折ると」


 もう一人の少女は、金髪碧眼で貴族の風情がある少女。

 武器は持たないが、優雅で気品のある表情には半竜人の自信と誇りが満ちている。

 竜とは、異世界における最強の種族の筆頭だ。

 知性の片鱗すらない暴竜から、人間を遥かに超える知能を持つ賢竜まで、いずれも生態系の上層にいる。

 半竜人の少女――メリッサは、黄金竜と人間のハーフだ。

 どんなラブロマンスがあったかは不明だが、人に化けた竜と人間が結ばれて生まれたとのこと。

 そんな彼女は、魔術の才能を見初められて魔法学園の門をくぐった。

 亜人種である彼女は、様々な差別や迫害に耐えながら、学園最強の召喚術士の称号を手に入れた。

 友だちがいないとか、ぼっちとか、お昼休みは行方不明とか、悪口は言うな。

 孤独なんじゃない。自分のレベルに合うクラスメイトがいないんだ。

 完全無欠で将来を期待された、学園が誇る最強召喚術士でぼっちの……泣いた。


「では、そろそろ始めましょうか」


 メリッサの瞳が淡い光に包まれて、背後に現れるのは無数の魔法陣。

 精神世界と現世をゲートで繋いで、異界の質量なき魔物に、物質化した魔力で構成されれる仮初の肉体を与える秘法。

 それこそが、剣と魔法の異世界における召喚術だ。

 術者の召喚に応じた精神生命体は、擬似的な肉体の魔力が尽きるか、物理的に破壊されると、元の場所へと帰っていく。

 最強の召喚術士、メリッサが現世に呼び出した異界の住民。

 それは、同時に10体を数えた。

 不敵に嗤うぼっちの最強召喚術士は、九條冥子に語りかけるのだ。


「では、見せて貰いましょうか。魔力400万近い転校生の実力とやらを!」

「生憎だが、俺は魔力を既に使いきっている」


 この世界における魔力とは、魔法を習得するのに必要なポイントに他ならない。

 100の魔力を持つ者は、習得に10の魔力が必要な魔法を10個覚えると、魔力値がゼロになるという感じだ。

 習得した魔法には「上限回数」と「回復ゲージ」が用意されている。

 超越者の力を借りてこの世に奇跡を顕現する魔法は、覚える魔法ごとに一日の使用回数が決まっているのだ。

 一般的な攻撃魔法「ファイアーボール」は、習得魔力が「25000」で、ストックの上限は「10」、4時間でゲージが1つ回復するから24時間で6回は使える。

 神々から397万6554ポイントの魔力を強奪した冥子が習得した禁呪「男性器を自在に付け外しする魔法」は、習得魔力が「397万5000」で、ストック上限「500回」で、ゲージの回復は20分に1回となっている。

 ようするに、冥子はちんこを付け外しする魔法で魔力のほぼ全てを使いきっている。

 つまり、魔法での殺し合いでは役立たずだが、


「ネタ魔法で全ての魔力値を消耗したと? 素晴らしい魔力をドブに捨てた、魔法学園の劣等生というわけですか」

「そのとおりよ……」


 観客席のメリーさんが同意の声を漏らすが、冥子はニヤリと嗤いながら言うのだ。


「そう残念がるな。俺は貴様を落胆させたりはしない」

「なぜです? 攻撃魔法のひとつすら扱えない、劣等生の分際で」

「俺は、魔法より信頼できる相棒を所持している」


 不敵に嗤う冥子は、腰のホルスターから二挺揃いの拳銃を取り出しながら言うのだ。


「さぁ、パーティーの始まりだ!」

「行きなさい!」


 メリッサの号令の下、10体の召喚獣たちが冥子に襲いかかる。

 巨大な昆虫、巨大な怪鳥、巨大なサソリ、おぞましい獣、翼を持つ狼。

 空想上の生物が魔力の体を受肉して、召喚者に歯向かう愚か者どもの喉を食い破らんと迫る。

 それらを、冥子は淡々と射殺していく。

 右腕の黒銃が手足を持つ植物を撃ち抜き、左腕の白銃が空中浮遊する巨大な眼球を破裂させる。


「やりますね!」

「どうした最強の召喚術士。まさか手下の蓄えがこの程度ではなかろう」

「ええ。次は大物ですよ」


 メリッサの願いに応じて、地面に巨大な魔法陣が描き出される。

 水たまりのような魔法陣から染み出してきたのは、牛頭を持つ筋骨隆々な処刑人であった。

 女性のウエストほどもある腕には、巨大な戦斧が握られている。

 メリッサは言うのだ。


「迷宮の処刑人バイソン――世界の何処かにある地下迷宮の最深部に住まう」

「メリッサよ。説明の途中だが尋ねる」

「ええ、どうぞ」

「召喚術というのは、術者の脳内に描かれる妄想が、この世に具現化して発動するといったな」

「はい。術者が妄想した設定が緻密だったり魅力的だったりすると、召喚獣はさらに強くタフになります」

「まさか貴様、授業中や休み時間にずっと1人で――」

「……ぼっちだから仕方ないんですよ……妄想ぐらいしかすることがなくて……いつか妄想で友達も作れたら良いなと思って……それで召喚術の道を選んで……」

「メリッサよ。俺が悪かった。謝罪しよう。だから泣くな」

「あの女マジでパネェわ……九條ちゃんに謝罪をさせるなんて……」


 メリーさんがコメントする視線の先では、自信満々の笑みを浮かべながら涙を流す最強の召喚術士。


「バイソン! 高慢女の生首を私に献上しなさい!」

「ふん、楽しませて貰うか」


 メリッサの命令で、バイソンは「ヴォォォォォ!」と叫びながら戦斧を振り上げる。

 牛の頭部の上に掲げられた戦斧の峰には、機械仕掛けのギミックがある。

 冥子は斬り合いに応じようと「鬼斬御雷きざんみかづち」を抜き放つが、寸前で身を翻して戦斧を回避する。

 その戦斧の峰には、ロケットエンジンのようなノズル。

 ゴォォォーと炎を噴出する戦斧は、ニトロキノコの燃焼に伴う反動で太刀筋を加速する――(以下、ぼっちの妄想した設定を13000文字省略)。

 とにかく、奇襲を狙った一撃は冥子に避けられた。

 筋骨隆々の体躯には似合わない俊敏さで、牛頭の召喚獣は戦斧を叩きつけてくるが。


「――視えたぞ」


 愛刀を一閃。

 牛の生首と益荒男の胴体を、二つに両断する。

 ドサッと地面に倒れたバイソンは、仮初の肉体が分解されて、光の粒子となって消えてしまう。

 冥子は、日本刀の切っ先をメリッサに突きつけながら言うのだ。


「次はどんなお友達を召喚して、俺を楽しませてくれるんだ?」

「……ええ、見せてあげるわ」


 メリッサはまぶたを閉じて、召喚術式を発動する。

 背後の虚空に、足元の地面に、無数に生まれた魔法陣は、驚きの100陣を数えた。

 100の召喚獣を妄想して、1匹ずつ名前を考えて、1匹ずつバックストーリーを作って、個性的な奥義とかも100用意する。

 まさに最強の妄想力、最強の誉れが相応しい。

 泣きたくなるほど召喚術をマスターしたメリッサは、自慢の妄想フレンドを披露するのだ。


「どうです。これが私の妄想フレンド軍団です。


 召喚英霊――円卓の10騎士、

 召喚悪魔――フェロモン王の72柱、

 召喚賢者――アルハプトラの七賢者、

 召喚死霊――不可視のメルザ、

 召喚雷獣――轟雷虎エボルタ、

 召喚魔竜――冥竜ヴェオディラ、

 召喚飛竜――天覇竜オフィリア、

 召喚魔獣――轟崩獣マンムート、

 召喚死骸――墓守王ヘルグラド、

 召喚霊樹――血食森フォレスナ、

 召喚魔虫――竜喰虫ギギガネバ、

 召喚怪鳥――夜光鳥ナハトフレア、

 召喚天使――堕天使ドュグラエル、

 召喚女神――氷雪姫シルファリオン、


 いずれも一騎当千の召喚獣で、その設定資料集は3533ページにも及びます」


 圧倒的な戦力だった。

 妄想に妄想を重ねて、細部の変更と他キャラとの合体を繰り返した召喚獣は、いずれもチート級の強さを持っている。

 音速で剣を振るうもの、億に達する炎を操るもの、絶対零度の冷気を操るもの。

 さすがの冥子でも、これには勝てないと思われた。

 だが、


「面白い。やはり貴様を決闘の相手に選んでよかった」

「あら。褒めてくれるの」

「ああ。最大級の賛辞をくれてやろう。貴様の召喚獣は妄想とは思えぬほど強い」

「ふふふ、でも本物の友達の代わりにはならないの……」

「そう泣くな。俺は貴様の召喚術を賞賛している。これほどまで貴様が強いとは思わなかった。だが――」


 冥子は、ぱちっと親指を鳴らした。


「俺の召喚する怨霊は――貴様の召喚獣より強い」

「なん…です……って?」


 冥介の要請に応じて現れたのは、古めかしいブラウン管のテレビデオだった。

 世間がノストラダムスに湧いた1999年当時、日本の家電メーカーが「デジタルの頂点」と自負した「10億ポイントデジタル高画質」の画面に映し出されるのは、森のなかの古びた井戸の映像。

 その井戸から、濡れた黒髪を白装束に張り付かせた少女が這い上がる。

 地面に両手と両足をついた白装束の少女は、


 ――ずるっ……

 ――ずるりっ……


 爪の剥がれた指先で大地を削り、死者を思わせる白い足で歩み、画面へと徐々に近づいてくる。

 不敵な笑みを浮かべながら、冥子は言うのだ。


「こいつが俺の召喚獣――呪いのビデオの怨霊「井戸娘」だ」


 冥子の声と同時に、井戸娘がリアルと二次元の壁を乗り越えて3Dする。

 映像を伝えるカメラが、井戸娘の顔面にズームアップして、


    <●> クワッ!


 こうして、テンプレなコロシアムでのバトルは。

 近代火器が存分に発揮される、本当にチートすぎる第二ラウンドへ突入していく。

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