第3話「わたしメリーさん……自転車のカゴに、飲みかけのペットボトルを入れられて、ムカつくの」

「九條君に説明するけど、なろうテンプレは死ぬことから始まるの」

「ほぉ? 興味深いな」


 地球から輸入した、電子黒板に文字を描きながら。

 ブレザーの制服姿のメリーさんは、世話焼き幼なじみな感じで講義する。


「死因は交通事故がメジャーね。九條君もトラックに轢かれて死んだでしょ?」

「油断ひとつが命取りとは、あのことであった」

「なろうテンプレでは、冒頭で死ぬのがお約束だけど、交通事故の中でもトラックに轢かれることが多いの。なぜだと思う?」

「殺傷能力の高さゆえであろう」

「正解よ。乗用車に轢かれて即死するより、トラックに轢かれて即死する方がリアリティーがあるから」

「死んで異世界に転生する時点で、リアルもクソもなかろう」

「リアルとリアリティーは違うのよ」


 メリーさんは、電子黒板に文字を書き込んでいく。


・トラックに轢かれる→異世界

・オンラインゲームからログアウトできない→ゲーム世界


「大きく分けて、なろうテンプレの舞台は2種類あるの。異世界とゲーム世界。九條君がいるのは異世界で、ゲーム世界だとステータスや課金が重要だったりするわね」

「メリーに質問だが、同じような冒頭の作品が複数あって問題は起きないのか?」

「……起きないわ」

「それは不可解だな。同じ展開の冒頭が多数ある。まさに盗作であろう?」

「盗作以前の問題よ……なろう小説の冒頭は、同じ展開じゃないといけないの……」

「なんだとっ!?」

「なろう小説は少しでもテンプレを外れるとね……それだけで人気が下がるの」

「なぜだ! 斬新な物語ほど――」

「だから違うのよ! 求められているのはオリジナリティーじゃないの! いかに読者に心地よい気分を与えるかなの! なろう小説の読者は、ヤクにハマったジャンキーみたいなもので、テンプレの作品を摂取してトリップする快感に依存し――」

「メリーちゃん、ストップ! それ以上、読者を批判したら……ッ!」


 井戸娘に押さえられて、メリーさんは感情的な言葉を飲み込んだ。

 そして、


「……説明を続けるわね。オリジナリティーもクソもない冒頭の様式美を踏んでから、ようやくなろうテンプレは作品ごとの個性を出せるの」

「ふむ。聞かせてもらおうか」

「なろうテンプレではね、主人公が死んだらチートが貰えるのよ」

「……もう一度だ」

「だから、死んだらチートが貰えるの。すごい能力とかアイテムとか。別パターンでは、前世で特殊技能を会得してる場合があるわ。九條君は――」

「俺は前世から完璧超人だ。奇策を弄するチートなど不要である」

「あっそう……でね、チートを貰う方法だけど」

「続けろ」

「千差万別だけど、よく見かけるのは神様に貰うパターンね」

「どのような神にだ?」

「なろうテンプレにおける、序盤の個性の見せ所よ。偉そうなおっさんを土下座させてもいいし、美少女の女神でも構わないわ。とにかく主人公が死んだら、どこかで神様と面談するの。そこでプレゼントされたり、ボコして奪ったり、神様からチートな何かを手に入れてから、異世界へ向かう王道展開があるのよ」

「なら、決まりだな」

「なにを?」

「俺こと九條冥介は、なろうテンプレ通りに行動して、なろうテンプレがいかに下らぬか喧伝けんでんするのだ」

「まさか……」

「メリー、井戸娘――出陣である。俺はテンプレ通りに行動する! 神を倒してチートを奪うぞ!」

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