第4話「わたしメリーさん……100円ショップで300円の商品を100円と勘違いしてレジに持っていって、会計の時に「あ、これ結構です」と言うことに乙女の恥じらいを感じたの」


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件名:勇者がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。

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 いきなりの書簡を失礼します。

 メグミ=インバース、15歳の魔法使いです。

 お互いのニーズに合致しそうだと思い、書簡をしたためました。


 自分のことを少し語ります。

 昨年の夏、わけあって旅の仲間を亡くしました。


 仲間の勇者は、ローゼルクの大迷宮にレベル上げの旅に出ました。

 そこで、オオアリクイと戦い……


 1年が経過して、ようやく仲間の死から立ち直ってきました。

 ですが、お恥ずかしくも孤独な夜に……

 身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。


 勇者の残した財産は莫大な額です。謝礼は幾らでも出せます。

 あなたには、メグミの性欲を満たして欲しいのです。


 王都のバハムート広場で、メグミはお待ちしています。

 目印として、胸元に一輪の赤い花を挿して来てくださいね。


 寂しい魔法少女より。

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「むふふっwww 拙者のメンズハートはもりもりですぞwww」


 自宅のポストに投函された、丸っこい文字で書かれた書簡を読んで。

 王都近郊に在住する神「不死王ノスタード」は歓喜した。


「これは、王都に向かうしかないでござるwww」


 不死王ノスタードは、ノリノリ気分でタンスの中から衣装を選び出す。

 漆黒のタキシードと、シルクハット。

 おしゃれなステッキは「苦骸杖オグリアス」で、胸元に赤い花を添え付ける。

 そして、王都のバハムート広場に向かった。


「…………」

「…………」

「…………」


 王都の広場には、胸元に赤い花を挿した神が3柱もいた。

 3柱の神は、顔を見合わせて会話するのだ。


「拙者は不死王ノスタードでござる……寂しい魔法少女に」

「拙者は時操神クロノキアでござる……貞操な未亡人から」

「拙者は大邪神――」


 その時、

 自己紹介をしていた、とある大邪神の額に。

「ビシッ」と、小さな穴が空いた。

 僅かに遅れて、カァーンッと金属質な銃声が聞こえた。

 硬質な銃声の轟きが収まらぬうちに、名前すら言えなかった神は。

 ぐらり……

 流砂に突き立てた棒のように、斜めにかしいで地面に倒れた。


「ひゃっ……ヒャァァァァッ!?」

「な、なんでござるかぁぁぁ!?」


 石畳に広がるのは、胸元に挿した花と、同じ色をした液体だった。

 その光景を、

 数百メートル離れた距離から、双眼鏡で監視する都市伝説がいた。


「冥介君。初弾命中。ターゲットの無力化を確認しました」

「井戸娘。次の目標を指示しろ」


 広場を見下ろせる市街地の屋根の上で、冥介と井戸娘は腹ばいになっていた。

 狙撃銃ドラグノフを構えるのは、九條冥介。

 レーザ測量装置付きの赤外線暗視双眼鏡を覗くのは、都市伝説の井戸娘であった。

 中距離狙撃のサポートを引き受ける井戸娘は、淡々と情報を告げる。


「目標、タキシードを着たデブ。風向きは北北東に5m/s。距離120.7m」

「照準が終わり次第、次目標に放つ」


 冥介は、スコープの中に投影されたデブに狙いを定める。

 4倍率のPSO-1を覗き込み、必殺の威力を持つ7.62mm×54R弾を放たんとする。

 ドラグノフは、旧式の狙撃銃だ。

 狙撃銃に求められる性能はお世辞にも高くなく、遠距離精密射撃には向かない。

 だが、実戦向きの兵器ではある。

 戦場での運用を想定して、武人の蛮用に耐える強固な信頼性を持っている。

 中距離から近距離での連続狙撃においては、精度も最低限で構わない。

 冥介は、信頼できる老兵の銃把を引いた。


「し、死んでい――」

「ぱゃぁっ!? 今度は不死王殿が撃たれたでござる!」


 射撃。命中。残目標1。

 冥介の狙撃は見事に不死王の額を捉えて、一瞬で頭蓋を粉砕させた。

 ただ一人の生存神、時操神クロノキアは狼狽する。


「不死王殿が何者かに狙撃されて脳漿ぶち撒けたでござる! 拙者が最後の1柱でござる! きっと次は拙者が撃たれる番でござる! ならば――」


 時操神クロノキアは、表情を引き締めながら言った。


「――拙者のチートが相手してくれようぞ」


 時操神クロノキアが瞳を見開いた瞬間、止まることのない噴水が動きを止めた。

 空を飛ぶ鳥は、空中で静止している。

 手を伸ばせば届く距離には、自分を狙って放たれた直径7.62mmの弾頭。


「ふん。時間停止能力神である拙者に、このようなおもちゃが通用するか」


 時操神クロノキアは、体を一歩横へとずらす。

 そして、誰に言うでもなく囁いた。


「そして時は動き出す――」


 頭のすぐ脇を弾頭が飛翔して、噴水のしずくが水面に落ちた。

 空を飛ぶ鳥も、優雅に舞っている。


「さて――」


 その瞬間、時操神クロノキアの足元が膨張した。

 冥介が広場に仕掛けていた、神殺しの罠が発動したのだ。


 命中確実と踏んだ狙撃が外れたことで、冥介は何らかの異能が発動したと判断。

 バハムート広場に仕掛けた、全ての罠を遠隔起爆させたのだ。

 そのひとつが、時操神の足元を燃焼ガスの膨張圧で盛り上げる、総重量250kgにも及ぶTNT爆薬であった。


「ぐぬっ……あ、危なかった!」


 寸前のとこで、時間停止の異能を発動。

 時操神クロノキアといえど、能力は完全無欠ではない。

 時間を静止できる範囲は半径100mで、その持続時間は最大で30秒ほどだ。

 つまり、止まった時空で、余裕をこける時間的余裕はない。

 急いで危険範囲から離れようと、時操神クロノキアは逃げ場を探す。

 なかった。どこにもなかった。

 前後左右、全ての方向から数千発もの鋼弾が自分に迫っているのだから。

 時操神クロノキアは、それが異世界で「クレイモア」と呼ばれる指向性地雷であることを知らない。

 ただ、あの鋼弾が当たれば絶命することだけが分かった。

 足元は爆薬で吹き飛ぶ。

 前後左右は、360度から放たれる鋼弾の包囲網。

 上へ逃げるにも、空は飛べない。


「はぎぃ……あ、あぁ……」


 刻々と時間は過ぎ、そして時は動き出す。


「――――ッ!」


 時操神クロノキアは、全身を爆風と鋼弾に引き裂かれて死んでいった。

 王都の広場は、爆発の猛煙と土埃に覆われている。

 そこには、生きた存在などいないかに思えた。

 だが、


「ククク……よもや不死王ノスタードを、この程度で殺せると思っていまい」


 全てが、木っ端微塵の広場で。

 不死の異能を持つ神――ノスタードだけは、健全な姿を露わにしていた。

 寂しい魔法少女との情事を夢見て、おしゃれに着込んだ漆黒のタキシードは吹き飛んだ。

 つまり全裸であるが、杖の先端に鎮座する宝玉で相手の肌に触れるだけで全ての生物の命を奪う「苦骸杖オグリアス」は無事だった。

 全裸の神は、朗々と響く声で叫んだ。


「不死の異能を持つ神族の末裔――ノスタードに対する非礼な振る舞い、万死に値するぞ!」

「ほぉ? 随分とタフな神もいたものだな」


 噴煙を裂いて現れるのは、日本刀を腰に携える少年だった。

 純白の学ランを着て、容姿端麗な美丈夫だ。


「少年、状況から察するに」

「あぁ。貴様を偽りの書簡で呼び出した張本人だ」

「クククッ、神である我を籠絡せんとは許せん。これは神罰を与えねばならぬな」

「少女の体にヨダレを垂らす神など、信仰に値しない」

「言うではないか少年!」


 冥介を一喝すると、全裸の不死王は苦骸杖オグリアスを掲げた。


「我は不死の神! あらゆる死から見放された神なり! 手にする魔杖は、先端に鎮座する宝玉で相手の肌に触れるだけで全ての生物の命を奪う――」

「いいことを聞いた」


 日本刀が振るわれ、不死王の苦骸杖は中ほどから切断される。

 空中をクルクルと回転する杖の先端を、冥介はパシッと見事にキャッチして。

 杖の先端に鎮座する宝玉を、不死神のほっぺたに押し付けた。


「ぎゃあああああああああああっっっ!!!!!」


 不死の異能と、触れるだけで必ず殺すアイテム。

 不死と必殺のバトルは、どうやら必殺が勝利を収めたらしい。

 5秒ほど、もがき苦しんでから。

 死なない神は、いとも簡単に殺されてしまった。


「ねぇ、九條君……」


 大惨事の広場に、メリーさんの冷めた声が響く。


「最初の目的は、神様からチートを貰うことだったわよね……」

「よくあることだ。手段のために目的を忘れることなど」

「殺すのが楽しかったのね……」

「冥介君。これで、ひとまずクリアですね」


 バインダーを片手に、井戸娘が淡々と戦果報告をしてくる。


「近場の神は、これで全て狩りつくしました。神の遺体は王城に運び込んで、魔法で蘇生させると同時に、呪いのアイテム『隷属の首輪』で、冥介君の命令を何でも聞くマンに仕立て、私が王都でフランチャイズ経営する『白いたいやき屋』において、最低賃金で労働させる予定です」

「倒した神の処遇は井戸娘に一任しよう。あとメリー。なろうテンプレでは」

「奴隷を手に入れるのがテンプレだけど……」

「なんという下らない展開であるか! 神からチートを奪って、奴隷に仕立てて所有する! まったく面白くない!」

「はいです。自分の作品が評価されないのはどう考えても読者が悪い――ですね」

「…………」


 メリーさんは、高笑いを上げる冥介を見て思った。

 物語における最強のチートは「ギャグ展開」なのではないかと……

 ギャグにしかならない冥介は、愉快そうに言うのだ。


「メリーよ! 次のなろうテンプレ展開に移る! 次のテンプレ展開は――」

「既に決めてあるわ」


 冥介に促されて。

 テンプレな悪役令嬢モノを執筆した過去がある、都市伝説のメリーさんは答えた。


「異世界モノにおける顔見せイベント――馬車襲撃イベントよ」

「ほぉ?」


 バトルばかりで退屈している読者に、予言しておこう。

 次のテンプレ展開は、内政&知識&物量チート&エロで台無しになる!

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