第2話「わたしメリーさん……お父さんがパソコンで「性感マッサージ バンコク」と検索していた痕跡を見つけちゃったの」


「ふん。さすがに早いな」

「ええ。九條君がどこにいようと背後に現れるわ」


 冥介の背後で、メリーさんが言った。

 ワープした先は、王城にある冥介の私室だった。

 畳が敷き詰められた部屋には、勉強机と本棚と家電が少々。

 窓の外から伸びるケーブルは、ソーラー発電機の送電線らしい。


 座布団の上に座りながら。

 純白の学ランを着た冥介は、地球産らしき単行本を読みふけっている。


「どんだけ異世界に定住するつもりなのよ……」

「せっかくの異世界だ。しばらく楽しませてもらおう」

「あと……」


 メリーさんがチラリと視線を向けた先では、


「あっ。メリーちゃん、来てたんだ」

「井戸ちゃんも来てたんだ……けど、その格好だけど」

「てへっ☆ 似合ってます?」


 セーラー服を着た井戸娘が、37インチのブラウン管テレビを雑巾で拭いていた。

 黒髪ロングのスレンダー体型なので、セーラー服がよく似合う。

 しかも、セーラー服の上からエプロンを装備している。

 井戸娘は母性溢れるお姉さんタイプの美少女なので、もう幼妻にしか見えない。

 メリーさんは、人妻風の女子高生都市伝説に言った。


「あんた、なにしてるのよ……」


 問いかけに応じる、井戸娘は。

 メリーさんの耳元に唇を寄せて、ボソッと囁いた。


「――金の為、媚び売ってるんですよ」

「えっ!?」

「――メリーちゃんも見たでしょ。あの振り込まれた額」

「うん……」

「――ふふふ、一緒に頑張りましょうね」


 井戸娘は「にんまり」と、嫌らしい笑みを浮かべながら言った。

 引きつった笑顔を浮かべる、メリーさんは思った。

 ウソだと信じたい……秋葉原の百合喫茶で、一晩二億円を散財した女子高生の噂を。

 大富豪の女子高生は、黒人マッチョな付き人に「21インチのテレビデオ」を持ち運ばせていたという話だけど。


「メリーに尋ねる」

「なによ?」


 冥介が、メリーさんに話を振ってくる。


「貴様は『なろう小説』という、愚民が持てはやす文学を耳にしたことはあるか?」

「ええ、少しは」


 なろう小説。

 それは日本の文学界に生まれた、新時代の大衆娯楽である。

 その特徴は、


「内容がクソなことで有名だし……」

「その通りである」


 冥介は吐き捨てるように言うと、手にした本を放り投げた。


「なろう小説を読めば、異世界の全てが分かると聞いた。しかし、どれもこれも現実世界で満たされない下等人種が、下等人種どもの欲望を満たす妄想を書き連ねた、文学の名を冠するに相応しくない唾棄すべき汚物にすぎん」

「いや……なろう小説を書く側も読む側も、文学とか芸術とかそうゆーのに、一切興味ないと思うけど」

「ふん。趣味嗜好や楽しみ方が人それぞれであるのは認めよう。だが、なろう小説はどの作品も同じような展開ばかりなのが気に食わん! オリジナリティーが皆無ではないか!」

「テンプレ展開って奴でしょ? 読者が安心して読める、ある種のお約束で」

「くだらん!」


 メリーさんの援護を、冥介は一喝して一笑にせた。


「そこで、俺は考えたのだ! 実際に異世界にトリップした俺が、なろう小説のテンプレ展開の通りに行動する! 行動を通して、いかになろうのテンプレ小説がくだらないかを実証してやろうとな!」

「あ、お好きにどうぞ」

「メリー、貴様にも付き合ってもらうぞ」

「なんでっ!?」


 驚くメリーさんに差し出されたのは、スマフォの画面だった。

 そこに映るのは――


 メリーさんの顔が「( ゚д゚)ハッ!」となる。

 そして、腹の底から絶叫した。


「や、やめてェェェぇ!」

「メリー。貴様がネット小説サイトに投稿した「悪役令嬢が転生先で男子校に入学するそうです」だが――」

「のぎゃぁ~!? それ、わたしの黒歴史なのぉっっ!」

「ふん。男子校で女子生徒が一人。男子に惚れられまくる逆ハーレム展開か」

「い、いやぁ……」

「この作品におけるヒロインの名前は「メリー」。登場する各種男性キャラの元ネタだが、俺が推測するに同じクラスの男子生徒を」

「もうやめてぇぇ!」

「詳しい説明がほしいな。第22話『悪役令嬢がショタ男子と混浴しました!』について」

「――あqswでfrgtyふじこl!」

「メリーよ。貴様がなろう小説のテンプレ展開に詳しいことはリサーチ済みだ。ゆえに、俺のアドバイザーになることを命じる」

「ひっぐ……も、もうやめて……お願いだから36話だけは読まないで……」


 メリーさんは、畳敷きの床に「orz」と膝をついて、泣きじゃくる。

 それを見下ろす冥介は、クククッと哄笑する。

 妖艶な人妻JK都市伝説の井戸娘は、お弁当の梅おにぎりを量産していた。

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