第28話 缶ビールのお礼
「ありがとう。今度何かお礼させてよ。たいしてお金は持ってないけどさ」と僕はお礼を言って、そう告げた。
「あたしと一緒じゃん。まっ、あたしの稼ぎなんて知れてるけど。こんな所で売店してもたいして稼げないからさ。夕日とあたしは似てると思わない?」
まだ会って数分で、春子という女の子は似ていると言ってきた。何を根拠に言っているのか謎だけど、僕は春子という女の子に妙な親近感を感じた。同い年の子と知り合いがいなかったことも理由だろう。僕はずっと大人に囲まれて育って来たからだ。それは皮肉にも、同い年の人たちと同じように青春を体験していないに等しかった。
「今度ゆっくり話そう。山川さんを待たせているから。そうだ、君……、ごめん。春子の連絡先を教えてくれない」
君と呼ばれることを嫌う春子に対して、僕はうっかり、君と呼びそうになったので慌てて春子と言い直した。正直言って、まだ慣れていない。
「電話なんて持ってるわけないでしょう。夕日は連絡先があるの?」
「……持ってないね。じゃあどうしようかな」と僕は訊ねた。
「あたし、ここの劇場で住み込みとして上の階に住んでるの。だからいつでも遊びに来てよ。大抵、売店前に居るからさ」春子はそう言うと、僕に缶ビールのお釣りを渡した。
こうして、僕と春子はこの日から長い付き合いになるのだった。急いで山川さんの元へ戻ると、彼は退屈そうにパイプ椅子へ腰を下ろしていた。そして映写室へ戻って来た僕を上目遣いで見てから、口元に微かな笑みを浮かべるのだった。そんな山川さんに、僕は作戦が成功したと確信した。
「どうぞ飲んで下さい」と僕が缶ビールを手渡すと……
顔をほっこりさせて、山川さんが嬉しそうに目尻を下げた。ほぼ受け取ると同時に缶ビールを開けて、美味しそうに喉を鳴らしながら飲み始めた。ゴクリゴクリと喉仏が波打つように動いていた。そして一気に半分以上飲んで、山川さんは一息ついてお礼を言ってきた。
「坊主、おめえさんを気に入った。教えてやるっちよ。俺たちのアゲハがどれだけ皆から好かれているか」
山川さんの言葉に、僕は見えない位置で拳をグッと握りしめた。ついにわかる、美琴さんの秘密めいた素性が……
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