第27話 春子と夕日
山川さんは喉が渇いたと静かな口調で呟いた。その言葉を聞いた瞬間、僕は後ろポケットに入っている一万円札を取り出した。そして山川さんに何か買って来ますと言い残して、僕は何食わぬ顔して映写室を出て行った。山川さんが何を欲しているのか理解していた。それに僕は何となく気付いていたのだ。何故なら口から酒の匂いを漂わせていたなら、誰だって気付くだろう。
僕はこの機会をずっと待っていた。山川さんが喉の渇きを言ってくれると。これは間違いなくチャンスだった。ここで彼にお酒を渡せば、きっと気を許すに決まってる。世の中はギブアンドテイクの螺旋なんだ。僕が鏡さんから煙草を貰って、厳しい世界へと踏み出した。鏡さんが何もギブアンドテイクを求めているわけではないけど、これは暗黙の了解と受け取っていた。何かしらの恩を受ければ、人は必ず何かを返してくれる。山川さんの場合、彼が知ってるであろうアゲハさんの秘密だ。
「だから私に聞くのね。若いくせして、あんな歳上の
僕に話しかけて来た女性は、春子という名の同い年で映画館で売り子をしている女の子だった。お酒を買いに来た僕へ、彼女の方から話しかけてきた。たぶん僕が山川さんの好きそうな酒はないかと尋ねたからだろう。それにしてもホントに狭い街みたいだ。経った数日で、僕が鏡さんのトルコ風呂で働いていることが知れ渡っている。
「同い年なんだ。君は山川さんの元で長い期間働いているの?もし良かったら教えてくれるかな。山川さんの好きなお酒なんかを……」
すると僕の質問に対して、彼女が怪訝な表情をした。
「あんたさ、私のことを君とかって呼ばないでくれる。その呼び方嫌いなんだよね。それって何か、他人行儀みたいじゃない。私の名前は
「いや、初対面だし。いきなり君のことを名前で呼べるわけないだろう」
「だから、もう一回言うわよ。私の名前は……」と眉を釣り上げたので、「そんな顔で言うなよ。わかったわかった、春子さん、これで良いだろう」
もちろん面倒くさいと思ったので、僕は彼女の言葉を遮るように名前で呼んだ。すると春子という女の子は、舌打ちをしてから睨むのだった。そして一言、「春子で良いわよ」と言った。そして後ろの冷蔵庫からお酒を取り出してくれた。
「ねえ、あんたの名前は?」とカウンター前に缶ビールを置いて聞いてくる。
「俺……」
「あんた意外に誰が居るのよ!?」
確かに彼女の言う通りだ。映画館のロビーには僕意外、他に客の姿はなかった。だから僕は彼女に向かって自己紹介をした。
「ゆうひ、太陽が沈む景色と同じ名前の、
「夕日、素敵な名前ね」
この出会いから、僕にとって春子は一番の親友になるのだった。
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