第22話 女の部分

アゲハさんの手にかかれば誰もが骨抜きになるわよ。イワシの骨抜きとは違うわよ。少し例えがおかしかったわね。でも腕の良い板前は、丁寧に小さな小骨まで取り除くのよ。私が言いたかったのは、アゲハさんも丁寧に相手の心を骨抜きにするの。しかも確実に丁寧な技を使ってメロメロにさせるのよ。


そんな風に教えたくれたのは、ある日の飲み会の席で言った、ユリさんの言葉だった……



寝たら汗を掻くものよーーと、朝食を食べ終えた時に彼女は言った。丸椅子に座って、彼女は魅力的にコーヒーを飲んでいた。足を組んで生足が太ももからつま先まで露わになっている。目のやり場に困ったのは、うっすらと肌が見えるワンピースの向こう側。太ももの先がワンピースの生地で、見えそうで見えない陰影を目に映した。


「僕ちゃん、早くシャワーを浴びて来なさい。服は用意してあるわ。いつまでも見てないでさ。あとでじっくりと魅せてあげるから……」


意味深な笑みを口元に浮かべて、組んでいた足を床に下ろした。僕は慌てて視線を空に逸らした。コーヒーを一気に飲み干して浴室へと急ぐ。頭から彼女のセリフが離れない。ガウンを籠に投げ入れて、少し熱いシャワーを頭から浴びた。それでも彼女の姿が頭から離れない。僕は無意識に彼女ばかりを見つめていた。心の中に彼女が住み着いてる感覚さえあった。実際、女の人と暮らすことは初めてだった。こんなことってあるのだろうか?世の男性がこんなシチュエーションを経験するのだろうか?僕は気持ちの整理もつかないまま、シャワーを浴び終わった。


用意された服は無地のシャツとトランクスだけ。僕はそれに着替えると、彼女の待つリビングへ戻った。ソファーで瞼を閉じて、沈むように寝転ぶ彼女が居た。僕の視線を繋ぐように、彼女はうっすらと瞼を開けて見つめ返した。


「美琴さん、出勤までずいぶんと時間がありますね」と近付いて話しかけた。


「もう一眠りしますか?」と冗談半分で言うと、「良いの?僕ちゃんは確かめたくないのかしら。私をそんな目でずっと見てるけど……」


確かめたかった。僕の想像を言葉で紡ぐ彼女。アゲハでもなくていい、僕の想像を超えた彼女に会いたかった。昨夜は昨夜の彼女とアゲハだとしても、朝の彼女は美琴さんという世界でたった一人のひと。僕はゆっくり近寄ると、今すぐ触れたいと思う、心の僕がソファーに寝転ぶ彼女を抱きしめてるみたいだ。想像とはときに現実の彼女を魅せてくれる。彼女はワンピースで隠れた太ももを、惜しみもなくゆっくりと捲りあげた。僕の鼓動が下半身と連動するように熱く熱く脈を打った。


「さて、ここで質問よ。私はワンピースの下に下着を履いているでしょうか?」と上目遣いで訊ねてきた。


捲りあげたワンピースが止まる。太ももは殆ど露わになっていたけど、肝心の確かめたい部分は隠れていた。トクン……トクン……と胸に響いた時、僕は彼女の質問に答えた。しかも大胆にハッキリとした口調で。太ももの向こう側なんて、僕の想像を遥かに超えているだから。


「触ってみれば確認はできますよ」本気とも冗談にも聞こえるような言い方だ。


「どうぞ、ゆっくり触って……」なんの躊躇もなく返された言葉。そんな言葉に僕はためらいもなく行動するーー男ではなかった。僕は肝心なところで恥ずかしくなって、その場で固まるのだった。


「遠慮しないで、僕ちゃんは確認したいんでしょう。私の女の部分を……」彼女はそう言って、ワンピースをかなり際どいところまで捲った。


「美琴さん……」


僕の欲求が爆発しそうになった時、夢のような場面は突然に夢破れるのだった。



ピンポーン!!!!



部屋中に玄関のチャイムが鳴り響くのだった。

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