第21話 朝の顔
今が何時で、今日が何曜日かなんて考える余裕はなかった。と言うか、そんなことを考える思考さえ頭から消えていた。考えるのはアゲハという名前。美琴さんが何者で本当にアゲハなのかという疑問だけだった。裸で抱き合う男と女。夜更けも夜更けで抱き合うみたいに、僕も恐る恐る手を伸ばして抱きしめた。あれだけ冷たかった彼女の肌が体温を取り戻していた。
「人肌って暖かいでしょう。どんなに冷たくても温もりにしてくれる。私には必要なことなの。僕ちゃんは決められた約束を守りながら生きるのよ。それは運命で、私からの願いと大切な思いやり……」
美琴さんの肌を感じながら、僕は聞きたいことがあった。恋をして愛の難しさを知った時、僕のホントの運命が始まると言うのなら、美琴さんの全てを知りたいと心から思っていた。僕はたった一日でいろんな感情を学んだ。それは一秒という世界より深い意識が存在していた。知りたいという欲求はエスカレートして、ごく自然と下半身が硬くなって、美琴さんの太ももあたりに当たるのを感じた。どうすることもできないが、遠慮がちに腰を引いて当たらないように意識した。美琴さんは気づいているのか?それとも知らないフリをしているのかわからない。僕を抱き寄せてから一言も口にしない。
静寂な雰囲気が漂う中、裸で抱き合う男と女は言葉を無くして夜明けが来るのを待っていた。僕もやがて眠気に負け、美琴さんの吐息を首筋に感じながら深い眠りへと堕ちた。夢心地のある温もりは、僕たちを決して起こすことはなかった。
そして長い夜が過ぎた頃、僕は朝の匂いと光に目が覚めた……
深い眠りだった。だけど不思議と目は冴えていたし、頭はスッキリしていた。僕は身体を起こして、隣に居ない美琴さんを探した。閉じていたカーテンが少しだけ揺れている。窓が開いているのか、微妙な風でカーテンは揺れていた。揺れては隙間が覗いて、朝の優しい光が床を照らして陰影となった。
寝室のドアが微かに開いていた。僕は誘導されるように寝室を出て、美琴さんの姿を探した。太陽の光が射し込んだリビングで、美琴さんがソファーに座っていた。そして僕の方を見て、優しく微笑みながら朝の挨拶を言った。僕は心に安心感を添えては揺れている。
「よく眠れた?」
「はい、こんなにも深い眠りは初めてかもしれません」
「そう、だったら今夜も眠れるんじゃない」美琴さんはそう言って、ソファーから立ち上がると朝食を食べるように言った。
僕が寝ている間に作ったのか、テーブルの上にはハムエッグとこんがり焼けたトーストが用意されていた。コーヒーの香りが漂い、僕の朝食が爽やかに始まった。夕飯の時と同じく、美琴さんは僕の前で食事をしなかった。昨夜と同じ格好で、うっすらと肌が見えるワンピース姿だった。僕はトーストに溶けたバターを見て、美琴さんの裸を思い浮かべようとした。それは無意識だったかもしれないけど、どこかで叶わなかった夢を見てるようだった。
僕はアゲハという彼女と、美琴という彼女の狭間に溺れていた。爽やかな光が部屋をまだら模様にした時、うっすらと肌を露わにした彼女へ近寄ろうと考えた。まだ見ていない、彼女の神秘的な裸を想像しながら……
朝の顔はゆっくりと、僕たちを包み込んでいた。
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