第11話 貴子

女の子は神秘的な生き物で偉大な産物だと思え。子を宿し、子を世に誕生させて大地へ立たせる。それは神を超えた存在なんだよ。ヒロさんの話しから、僕は女性の存在を大切な意味へと変えた。いや、変わったと言うのが正しいだろう。


ヒロさんは大学時代に友人と劇団を立ち上げた。座長として舞台の演出をしたり、青春時代をがむしゃらに走っていたという。その劇団員に一人の天才女優が居た。彼女の名前は貴子たかこ。彼女はヒロさんの演出を完璧な演技で演じる女優だった。そんな彼女に一目惚れしたヒロさんは、舞台で光り輝く彼女をいつまでも観たいと思っていた。それは感情さえも狂気に変わるほどの熱気と情熱へと変化していった。もちろん彼女も女優として、ヒロさんの演出する舞台を情熱的に演じた。


彼女の演技する舞台は人々を熱狂の渦に変えた。劇団の看板女優となり、ヒロさんにとってはかけがえのない存在へとなった。やがて二人は恋をして愛し合う仲となる。しかし幸せだった二人に、不幸は降りかかる。最終的に貴子さんは死を選んだ。それは自殺という哀しい結末だった。原因は情熱的な彼女の演技が悪かったのか、それともヒロさんの情熱的な演技指導が悪かったのか……


「お互いに責めてたと思うな。俺は俺自身を責めた。彼女は彼女自身を責めたと思う。だけど実際は、俺の責任だと思ってる。彼女を死に追いやったのは俺なんだよ」ヒロさんはそう言うと、短くなった煙草をビルの壁へ投げ捨てた。


火の消えてない煙草の煙が、まるで亡くなった貴子さんを追悼するように狼煙となって空へ舞い上がった。誰が悪いかなんてわからない。貴子さんは死をもって償った。ヒロさんは女性に対して考えを変えた。貴子さんの死は決して無駄にはなっていないだろう。僕は煙草の煙を見つめながら思った。


そしてもう一つ失った小さな命を考えた……

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