第5話 カシコイなあ

 私たち3人は、駅前の駐輪施設に預けていた自転車に乗って、小鹿野さんの家へと向かった。

 先頭の小鹿野さんは、当たり前のようにサドルから腰を上げないでペダルを踏み続ける。私だったら思いっきり腰上げて力一杯ちからいっぱいペダル踏むのに。でも後ろをついてくる菅谷のムッツリ眼鏡を思い出して考え直す。こんなヤツにタダで見せてやることはない。

 いや、これも小鹿野さんのように自然とカワイイ振る舞いをするようになるための特訓ね。そう考えよう。


 数分も経たないうちに県道に出て、また数分も経たないうちに市の境を越えた。もう川越市だ。そのまま直進すると右手に私立大学の建物が見えてきた。構内の桜の樹は緑の葉が生い茂ってきているが、その中にもまだ遅咲きの桜の花が白い点として残って見える。急に吹いてきた風が残りわずかな花びらを散らした。

 私は自転車の速度を上げたくなるのをジッとガマン。うう、花びらの中を加速して突っ切りたい!


 前方に川が見えてきたあたりで小鹿野さんは左に曲がる。このあたり住宅だけでなく畑も多くなってくるな。

 しばらく進んで、立派な生垣と大きな石に囲まれた、古い造りの家の入口で止まった。小鹿野さんは自転車を停めて背後の私たちをちらっと見て、ナゼかしゃがみこんだ。

 疑問に思う間もなく、答えが尻尾振りながら一直線に走ってきた!

「ただいま、タロー! ごめんね遅くなって」

 尻尾を思いっきり振ってる大きな犬が小鹿野さんの顔を舐め回す。制服汚れちゃうじゃんってこっちが気になってしまうけど、小鹿野さんは一切気にしてないみたい。

「鎖で繋いでいないんだな」

 菅谷が冷たく指摘する。

「タローはね、私と一緒じゃないと家の敷地から絶対出ないから大丈夫だいじょうぶ。でも敷地に入ろうとする人は郵便屋さんでもみんな追い返しちゃうの。だから、ほら」

 見ると門扉の無い門柱に、大きな郵便受けとインターホンがあった。なるほど、ここが縄張りの境界線なのか。

「ふーん、そっか、この家を守ってるんだ。カシコイなあ」

 私はタローくんの頭をなでてあげようと手を伸ばした。

「あぶない!」

 小鹿野さんが急に犬を抱きしめた。犬の顔がさっきとは一変して鼻にシワ寄せて歯をむいて敵意丸出し。え、私何かした?

「タローは、私とお婆ちゃんくらいにしか今までなついてないの。番犬としては安心なんだけど……。タロー、この2人は、私のお友達。だから吠えちゃダメよ」

 犬の首を抱きながら優しく諭す小鹿野さん。でも犬の方は、警戒を解いて無いのがよくわかる。「お前ら悪いヤツじゃいらしいが、ご主人様の敵になるなら、その時は迷わず噛みついてやる!」という意思がその態度にハッキリと出てる。

 まったく、あんたみたいな直情型は、いつか大ケガするわよ。ん? 何よその目!

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