第十四話「アイズ・アンド・ノイズ②」

幕間


 アルファルド・リゲルゼンは超能力者である。

 生まれた時から異能が使えた彼は、物心ついた時には既に孤独だった。両親からまともな愛情も教育も受けることができなかった彼は、幼いながらにも自身の存在価値について考え始めたほどであった。自分に生きる目的はあるのか。そして、生きる意味があるのか。そもそも何のために生まれてきたのか。彼はそんなところまで追いつめられていた。


 彼に転機があったのは十歳の時だった。彼はその時すでに自分自身に否定的となっており、その存在感は傍から見れば非常に希薄であった。そんな彼が町の不良に絡まれるのは自然とは言えないが、かと言って不自然という訳でもなかった。お金を取られることもあったし、殴られてボロボロになることも頻繁にあった。


 ……だがそのことに大人たちは気付かなかった。不良は不良で利口だったのだ。彼らは、服を着ている限り気が付かない位置ばかりを狙っていたのだ。そして何より彼を苦しめたのは、その傷に気付けるはずの両親が自分に無関心だったことである。慣れていることとはいえ、それでも救いの手が前提段階で差し伸べられないと分かっていることは、ただそれだけで心を蝕んでいったのだ。


 そして、彼はいつものように、不良から暴行を受けていた。

 絶え間のない暴力。絶え間のない罵倒。――そして、どうしてか今日は哀れみも含まれていた。それは侮蔑に近いものであったが、それでも明らかに哀れみであったのだ。そもそも暴力がここまで長々と続けられることは今までなかった。


 ――おかしい。彼はそう思った。耳を殴られたことでふらつく体でなんとか立ち、不良たちの声を聞き取った。


〝かわいそうにな〟


〝だが悪く思うなよ〟


〝これはお前のパパに頼まれたんだからな〟


〝お金をもらったんだ。うんとな〟


〝――――お前を殺せ、ってな〟



 ……聞こえてくる言葉だけで、断片だけで、その意味が理解できた。

 彼は、自分がもう必要とされていないことを明確に理解したのだ。

 物心ついたころから自分の周りに纏わりついていた疑念、観念――それらに、ようやく答えが出た。と気が付いたのだ。

 自分は誰からも理解されていない。愛されていない。――関心を持たれていない。


 ――――ならば、知らしめてやろう――――と。この時、彼は決心した。

 どうせ必要とされていないのなら、自分を軽視した連中に、自分の存在が如何に大きなものであるのか知らしめてやろう、と。


 今まで理解していなかった、自身に宿った異能エゴの真の使い方を、彼はこの時理解した。



 数分後、路地裏にはおびただしい量の血液が流れていた。それは人間一人の量ではない。そこにいる、ただ一人の少年を除いたすべての不良が切断されていたのだ。

 ――それはもう、人間と形容していいのかどうか分からないほどだ。

 ……その路地裏でただ一人生きている少年は、ようやく知った意義に口元を歪ませる。


「ああ――殺すためにあったのか、このちからは」


 彼はその力の使い方を理解した。そして、自身の本性にすら気が付いた。

 彼は、『支配』することに愉悦を見出していたのだ。……つまり、彼は生まれてから十年間、ずっと自分を抑圧し続けていたのだ。――そしてそれが今、解き放たれた。死の間際で理解した自身の本性が、彼の異能の使い方を彼自身に享受させたのだ。


 こうして彼――アルファルドは生きる目的を得た。彼は、自身に反抗する者すべてを支配するようになったのだ。


 だが今、三十歳となった彼に愉悦の色はなかった。彼は、あろうことか己の本性にすら飽きてしまったのだ。――いや、飽きたのではない。それですら満足できなくなるほどに、心に大きな穴が生まれてしまっていたのだ。


 それがなんであるのか彼自身よく分かってはいないのだが、知らず知らずのうちに行動には表れていた。結局のところ、彼は、ただ欲していたのだ――――。ただ何をなのかは、彼自身よくわかっていないのだが。


幕間、了。




第三節


 お花を摘みに行っていたほむらが戻ってきたので、ようやく話を始められるようになった。ちなみに、もう既に目が部屋の暗さに慣れてしまった。


「じゃあ、そろそろ始めようか」


 蝋燭の明かりだけの座敷で話し始めるトオルは、中々様になっている。広く、そして暗い部屋の真ん中でゆらゆらと燃える蝋燭の火が、否応にも恐怖心を掻き立てる。

 

 ごくり、と。誰かが唾を飲み込む音が聞こえるほどの静寂。風が吹けば、それだけで背筋がぞくりとする。そんな静寂の中。


「へっくし!」

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」

 

 ほむらがくしゃみをした。そしてトオルが叫び声を上げた。どう聞いても驚愕のそれである。


「おい崎下! お前が驚いてどーすんだよ!」

 なんていいながらガハハーと笑うムネナガ。修学旅行か。


「ごめんッス。崎下先輩、もー怖くないっすよ」

「うるせーバカ! もう知らねー! 絶対教えないからな!」


 目に涙をためて喚くトオル。ホームなのにまるでアウェーだ。がんばれトオル、負けるなトオル。お前がいつもがんばっているのはよくわかっている。だけどそれでもそう言わざるを得なかったのだ。許してほしい。


「そんなこと言わないでくださいよー。崎下先輩ー、ごめんなさいッスー、どうか機嫌を直してほしいッスー」


 反省していることを伝えるほむら。だが残念なことに反省の意思は伝わってこない。どう聞いても反省しているようには聞こえないので当然と言えば当然なのだが。


「うるさい! 少なくとも今晩は絶対教えねー! もー決めたもんね!」

「ヒエー、勘弁してくださいッスーーー」

「誰が勘弁するかバカヤロー!」


 残念ながらへそを曲げてしまったトオルが機嫌を直すのは一晩を置かねばならない。仕方がないので今日は我慢するとしよう。

 ……まあ、それはそれとして。


「ほむら」

「え、なんですか神崎せんぱ――痛い痛い」

 ほむらの耳を引っ張る。


「ちょっとこっち来て」

「なんすかーーー痛いッスーーー」

 その場で引っ張っているだけで、別にそのまま引きずっているわけではない。だというのにオーバーリアクションじゃないだろうか。


「先輩ーーー怒ってるとき分かりやすいッスーーー」

 だがその状況であろうと、彼女は人の心を抉り出す。まるで生まれる前からそうなることが決まっていたかのような自然さなのだ。彼女ですら治せないのではなかろうか。


 などと心の中で呟きつつ、俺は部屋の隅にほむらを連れて行った。


「せ、先輩……、こんな端っこに連れ込んでどうするつもりなんですか……? まずいですよこれは……高杉先輩も崎下先輩も見ていますしおすし」


 この言い方から察していただけるだろうが、完全に冗談である。こういうヤツなんです。たまには灸をすえた方がいいと思いませんか?


「――任務だほむら。今晩、林の向こうにあるを調査してほしい」

「――なぜそれを?」

「お前が感情を垂れ流しすぎているからだ。いやでも目に付く。俺にはな」


 お互いに小声で話す。聞こえると、やはりよくないからだ。


「でも崎下先輩が何も言わないってことはつまり、触れてほしくないことなんじゃないですか?」

「今更それを言うのかほむら」

「私確かにズケズケものを言っちゃうタイプですけど、上限だけは定めてるんです。ですから――」

「――それが、混血に関する物事だとしたら?」

「えっ、それマジですか」


 さあ? と手を振るジェスチャーを交えて答える。……だが、トオルのここまでの態度からして混血の件について何か知っているのは恐らく確定。とはいえ友人であるトオルの記録を読み取ることはしたくない、というよりしない。俺がそんなことをしないと信頼されている以上、さっきのような不可抗力でもない限りそんなことは絶対しないと固く心に誓っているのだ。


「……ほむら、確かお前、髪の毛一本からでも炎化できたよな」

「できますけど、そっちに意識移して偵察して来いっていうんですか?」

「まあそうなる」

「ひでえです。確かに、体がちゃんと残ってたら、屋敷の敷地内ぐらいならすぐに意識を戻せますけど」

「その保証があるから頼んでるんだ。お前しかいないだろ、こんなことできるの」


 これは本気のお願いなので、冗談はなしの真面目なテンションである。


「わかりましたー。でもその代わりに条件があります」

「なんだ」

「今度『喫茶つきみね』に連れてってください」

「んー、いいよ」

「じゃあ承りますッス!」


 ビシッと敬礼するほむら。既に後ろの二人から白い目で見られている。


「カイ、おめーよー。たらしの才能あるよな」

「ああ、まったくだね! ちょっとは自重するべきだ」


 手厳しい意見を二人からもらう。……そうか、今のもそう見えてしまっていたのか。気を付けよう。だが勘違いしないでほしい。俺は浮気性ではない。それだけは誓って言えるのだ。


 ◇


 夜も深まり午後十一時。そろそろ決行の時間であろう。このメンツなら流石に何もないだろう、と。トオルは俺たち三人を同じ部屋に入れる――と見せかけて、隣同士の部屋とはいえ、一応男女別に部屋を分けた。プライベートもあるだろうし、別におかしなことではない。


 ただ、俺はほむらの部屋に一度入らねばならないのだが。なんならトオルも機嫌を直して俺たちと一緒に寝るそうなのでさらに状況がややこしくなっているのもまた事実だ。

 と、ふすまが開いてほむらが手招きしてきた。どうやら俺に用があるようだ。


「どうした」

 ほむらの部屋に入り、そしてふすまを閉めてから口を開く。


「先輩。よくよく考えてみたら、別に先輩が私の様子を見る必要ってないですよね」

「む、確かにそれもそうだな」


 ほむらが火の玉と化した髪の毛を飛ばすための下準備――例えば窓を開ける――は別に俺が手伝わなくともほむら一人でできることだ。となると確かに、俺がわざわざトオルの目を盗んでほむらの部屋に入る必要もないということになる。


「あ、もしかしてアレですか? 私が意識を失っている間に何かするとかですか」

「……俺は悲しいよ」


 すぐにそんなことを言う君が。いやホントに悲しいね。


「そんな顔しないでくださいよ先輩ー」

「俺がそんな下衆に見えるんですか」

「見えますん」


 んー、どっちなのかなそれは。YESでありNOなのかな。


「まあいい。俺が無理言っているのは事実だし。報告は明日聞くよ」

「りょーかいでーす。……じゃ、準備あるんで何もない限りまた明日です!」

「あいよ、助かるよ」


 という訳で部屋を出る。やはりというかなんというか、二人の視線が尖っている。


「神崎、君さあ。ホント節操ないよね」

「そんなことはないって」

「がはは、崎下。ヨーク考えてみたらよ、カイが浮気なんてするはずねーわ」


 急に尖った視線を緩めるムネナガ。分かってくれたようで安心だ。

 そうだ。俺は彼女を守らなければならない。自暴自棄だった俺を救ってくれた彼女を、今度は俺が守らなくちゃいけない。

 自分でも病的と思わないでもないが、それでも、それでも俺は、その気持ちを大切にしたいのだ。


 ……思考を戻す。今晩は静観に徹するが、明日の朝には行動が起こせる。それを楽しみに今日は眠るとしよう。

 ……残念ながら、恋バナに付き合わされたのでなかなか眠れなかったのだが。だから修学旅行かっての。




 で、翌日。――――ではなく深夜。


「あぎゃああああああああああ!?」


 なんて、ほむらのすっとんきょうな叫び声で俺たちは目を覚ました。




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