第八部 エピローグ

 このオリソンティ・エラの生活をより良くする為に日夜召喚術の研究、および異世界との交流も盛んに行われる町、カスコ。召喚士ならば一度は訪れてみたい町にある大きな育成機関、カスコ支所で私は数日間の謹慎を命じられていた。

 理由は一つしかない。カスコ支所で一人前の召喚士を目指す卵達が自分の力を試す場所だった名も無き平原の部屋を当面の間、使用不可能に陥らせたからだ。

 「外だぁ……」

 四日ぶりに私は謹慎を解かれて外に出た。当日はレアンドロ副所長にこっぴどく叱られた。レブだけでも下がらせようとしたが、甘んじて彼も副所長の叱責の言葉を浴びていた。響いてはいないだろうが、反論する事も無く最後までただ、聞いてくれる。

 「ふん」

 謹慎期間中は私と同じ様にレブもカスコ支所内から外に出る事は無かった。設備の利用も最低限に留められ、許可が下りたのは図書館のみ。魔法の発動なんてもっての外だった。

 それでも十分にやる事はあった。最近知識を自分の中に取り込む時間を取れていなかったから、こうして腰を据えて目が疲れるまで読書するのも悪くなかったと思う。

 名も無き平原を壊してしまった事でカスコ支所の召喚士に恨まれた、という話は今のところは聞かない。寧ろ、そんな破壊力を持つレブを媒介も無い試験用召喚陣でセルヴァという田舎に呼び出せた理由に興味を持たれて話し掛けられる日が多かった。

 突貫で得たとは言え、もう私だって浄戒召喚士だ。いつまでも子どもの気分ではいられないと気を引き締める。それにしても今日は契約者の儀式の警護で外に出ているんだ、頑張ろう。

 「自信を持たせるつもりだったが、逆効果になったな」

 ミゲルさんとリッチさんの店の脇にある階段を上がり、坂を下って二つ目の建物を左に曲がると集会場がある。そこへ向かう途中、乾燥した空気を吸い込みながら歩いているとレブが呟いた。

 「ううん、自信はもらったよ。自分達にあれぐらいならできる、って知る事ができたんだから」

 お説教された後に話した人達にも責められたわけじゃないもの。それに平原を再現するのもカスコ支所の召喚士達には良い課題になったらしい。もちろん、胸は張れないけどね……。

 「……行こう。ニクス様達、もう準備してるよ」

 「うむ」

 全員で行くと思っていたけどやっぱり大人達は先に行って儀式の支度を開始している。チコとフジタカにも先を越されていたのが予想外だった。一声掛けてくれるのを待っていたら出遅れていたなんて情けない。あの二人だって私達が謹慎されてるって思っていただろうし。

 「意外に早かったな」

 「準備は済ませてからね」

 場所が分からずとも、人が固まり向かう場所の方へ続けば自然と目的地は同じ。召喚士達にとっても契約者が珍しいのは変わらない。私達が日常で契約者の近くにいるだけなんだと改めて気付かされる。

 召喚士の町であるカスコの住人達の契約者への関心は高い。その仕組みを真似したがる者、新たな召喚士の誕生を願う者、契約者を一目見ておこうと見学に現れる者。誰もがただなんとなく訪れたのではない。

 「どこへいてもする事は変わらない、か……」

 誰がどこにいても変わらない。私やチコはレブとフジタカと一緒に契約者の護衛をする。カルディナさんはウーゴさんと一緒にトーロとライさんに指示を出して契約の儀式を補助する役割に変更は生じていない。単に規模が違うだけの事。私達の負担だって大きいが、それは儀式を行うニクス様にも言える。

 だけど今回は召喚士育成機関の町、という事でカスコ支所を卒業した浄戒召喚士達も警護人員として配備されているらしい、と言うのも、私は謹慎で詳細を説明してもらえていなかったからだ。ニクス様が自分とカスコまで同行した召喚士達も同伴させると宣言してくれていなかったら、今頃私は窓から会場に向かう召喚士や候補生を見送っていたと思う。

 「これだけ人がいても相手にするのは契約者だ。この世界の住人が安易に近寄ろうとはしまい」

 「だな。でもよ……」

 オリソンティ・エラの住人にとって召喚術を与えてくれる力を持つ数少ない契約者は確固たる存在だ。今までそんな世界の住人を見てきたフジタカもレブの言う通りだと頷く。

 「あぁ。だからこそ、放って置かない連中もまた現れる」

 レブは目を細めて辺りを見回した。数十人と集まる広場に私達以外の召喚士なんて幾らでもいる。走れば誰かにぶつからずには進めない様な珍しいまでの密度に私は祭りを連想した。

 その状況を一歩引いて見ている自分がいる。きっとそれはこの行事を楽しむ立場に自分が立っていないと自覚しているからだ。私はレブ達とニクス様を守る。守り、トロノへ連れて帰らせないといけない。

 「しかも、狙いが契約者とは限らないんだろ」

 チコが頭の後ろで手を組み人混みを眺めながら呟く。この場に居る召喚士を疑うなんて真似はしたくないが、ガランにまで私達を追って現れたフエンテがあの程度で引き返してくれるとは思っていない。

 フジタカは包帯を巻いた手にグッと力を込めたと思えばナイフを展開した。

 「そうだ。しかも、近い」

 「は?近い?」

 急に何を言うのかとチコは目を丸くし、レブすらもフジタカの断言に訝しむような視線を送る。

 「何を言い出すかと思えば、私でも感じぬあの男の匂いを嗅ぎ分けるとはな」

 「嫌な表現をするなよ……」

 鼻を擦りフジタカは顔をしかめる。

 「だけど、間違いない。臭いとかじゃなく……気配?みたいな何かを感じる」

 フジタカは胸に手を置くとふらふらと歩き出していた。どこへ行くんだと私は急いで肩を押さえる。

 「どこに行くのさ!ニクス様の契約も始まったみたいだよ?護衛はどうするの!」

 「………」

 フジタカが行きたがる理由も分かる。彼が感じ取れる相手がいるとしたらそれはただ一人、ロボだろう。だけど、フジタカが一人でふらりと向かって他にも誰かがいたら。

 ベルナルドか、ロルダンか。そこにアルと呼ばれていた甲殻虫人やカドモスがいて、フジタカ一人で行かせて帰って来られるとは思えない。

 「止めておけ。一人で行っても対処し切れずに死ぬぞ」

 ロボはレブの雷撃すら消した。同じ事をフジタカができるとはレブでも思っていないみたいだ。振り返ったフジタカの手にナイフが握られているのを見て、他の見物人も私達へ視線を送り始めた。

 「だったら!」

 「一人で行かなければ良いだけの事だ」

 怒鳴りかけたフジタカへレブが一歩前へ踏み出す。ニクス様やカルディナさん達に対して後ろめたい気持ちもあるけれど、どこかでレブがそう言うと期待していた。

 「より大きな騒ぎになる可能性を、私達で先んじて潰す」

 でも、もしも何も起きなかったら私達は単に持ち場を離れてカスコをフラフラしていただけになる。その時に勘で動いたなんて言えない。ニクス様を警護するのは私達だけではないのも分かっているけど……。

 「……助かる」

 礼を言うチコ、そしてフジタカの目はそんな事を微塵も疑っていない目だった。具体的な理屈を交えた説明を一切していないのに、フジタカは鬼気迫る表情で訴えている。



 「渋っているのは……」

 「誰もいません!」

 レブが最後まで言う前にこちらもフジタカに賭けた。私だって疑うよりも、信じたい。

 「行くぞ」

 チコとフジタカを先頭に私達は歩き出した。契約者の儀式が始まり、並行して召喚士選定試験が始まる。カスコの召喚士達は今も尚、集会場へと一様に足を向けていた。

 その場を離れる召喚士が二人、異世界の住人もまた二人。四人組の妙な行動を怪しむ以上に、カスコの人々は契約者の儀式に注目していた。

 祭られた契約者を背に私達は町を進む。そこで何が起きるか、予測もしないままに。



                                     了

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