会議場にて


 火狐神から送られてきた映像は、NHKの国会中継に少しだけ似ていた。

 大学の講義室のような部屋。半円形に並べられた座席。中央に設けられた演壇。

 眺めていて既視感すら感じる風景の中で、しかしNHKとは決定的に異なるものがある。議員たちの姿だ。


 狐。天狗。鬼。狸。河童。小人。鹿。熊。

 その他、形容しがたい多種多様な姿たち。


 人の姿を取っているものは全体の半数にも達してない、めくるめく百鬼夜行のオンパレード。事情を知らない者が見れば、現代社会のカリカチュアとでも受け止めたかもしれない。だが、事実は違う。彼らひとりひとりが力のある神なのだ。


『――どうでしょうか。ちゃんと映ってますか?』


 火狐神の確認に久住が応じる。


『おう。問題ないぜ。そっちはどうだ?』

『はい、無事に出席できてます。雅比さんは……まだみたいですね』


 火狐神の声と同時、映像がぐるりと会議場を一巡りする。

 まずい。これはちょっと酔いそうだ。


「火狐神、この映像ってお前の視界とリンクしてるのか? 固定してくれると助かるんだけど……」

『あ、確かにそうですね。ちょっとカメラを用意してみますね』


 すると一瞬画面が暗転し、続けてやや低いアングルで撮影された動画が送られてくる。

 だが、次にカメラが捉えた映像は完全に不意打ちだった。


『これでどうでしょうか?』


 燃えるような橙の髪を左右で編みこみ、頭から狐の耳を生やした少女が、画面を覗きこんできたのだ。


『は!? お、お前、…………もしかして火狐神か!?』

『あ、はい。そうです。そっか。はじめまして、ですね』


 とまどいの声をあげる久住に、優しそうなオーシャン・ブルーの目を照れたように微笑ませたのは、どうやら火狐神で間違いないらしい。議会の正装なのか抑えた色合いの和服を着た姿は、はるばるアメリカからやってきたインディアンの少女が日本の民族衣装に袖を通しているような微笑ましさがあり、


『ちょーかわいい!』


 という園村の賞賛が全てを言い表している。


『ま、マジかよ……!』


 久住は絶句。どうやらヤツも初見だったらしい。

 そりゃ、これまで見た目はどうでもいいとか言ってた相手が突然このレベルの姿見せてきたら口あんぐりだよな。

 すると火狐神はその沈黙をどう受け止めたのか、たちまち自信なさそうに眉を下げる。


『え、えっと、久住さん。もしも見た目が気に入らないようでしたら……』

『い、いやそんなことない! 気にしなくていい!』

『おー久住ってば顔真っ赤だし! 照れちゃって、このこのー!』

『久住、もうちょっと何か言ってあげたら? きれいとか、かわいいとかさ』

『う、うるせえ! ほっとけお前ら!』


 スマホの向こうで展開される阿鼻叫喚に、こっちまで吹き出しそうになる。


『あー、こっちは気にしなくていいから話進めてくれ! 今からが本番だろ!』

『あ、はい。わかりました!』


 強引に話を進めようとする久住に、火狐神がはにかみ笑いを残して遠ざかる。

 そこへ、


『待たせたかの?』

『あ、雅比さん!』


 カメラが捉えたのは見慣れた女性の姿だ。


「よかった。無事に到着したんだな」


 出発したのが時間ぎりぎりだったから少しだけ心配していた。

 ここまで色々やってきて遅刻でダメになったとか本気でシャレにならない。


『うむ。この通りな。それでは火狐神よ。議会が始まったら手はずどおりに――』


 その時、


『――フン。よくも臆面もなく顔を出せたものよ』


 雅比の背後、不愉快そうに話しかけてきたのは、三人の天狗たちだった。

 たしか雲涯とか言ったか。中央に立っていたのはいつぞやのいけすかない野郎。

 左右に控えていた天狗たちが鼻にしわを寄せて口々に雅比へ言い募る。


『党を出たのなら議員も辞職するのが筋だろうに。まったく恥知らずな女だ』

『まことに。雲涯どのの温情に後ろ足で砂をかけるような真似をしおって』


 一方的な言い草に、しかし雅比は何を思ってか反論するでもなく黙っている。


 ……聞いてて腹がむかむかしてきた。

 一体誰のせいでこんなに大変な思いをしてると思ってんだ。


『おい。いい加減にしろよ、お前ら』


 俺はスマホに向かって声を荒げる。


『自分たちの都合で雅比を追い出したのはお前らだろ。なのに、なに勝手なこと言ってんだよ』

『……その声、人間か。党の問題に口を挟まないでもらおうか』


 左側の天狗がぎょろりと大きな目を剥くのに、俺は答える。


『雅比はもう無所属なんだろ。党にいたころならいざ知らず、今さらそんなことを言うのは筋違いじゃないのか』


 そう指摘するとぎょろ目の天狗は、ぐ、と言葉を詰まらせる。


『……我が党の調査官の職を辞しておきながら、他党の調査官補佐の地位に納まるのは筋が通っていると言えるのかね? 筋を違えているのはそちらではないか』


 左側の天狗の甲高い声に、俺は悟った。先日、雅比を調査官補佐の地位から追いたてようとしたのはこいつらか。


『雅比さんを補佐に迎えたのは私の判断によるものです。文句がおありでしたら直接伺いますが?』


 これ以上自分の補佐にとやかく言うなら黙っていないぞとキツく睨む火狐神に、同じ与党の間で諍いを起こす度胸はさすがにないのか、甲高い声の天狗が口を閉じる。

 生まれたわずかな沈黙を静かに押し破ったのは、雲涯だ。


『貴君の考え、地主神の件については聞き及んでいる。そのような奇策、本当に通じると考えているのか?』

『……さて。私には、理はあると思えておりますが』


 硬い声で答える雅比を、雲涯は苦々しく見つめる。


『……百歩譲って貴君に理があると認めたとしよう。だが、貴君のやり方を議長どのが認めるとは思えんが』


 雲涯の視線が向けられたのは会議場の壇上、厳しい顔つきをした総白髪の天狗だ。

 左右には専属の書記なのか、眼鏡をかけた小鬼たちが一匹ずつ控えている。


『石鎚山法起坊さま――――役小角さま、ですな』


 よく知っている相手なのか、雅比の声が重くなる。


『なんだ? 仲間に不利な話は通さねえってことかよ?』


 久住の怒りにゆっくりと首を振ったのは雅比だ。


『むしろ逆じゃな。公明正大、不正やごまかしが大嫌いな方で、与野党を問わず誰からも一目置かれておる』


 頑固な方としても有名じゃがの、と小さく付け加える。


『なんだ。それならいいヤツなんじゃねえか』


 手のひらを返す久住に、しかし雅比の表情は晴れない。


『そうではあるが、我らがやろうとしていることを思えばのう』

『あ、……そうか』


 追風が何かに気づいたように小さくつぶやく。


『雅比さんの地主神就任の申請、控えめに言っても良い感想は持たれないでしょうね……』


 火狐神の苦い声。確かに、今から俺たちがやろうとしていることは奇襲に近い。

 予め情報を流しているとはいえ、その悪印象は覆るものではないだろう。


『そういうことだ。……せいぜい、あがいてみせるがいい』


 言い放つや雲涯は静かに踵を返し、残る二人の天狗もまた不愉快そうに鼻を鳴らして立ち去っていく。


『……感じ悪いなー。結局なにがしたかったんだろ、あの人たち?』

『揺さぶりじゃろうな。罪悪感に訴えて、こちらの動きを邪魔するつもりだったんじ

ゃろ。……雲涯どのの意図は、少しわからなかったが』


 気を悪くしたらしい園村に、応じた雅比の口調の端から苦みが滴り落ちているのは、多少なりとも気にしているからか。こいつ、そういうタイプだもんな。


「……罪悪感なんか感じる必要ないだろ。お前が今こうしているのは、俺たちを助けるためなんだから。それともお前、俺たちを助けたことを後悔してるのか?」


 そう伝えると、雅比は瞳を何度か瞬かせる。


『……無論、後悔などはない。全てはワシの意思で決めたことじゃ』

「だったら、胸を張っとけよ。お前が始めた戦いなんだ。バッチリ決めてやれ」

『――うむ。そうじゃな。感謝するぞ、朝田よ』


 雅比の表情に力が戻る。


 その時、場内にブザー音が鳴り響いた。


 会議場に満ちていたざわめきが潮が引いていくように収まっていき、着席する音が連続する。


『――火狐神よ。それでは、後ほど』

『はい、雅比さん』


 雅比もまた自分の席へ向かい、着席する。

 正面、議長がゆっくりと立ち上がり、厳粛に告げた。


『これより会議をはじめる』


 ――――いよいよだ。

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