神との対話(20XX)

 一体なにが起きてるんだ?


 スマホの画面に映りこむ謎の女の微笑みが、俺の頭を疑問符で埋め尽くす。

 CG。AR。画像編集。

 幾つかの単語が脳裏をかすめるが、彼女の放つ濃密な存在感がそうした考えを否定する。


 テング。

 テングって言ったら、……やっぱり天狗だろうか。


 いや、マジで? ありえなくね? なにかの冗談だろ?

 強引に笑い飛ばそうとしたところへ、俺の中の冷静な部分が反論する。


 まぁまて。仮にこれがなにかの冗談だとして、……今俺が目撃しているこれは、そもそも人間技なのか?

 俺だってアプリ作成の基本程度は押さえてるから、技術的にこれが実現可能かぐらいは判断がつけられる。

 一度インストールされたアプリを外からクラックするのはほぼ不可能。

 スマホのカメラはブラックボックス化されてるので、こちらをいじるのも難しいだろう。

 ふと思いついて機内モードに切り替えてみるが、やはり変化はない。


 考えあぐねた俺は、相棒へ話を振ってみる。


「なあ久住。本物と思うか、これ?」

「あー、どうだかなあ。クラッキングとか動画配信とかいろいろ考えはしたんだが、どれもこれも理屈に合わねえ。……けどなあ。理屈に合わねえってだけじゃ、正直信じらんねえんだよなぁ」


 久住はぐしゃぐしゃ髪をかきまわし、スマホに映っている女へ改めて話しかける。


「……なあ、雅比って言ったか? さっき自分のこと天狗とか言ってたけど、それって証明はできるのかよ?」

『ふーむ、それはなかなか難題じゃのぅ。いかな言葉を尽くせばお主らを納得させることができるのか見当もつかぬ』


 やりとりそのものを楽しんでいるかのように、自称天狗女はわざとらしく眉を寄せてみせる。


『となれば、やはりこうするのが良かろうな』


 謎めいた物言いと共に雅比は一振りの羽団扇を取り出し、画面上方へ飛び去る。

 スマホをそちらへ向けると、天井近くに移動した雅比がすっと羽団扇を構えた。

 にやりと笑み。


『剋目せい』


 こちらに向かって勢いよく振り下ろす。


 ――――瞬間、風が疾った。


 ごぅ、と正面からぶつかってきた空気の渦が頬を擦り前髪を散らして鞄を倒し背後の窓ガラスを一斉にガタガタ鳴らしながら廊下を駆けぬけ、やがて遠くから誰かの悲鳴が聞こえてくる。


 風に吹き飛ばされた掲示物が、はらはらと床へ舞い落ちる。

 窓ガラスは、まだかすかに音を立てて震えている。

 反射的に顔を庇うように上げていた腕を下ろし、改めて前を向いた俺は瞠目した。


 前方には、風が暴れた形跡が全く見当たらなかった。

 風は、まさしく雅比のいた場所から吹いてきたのだ。


『……ふぅむ。予想はしておったがこうまで安定せぬか。皆が悪く言うのも無理もない話じゃな』


 スマホを向けると画面の中、雅比は試験で満点を取り損ねたような顔で羽団扇を見下ろしている。


「おいおい、まさか今のおまえがやったのかよ?」


 久住が目元をひきつらせると、雅比はいたずらを成功させた子供みたいに唇の端を吊り上げた。


『証明にはなったかの? お望みとあらばすべての窓板を外へ吹き飛ばしてみせるが』

「い、いやいい! そんなことしたらオレたちが怒られそうだし! つーかなんだよ今のは」

『神通力じゃよ。八百万の神々に名を連ねる者なら誰もが操れる業じゃ』

「神々、ねぇ…………」


 なんとも言えずに雅比の顔を見つめる。

 うさんくさい事この上ないが、理屈では説明できないものを見せられたのも事実だ。


「……それで、その神である雅比さんが人間になんの用なんだ?」


 とりあえず最後まで聞いてみようと俺が水を向けると、


『おお、そうじゃった。実は今、我ら神々のあいだで人間の携帯電話のマナーが問題になっておってな』

「――はい?」

『携帯電話の電波が、神通力と干渉を起こしておるのじゃよ。そのため、人間への不満がかつてないほど高まっておる』

「は、はぁ……」


 我ながら間抜けな声が出る。

 いや、なにをどう反応しろってんだ、この話。


『実際、野党からの激しい突き上げもあって、内閣の支持率が急落しておってな。あまり猶予もなさそうなのじゃ』

「は、はァ!? いきなり何の話だよ!? ニュース番組か何かか!?」


 これ以上わけのわからない話を聞かされ続けるのは耐えられず、俺は叫んだ。


「さっきからお前はなんなんだ!? 俺たちに何を求めてるんだよ!? 突然やってきて意味不明すぎるぞ!」


 すると雅比は切れ長の瞳を意外そうに瞬かせ、


『――のう、お主ら。もしやと思うが、なにも聞いておらんのか?』

「……聞いてない、って、何をだよ」

『無論ワシのことじゃ。――ふむ、そうか、やはり聞いておらんか。すまぬな、少々話を急きすぎた。話が通っているものとばかり思っておったのじゃ』


 話が通っていると思った。

 つまりそれは、


「……お前に、俺たちのことを紹介したやつがいるのか?」


 はたして雅比は、はっきりと首を縦に振った。


『その通りじゃ。いの一番にそれを言うべきじゃったな。朝田よ。ワシはお主の古くからの知り合いに紹介されて、お主らに会いに来たのじゃよ。お主らをワシに紹介したのは――、』


 そして、本日最大の衝撃が俺たちを襲った。


『――追風神社の後継ぎ。追風つばさじゃ』

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