エンカウンター・ウィズ・ゴッド(国内限定版)


 嵐が去った後。


「……おーい、生きてるかー、久住ー」


 廊下に倒れたまま点呼を取ると、久住は寿命を迎えたアブラゼミのようにプルプルと身を震わせた。


「ぉぉぉ、朝田か……。残念だがオレはもうダメだ……。どこかで家族に会ったらヨシアキは最後まで勇敢に戦ったと伝えてくれ……」

「そうか、残念だ……。じゃあ財布の中身は責任を持って俺が預かっておくから、安らかに眠れよ」

「いやそれありえねえし!」


 がば、と身を起こした瞬間ぐおおと全身の痛みに悶える久住。

 フハハ、愚かなヤツめ。


「いっででで……、ちっくしょう、あいつらマジで容赦とかねえのな」

「だなぁ。調理部の女子マジこええ」


 彼女たち流の武器なのだろうか、麺棒やらフライパンやら色んなものでどつかれた。

 刃物が出てこなくて本当によかった。

 いやマジでマジで。


「しっかし今回はやられたなあ。個人ファイル全部消されて端末リセット食らって、あとなんだ、二度と女子をアプリの実験台にするなー、だったか。朝田おまえバックアップとか平気かよ?」

「あー、平気だ。ちゃんと取ってある。まあスマホぶっ壊されなかっただけ、まだマシだったよな」

「マシってだけな気もするけどな……」


 彼女たちから受けた仕打ちを思い出し、はああ、と二人して疲れた息を吐き出す。


「ま、もちろんまたやるんだけどな!」

「当然じゃん! 懲りるとかありえねえし!」


 ふははははとお互い笑ったあと、よいせと床に手をついて身を起こす。

 途端、身体中を鈍い痛みが襲った。


「うおおやべえ、マジで痛えんですけど。今日風呂入りたくねえなあ」

「激しく同意。ところでスマホどうなってるよ? 無事?」

「ちょっと確認してみる」ボタンを押すが、なぜか画面がつかない。「あっれ? 電源入んねえ」

「え、マジで? でも実際壊すような事してたかあいつら?」

「してないと思うんだけど」ボタンを押す。やはり反応はない。


 まいったな。まさか修理とか必要だったりするだろうか。


 すると、不意に画面が点灯し、着信音が鳴った。

「あ、よかった問題なかったわ」


 相手先の名前にはミヤビと表示されている。

 ……?

 登録した覚えがない。

 首を傾げながらとりあえず電話に出てみる。


『――うむ、繋がったようじゃな。結構結構。やってみれば存外なんとかなるものじゃ』


 溌剌とした若い女性の声。

 ぶっちゃけ聞き憶えがない。反応に困っていると、


『しかしこれはなかなか不思議な使い心地じゃな。こういう時は確か、マイクのテスト中、などと言うんじゃったか? くくく。……ときにお主、ワシの声ははっきりと聞こえておるかの?』


 朗らかに訊ねてくる謎の女性へ、俺は気を取り直して答える。


「あー、すみません。番号間違えてないですか? 俺は朝田って苗字ですけど、」

『聞き及んでおるぞ。朝田一輝。そして隣にいるのが久住吉暁じゃな?』


 あくまでも明るい声に背筋が冷えた。

 スマホの持ち主である俺はともかく、なんで久住のことまで分かるんだ?


「お前、……もしかして今どこかから俺たちを見てんのか?」


 ゆっくりと左右を見回すが、それらしき人影は見当たらない。

 どうしたんだよと久住が聞いてくるが、正直構ってる余裕なんてない。


『然り。すぐそばにおる。もっとも今のままではお主らの目には映らぬが――おお、そうじゃ。お主ら、先ほど面白いものを使っておったな。あれを拝借しよう。朝田よ、携帯電話を目の前にかざしてみよ。なに、悪いようにはせぬ』


 こちらの警戒を意にも留めず、謎の女性は一人で話を進めていく。

 相手の要望を受け入れるべきか迷ったが、正体が分からない以上は下手に逆らわないほうがよさそうだ。

 彼女の言うとおり、スマホを前方へかざしてみる。

 すると、なぜか先ほど削除されたはずのG3Sが立ち上がり――、


「って、ンな――にぃぃぃぃいッ!?」

「オイなんだよさっきから……って、はああああッ!?」


 横から画面を覗きこんできた久住ともども息が止まった。


 長い鼻を据えられた赤い面。

 黒絹のようにつややかな髪に、面の陰から覗く整った面立ち。

 無人の廊下を映しているはずのスマホの画面に、和装の女が悠然と姿を現していた。


 女が唇を動かすのに合わせて、スピーカーから声が流れる。


『くくく、驚かせたかのう? 人間の習慣では第一印象が大切だと聞き及んでおるゆえ、少しばかり派手にいってみたのじゃが。――では改めて名乗るとしよう。ワシは天狗の雅比。お主らが呼びならわすところでいう、神じゃ』

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