第30話

 人の世は、いつも騒がしい。


「術力を取り戻されたとのこと、おめでとうございます」

 六葉は平伏の形で一礼をした。

 一高は普段と変わらない笑みで、礼を述べる。きちんと姿を整えた六葉とは違って、一高は、引きこもり中と同じように、髪を結わず背に流したままだった。けれど、着ている衣は華やかだ。呪わしい術者でありながら、貴公子として浮き名も馳せたという、彼らしい姿だった。

 六葉は、慎重に言葉を選んだ。

「やはり……貴方がそれほど簡単に、力を食われてしまうなど、あり得ないと思っていました」

「ふふ。確かに、術力の全てというのはやりすぎたかな」

「あの悪食な陰陽師が、こちらの呪詛類まで食って、その仕組みを己のものにしてしまうようになったから……逆に、どうやって神や物の怪を食っても腹を下さぬものか、調べるために、術力を式神の一種としてあえて食わせたのですね」

「己の考えを、あえて口に出すような愚を、一度なら許してもよいと思うよ。可愛い弟」

「結局、一番食えないのは貴方です」

 先日の雨の中、日和の一撃によって加西は気絶。統御を失った術者から、封じられていた呪いや神や妖が溢れ出した。一高は軽々とそれに触れ、己の力を取り戻し、他の災い達を取り鎮めたのだ。

「見聞を広めるには、よい機会だったよ。どのようにして術をかけるのか、犯人の内側から見るとよく分かるもの」

 悪趣味な話だった。その間に何人、どれくらいの者が殺されたのか……とは思うが、この人の目的からすれば、これが効率的な方法だったのだろう。

「せめて、分かったことのうち、報告できるものは官庁に報告してくださいますようお願いいたします。術者加西は、確かに、一ノ瀬に仇なした。それゆえに一ノ瀬の制裁と実験の材になり得ましょう。ですが、奴は元々、官庁で任の与えられていた者。きちんと官庁で裁かなくてはなりません」

「分かっているよ」

 どこまで、一高が、こちらの意図にあわせて振る舞ってくれるものなのか。分からないが、あまり詰めて機嫌を損ねても危険である。

 このたびは、借りもある。死者の国の手前まで行って戻って来るという離れ業は、六葉一人ではできなかったことだ。

 六葉は辞去を伝えると、他人行儀に部屋を出る。一高が、思い出したように呼び止めた。

「あぁそうだ。六葉」

「何でしょう」

「六葉は再び、丁寧に埋葬しておいたよ」

 一瞬、虚を突かれたが、すぐに意味を把握する。そうですか、と言い返した。

「それから、ね。君の大切な、小さい女神に、よろしく伝えておいておくれ。引きこもっていてもいいかなあと、半ば面倒になって思っていたのだけれど、私が外へ出ようと思ったのはあの子のおかげだからね」

「……心得ておきます」

 そのまま引っ込んでおいてほしかった、と顔にありありと書いて、六葉はさっさと実家を後にした。

 あちこちに布を巻き付けた姿で、日和は階(きざはし)に座っていた。

「六葉!」

 家の主が戻ってきただけで、日和は子犬みたいに、嬉しそうに立ち上がる。

「お帰り!」

「ただいま」

 不思議だった。出会ってそれほど経っていない、けれど、いつの間にか、この言葉は当たり前みたいに響いている。お帰り、という言葉は。

「加西、まだ起きないの?」

「もうしばらくかかるだろう。……お前のせいではない。意識がないのは、奴が食らったモノが本人を取り殺そうとしているからだ。本人の自業自得」

「そうだけど」

 日和が、自分の許容量以上の力を出して倒れてから――この世に戻ってきたときにはもう、事件の後始末はほとんど一高がやり終えてしまっていた。だから、六葉から聞いたことだけしか、分からない。

 六葉が、日和の額の擦り傷を、指先でそっと撫でた。

「危険な目に遭わせたな」

「そればっかり言う! 私は自分で飛び込んだんだよ。……もうちょっと、光の出し方を勉強して、自分でも気をつけようって思う」

「そうだな。無茶はやめてくれ。俺も驚いたし、お前の身内もあの姿だ……」

 六葉の視線の先に、布でぐるぐる巻きにされた籠がある。

 実は、あの事件の後、小鳩にばれて大騒ぎされた。当然だったが……父神に報告されるのは困る。日和は決意し、やむなく、小鳩を鳥籠に入れて隠しておいた。

「……出してやったらどうだ」

「でも、絶対、父様に言いつけられちゃうよ。私が危ないことしたってばれちゃう」

「謝りに行く方が、早いと思うが」

「六葉、行くの?」

 だが、六葉はまだ日和のことを物の怪と思っている様子なので、日の神に会ったら大変なことになりそうだ。

 籠ががたがたと揺れている。

 しばらく考えて、六葉は答える。

「それは――」

「私は、帰らないからっ。見てないところで、六葉に何かあったら、嫌だもの」

「……お前、性格が少し変わったか?」

「変わった?」

 きょとんとした日和に、六葉はいや、と言葉を濁す。心配性になった気がするとは、なかなか言えない。

「でも、六葉も変わったかな?」

「は?」

「そうでもないか」

「どっちなんだ」

 だって、と日和は口ごもる。手を繋いでくれるし。最初のときは、触ったり、頭を撫でようとしたら振り払われたのに、えらい違いだ。

「ふっふー」

 浮かれながら、日和は思う。

 式神というのは不思議なものだ。誰かと繋がりがあるのは、面白い。

「六葉、大好き!」

 何の気なしに言ったのだが、六葉がむせた。

 ――その理由が分かるまでは。

 二人は、ただの、陰陽師と式神だった。


かみこい~光の神と陰陽師~・了

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かみこい~光の神と陰陽師~ せらひかり @hswelt

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