魅惑のラピッド・スタイル

 さて、翌日のこと。佐竹武雄くんがいつになっても帰宅しないので、佐竹くんのお家は大さわぎとなり、事件は狸林くんをはじめとした探偵団も知ることになりました。

狸林くんは説教入道のガチ説教にショックを受け元気をなくしてしまい、少年探偵団のお仕事もおろそかになっていましたが、団員の危機となればそんなことは言っておれません。ふだんは太陽の光を浴びることをきらい、陽の高いうちは事務所から出たがらない阿頼耶先生も、団員のいち大事ということで捜索の陣頭指揮を取りました。


「佐竹くんの足取りはようとしてつかめませんが、彼の通学路に隣接しているK公園で、ふしんな老人を見たという報告があります」

 エリート団員である山姥の子ども、長尾金之助くんが有力な情報をもたらしたので、阿頼耶先生と団員たちはおっとり刀でK公園に急行しました。

「ここのベンチの近くで、なぞの紙芝居屋が目撃されたそうです。しかし、いっしょに目撃されたのは佐竹くんではなく、甘ロリファッションの少女だそうです」

「ううむ、その少女が何か手がかりをにぎっているように思われるが……その少女について他に情報はないのかね」

「はい先生。なんでもツインテールの美少女だそうです」

「えっ、いいじゃんそれ。ひゅう、ひゅう。他に情報ないの? 好きな食べ物とかさあ」

「なんとなくですが、わたがしとか好きそうじゃないですか?」

「おお、いいね狸林くん! わたがし! 甘ロリがわたがし……イエスだよそれ!」

「いえ、そのようなことはわかりかねますし、捜査には関連しない情報と思われます」

つねに冷静な長尾くんが二人をたしなめます。

「あっ、はい」

「それよりも、ふしぎなことに、近くの小学校にはこの目撃情報に相当する背たけ格好の少女は存在しないようなのです」

「ううむ、するとこの少女はいったい何者であろうか」

「はたして、説教入道の一味でしょうか」

「情報が少なすぎてなんとも言えないなあ。せめて少女の好きな食べ物でもわかれば、道ばたにその食べ物をまくなどして、少女をおびき寄せることができるかもしれないのだが」

「なんとなくですが、ミルクセーキとか好きそうじゃないですか」

「おお、いいね狸林くん! ミルクセーキとな! ツインテールがミルクセーキときた……イエスだよそれ!」

 阿頼耶先生と狸林くんが実のない話題に花を咲かせるいっぽう、エリート団員の長尾くんは新たな手がかりを見つけました。

「オヤッ、団長、これを見てください。この黄色や黒のつぶつぶはいったい何でしょう?」

見ると、道のはじを点々と、何かのつぶつぶが落ちていて、よく見るとそれがかすかな一本の線となり、公園の出口に続いているではありませんか。そう、これはまさしく、佐竹くんが怪老人との闘争のなかで仲間の団員に向けてのこしたメッセージ、のりたまのふりかけであったのです。このふりかけをたどっていくことによって、団員たちは佐竹くんがさらわれたアジトまで到達することが出来るかもしれませんが、果たして狸林くんたちはこのかくされたメッセージに気づくことが出来るのでしょうか。

「ねえ阿頼耶先生。地面に点々と落ちているこのつぶつぶは、佐竹くんのゆうかい事件となにか関係があるのでしょうか」

「うーん、しらんけど、ないんじゃねえの。それよりもホラ、みてみて」

 なんということでしょう。阿頼耶先生は佐竹くんが大変な思いをしながら現場に残した渾身ののりたまメッセージに気づくどころか、そのふりかけをけり払い、そして棒きれで地面にツインテール少女の想像図を描きはじめたではありませんか。先生は先ほどから、ツインテール美少女のことで頭がいっぱいで、他のことはもう何も考えられないといったご様子なのでした。

「あのね、日本ツインテール協会によれば、ツインテールは大きく分けて三種類、細かく分類すると九種類に分けることができるんだってさ。知ってた?」

「なるほど、そうなのですか。さすが先生、博学だなあ」

「オーソドックスないわゆるレギュラースタイル、頭頂部近くでゆわえることによってテールがアニメ的な弧を描くラビット・スタイル、耳より下の低い位置でゆわえるロースタイルに分けられ、さらにテールの長さによってホース、シュリンプ、バードの区別がある」

「すごいなあ。僕たちの先生は、さすがに何でもご存知でいらっしゃる」

 狸林くんと長尾くんは大変感心し、目を輝かせました。ジョーカーくん、ニタリノフくんも捜索の手を止めて阿頼耶先生のそばにやってきて、やがて四人の少年は体育座りをして阿頼耶先生のツインテール講義に聴き入りました。

「さて、ニタリノフくん。この公園で目撃された少女は、どのタイプのツインテールだと思うかね」

 とつぜん指名されたニタリノフくんが何も答えられずにヘドモドしておりますと、隣に座っていたジョーカーくんがみかねて手をあげました。

「うむ、なんだね。ジョーカーくん」

「ハイ! ぼくはラピッド・スタイルのホーステールだと思います」

「ほう……どうしてそう思うかね?」

 阿頼耶先生は抑揚のない声でゆっくりとジョーカーくんに問いかけました。

「ツインテールはそうあるべきと思うからです」

「いったい、誰が! ……そう思うというのかね?」

 阿頼耶先生の目つきが険しい三角形となり、ジョーカーくんをにらみつけますが、ジョーカーくんは臆することなく「世の中のすべての男子です!」と答えました。それを聞いた阿頼耶先生は破顔一笑、ジョーカーくんの頭をつかみ、わっしわっしとなでまわしました。

「その通りさ! 僕たちの想像の世界をかけまわるツインテール美少女は、いつだってラピッド・ホーステールであるべきなんだ!」

「ツインテールはかくあるべきですよね、やったあ!」

 狸林くんと長尾くんはたがいに手を取り合い、うれしそうに跳びはねました。そしてさっきはうまく答えることが出来なかったニタリノフくんも少し照れながら、「ぼくも本当は、そうじゃないかと思っていたんだ」と言ってにたにたと笑いました。

「ははは、こいつめ! いいかいみんな、僕たちの理想のツインテール美少女の像が一致したことを記念して、みんなでばんざいをとなえようじゃないか!」

「さんせいです!」

「せーの、ツインテールばんざーい! ラピッドばんざーい! ホーステールばんざーい!」

 どこまでもすみわたる青空のもと、阿頼耶先生と探偵団の子どもたちのばんざいと、朗らかな笑い声は天高く響きわたりました。その一方、ばんざいをしている子どもたちと三十路男の背後では、佐竹くんの残したのりたまふりかけが風に吹かれて飛び散り、また野良犬がふりかけを舐めとり、あるいはアリがふりかけをせっせと巣に持ち帰り、その痕跡はいつのまにか完全に消え去ってしまいました。犯人のすみかへと続く最大の手がかりを知らぬ間に失ってしまった探偵団の面々は、果たして佐竹くんを救い出すことが出来るのでしょうか。

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