狸林くんの失敗

「なんということだ! 平良警部が殺されてしまった!」

 狸林くんは血まみれでテーブルにつっぷしている平良警部を見てしばらくぼうぜんと立ちつくしていましたが、にじむ涙をグイとぬぐって、やがて冷静な探偵助手らしくてきぱきと動き始めました。狸林くんがテーブルの上に置かれていたドンペリを口にふくむと平良警部の体ぜんたいにまんべんなく吹きつけ、店員に持ってこさせた荒縄で平良警部の体を身動きできないようぐるぐるまきにしようとしていると、なんということでしょう。死んだと思われた平良警部が息を吹き返し、自分をふんじばろうとしている狸林少年を制したのです。

「待て待て待て。俺は生きてるってば。早合点がすぎるぞ君は」

「あっ、そうでしたか。ぼくはてっきり、例の怪人の奇襲を受けて殺されたものとばかり……」

「ちがうよ。さっき胸をさわったことに対して急に怒りがぶりかえした女給のマミが、手にしたボトルでとつぜん俺の頭を叩きつけたのだ」

「なるほど。マミさんの仕わざでしたか。それでマミさんは急に恥ずかしくなり、どこかに隠れてしまったというわけですね。ははは。ちゃめな人ですね」

「何がちゃめなものか。それよりも狸林くん。君はなぜ俺にドンペリを吹きかけて荒縄で縛ろうとしていたんだ。あまりに奇妙じゃないか」

「はい。ぼくの田舎では、悪人が死ぬと火車という妖怪がその人の死体をうばいに来るといって、死体を柱などに縛りつけ、お酒で清めるという風習が……」

「どんだけ田舎なんだよ。さっさと近代化しなきゃだめじゃないか」

「はあ、すみません」

「俺が悪人であるという前提もけっこう傷ついたよ」

「ハチャー、かさねてすみません」

 早合点をした探偵助手は顔を赤らめながら、腹づつみでザ・ドリフターズの盆回りの曲のビートを刻んでおりますと、またもや狸林くんあてに電話がかかってきました。

「君は意外に早とちりだから、今度は俺もついて行こうね」

 今度は、頭に包帯を巻いて応急処置をした平良警部も電話のそばまでついて来てくれました。狸林くんはどきどきしながら受話器をとります。

「はい、もしもし。あっ、さっきの人ですね。ええ、はい。そうですよね。すみませんでした。ええ、ええ、わかりました。ごめんなさい。ええ、すみません。わかりました。今後は気をつけます。はい。すみません。どうもすみませんでした」

 二十分ほどそのような会話が続き、そしてようやく受話器を置いた狸林くんは大きなため息をつきました。

「おい、例の説教入道からの電話だったのだろう? やつはなんと言っていた?」

「はい。ぼくは早とちりのわりに行動力がありすぎるので、それでは周りの人々は時としてとても迷惑するそうです。このまま大きくなったら『モスキート・コースト』のハリソン・フォードみたいなことになる。そうならないためには、まわりの大人の話を最後までよく聞いて、実際に行動を起こすときにはいったん深呼吸をするなどして、冷静に頭のなかでもう一度よく考え、それから動き出さなければ立派な大人にはなれないときつく言われました」

「なに犯罪者にリアル説教されてんだよ。だめじゃないか」

「しかし、説教入道さんの言うことはもっともで、ぼくは恥じ入るばかりでした。おもえば、郷里尾道を飛び出て阿頼耶先生の事務所に転がりこんだことからして、やはり僕の早とちりにはじまる暴挙だったのかもしれません。探偵団の結成にしてもそうです。ああ、僕は自分の早とちりと無駄な行動力によって、まわりに迷惑ばかりかけていたことにようやく気づきました。はじの多い人生をすごしてきました。僕は事務所に帰って今後の身の振り方についてじっくり考えてみようと思います。そしてダメ人間として生きるおろかさをあまねくすべての人に伝えたいと思います」

「お、おい、狸林くん……」


 物わかりがよく、大人の言うことをすなおに聞く秀才、狸林くんと説教入道との相性は最悪のようでした。説教入道のお説教に丸め込まれた狸林少年助手は、探偵団旗揚げの時の気概はどこへやら、すっかり肩を落とし、血まみれドンペリまみれの平良警部をカフェーに残し、一人とぼとぼと店を出て行きました。ああ、なんということでしょう、まだ何の活動もしていないというのに、早くも探偵団は解散となってしまうのでしょうか。

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