血まみれ農夫の侵略

「オヤッ、なんだかおかしいぞ。いつも見なれているはずの探偵ランキングが、今日にかぎって、こんなにへんてこに感じるのはいったいなぜだろう?」

 狸林くんは首をかしげながら、くりくりとした大きな瞳を皿のようにして、何度も何度もランキングをみつめなおして、そしてようやく異変に気づきました。

「ウワーッ、せ、先生の名前がどこにも載ってないや! ぽんぽこぽこぽこ!」

「どうした狸林くん! なにやら奇怪なS.E.(サウンド・エフェクト)がきこえたぞ! いったいなんの音だ!?」

 卓上に置かれっぱなしの受話器から、狸林くんが新聞を取りに行ったきり、長いことほったらかしにされながらも辛抱づよく待っていた平良警部の声が聞こえてきましたので、狸林くんはあわてて受話器を取りました。

「あっ、すみません。あまりにショックだったので、腹づつみを打ち鳴らすという狸族特有の逃避行動にはしり、思わずツービートのゴキゲンなリズムを刻んでしまったというわけなのです」

「なるへそ。そういえば君は化け狸の子どもだったね」

「それより警部、いったいこのランキングはなんなんです? 公開されている20位までの名前のなかに、阿頼耶先生のお名前が入っていないじゃありませんか。さては誤植ですね」

「誤植なものか。それが君の尊敬する阿頼耶大先生の実力というやつさ。やつの黄金時代も終わりを告げたということだね。いや、ついに化けの皮がはがれた、と言ったほうがよいのかもしれんが。は、は、は、は」

「な、なんてことを! と、と、取り消してください! 先生は、金毛白面相の牢破りによって獲得ポイントが撤回された不条理に対し、いい年してスネてみせているだけです。だって、ヴィランをつかまえるまでが探偵のお仕事で、捕まえたあとの刑務所のふてぎわは先生に責任ありませんもの。だからけっして、阿頼耶先生の探偵術の腕まえがおとろえたわけではありません!」

 敬愛する阿頼耶先生の悪口を言われると、ふだんは冷静ちんちゃくな狸林少年助手も、チキン呼ばわりされたマーティ・マクフライのようにカーッと頭に血がのぼってしまうのでした。

「いやいや、阿頼耶三十郎の探偵力はいよいよ底をついてしまったのだと、俺は思うね。やつに残っているのはもはや、ごくささやかな過去の栄光ばかりさ。これからの彼は『レイジング・ブル』の終盤みたいにちっぽけな余生を送るのだろうね。は、は、は……」

「い、言うにことかいて、先生をジェイク・ラモッタ呼ばわりとは、いくら先生のご友人でいらっしゃる平良警部でも許せません! 先生はジェイク・ラモッタではなく、ロッキー・バルボアです。中野の種馬です。ビル・コンティの勇壮なしらべを背に、何度だって立ち上がるのです。僕はいつだってそう信じているのです!」

「ふん、そんなものは弟子のひいき目というものさ。あーあ、俺もとんだ時間をむだにしちまったぜ。ファック」

 そう言い捨てると、警部は一方的に電話を切ってしまいました。


 狸林くんは腹が立ってしかたありませんでした。なぜって、彼が神さまのようにあおぐ神探偵阿頼耶三十郎が、探偵ランキングの圏外に追いやられてしまったうえに、先生の友人であるはずの平良警部が、まるで手のひらを返したように先生をしざまにののしり始めたのですから。これは、阿頼耶探偵を神さまのように崇拝する少年助手にはまったく耐えられないしうちでした。まるで、たいせつな仏像やゾウを悪漢にうばわれたトニー・ジャーみたいに、少年の小さな胸は怒りと悲しみで爆発すんぜんなのでした。


 怒りのやり場のない狸林くんが床に寝ころがり、気がふれたように手足をじたばたさせてくやしがっておりますと、奥の書斎でゲームに興じていた阿頼耶先生からうるさいときつく叱られましたので、マンションの非常階段の踊り場に場所をうつし、そこでまたきちがいじみたじたばた踊りを再開しました。そして、じたばたに熱中しすぎるあまりに我をわすれ、うっかり階段から転げ落ちてしまい、血まみれになりながら「このとき、非常階段は、非情階段になった……」などと、わけのわからないことをうつろなまなざしでつぶやきました。はたから見ると、狸林少年助手の一連の行動はまるで本物ののようですが、狸林くんはそれほどまでにくやしかったのです。読者諸君も、きっと狸林くんと同じような気持ちではありませんか。

「いたた……これがぼくの故郷尾道の階段だったら、たましいが抜け出してしまい、一緒に転落した女の子と人格が入れかわってしまうところだったよ……おや? 入れ替わるだって……? ぼくがあいつで、あいつがぼくで……?」

 全身血まみれきずだらけの狸林くんは、自分でつぶやいた独りごとを何度もして、そのうちにハッと気づきました。

「入れかわる……そうか。つまり、先生のかわりに僕が事件を解決して、獲得したポイントはすべて先生名義にしてしまおう。そうやって、先生をランキング上位に返り咲かせれば、先生のやる気も復活するんじゃないだろうか……そうだ、きっとそうにちがいないぞ!」

 狸林くんは血まみれの顔をぬぐうのももどかしく、事務所の書斎に駆け込んだので、さすがの阿頼耶先生もギョッとしてしまいました。

「わーっ、血まみれ農夫の侵略だーっ」

「先生、おちついてください。血まみれ農夫じゃありません、ぼくです。狸林です」

「うわーっ、血まみれ農夫がしゃべったーっ」

「先生、先生、ぼくは狸林です。血まみれ農夫は中野には生息していません」

「……ああ、狸林くんか。びっくりした。いや、わかってたけどね。まじでまじで。知ってた速報。……ときに、そのありさまはなんだい。まるでホラー映画『血まみれ農夫の侵略』のようじゃあないか。観たことないけど」

 狸林くんは事務所のパソコンをいじってなにやらカチカチと作業を行っていましたが、やがて顔をあげると、血まみれの顔でニッコリとほほえみながら高らかに宣言するのでした。

「先生、ぼくは決めました。ぼくは、先生の忠実なしもべとして、先生の代わりに探偵ポイントを荒かせぎするちびっこピラニア軍団、『少年妖怪探偵団』をけっせいします!」

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