探偵の烙印

「先生、平良警部が事件捜査に協力してほしいそうですよ! はやくはやく! 四十秒で支度してください!」

 受話器に手のひらを添えながら、少年助手の狸林くんは探偵を呼ぶのですが、ちょっと目を離したすきにふたたびゲームコントローラーを握りしめた阿頼耶先生は

「ああーっと、今は手がはなせないし、なんつうか、めんどいからウルトラ丁重に断ってくれたまえ」

と、まるでやる気がありません。名探偵のむらっ気をよく心得ている狸林くんは、内心ざんねんに思いながらも、警部に先生のご意向を伝えました。

「すみません、そういうわけなので、ウルトラ丁重にお断り申し上げます」

「なにがウルトラ丁重だよ、えっ、きみたちは俺をこけにしてんのか、ファック。きみも助手なら、もう少し探偵のたづなをにぎっておけよ」

「しかし、新作ゲーム発売日当日の先生をテレビの前から1ミリでも動かすことは、直径50センチに満たない円の中で戦う伊達臣人だておみと一号生を円の外に出すことより難しかったと、阿頼耶先生のお母さまもおっしゃっていましたので、とてもぼくなどには……」

「あっ、ご母堂もおかしいのか。それならしょうがないね。……いや、しょうがなくあるものか。あのとうへんぼくめ。ランキングがあんなざまだというのに、ファック」

「ええっ、ランキングですって!? もしかして新しいランキングが発表されたのですか?」

「おいおい、しっかりしたまえよ。今日は月に一度のランキング更新日だぜ」

「そうか。朝からお買い物のことで頭がいっぱいで、ぼくとしたことがうっかりしてました。ちょいと新聞を取ってきます!」

 言うやいなや、狸林くんは受話器をテーブルの上にころがし、新聞受けのある玄関のほうへとパタパタ駆けてゆきました。


 さて、狸林少年助手と平良警部の話題に出てきた「ランキング」とは、いったいぜんたいなんなのか、読者のみなさんにも説明しておかねばいけませんね。

 これは、正式には「刑事事件捜査協力者一覧」、通称を「探偵ランキング」または「バンヅケ」といって、ときの警視総監どのが作り出した制度です。いったいどんなものかといいますと、まず、事件捜査に協力する民間探偵たちを、警察への貢献度やら捕らえた賊の格付けやらによって細かく査定するのです。そうして、月ごとの順位づけを朝刊に掲載し、それによって探偵たちのやる気を引きだそうという怪アイデアなのです。

 そんなランキングは、本朝最高峰の妖怪探偵、阿頼耶三十郎が永遠不動のナンバー・ワンに決まっているですって? 名探偵のすばらしい活躍の数々をご存知の読者諸君なら、そう思われるのも無理はありません。しかし実際は、残念ながらそうではありませんでした。なにごとにも運気のめぐりあわせというものがあるもので、実は少し前に、阿頼耶先生が捕縛した稀代の怪賊「金毛白面相きんもうはくめんそう」が牢破りをして逃げ出したせいで、先生が獲得した得点の大半が帳消しとなってしまい、それからというもの、モチベーションの低下した阿頼耶先生のランキングは下がるっぽうなのでした。

「ああ、今月はどれくらいランクが落ちたというのだろう。先生はここのところぜんぜん事件を解決されていないからなあ……5位くらいかしら。いや、平良警部の口ぶりからすると、もしかして10位くらいまで落ちてしまったかもしれないぞ。ウーン、見たいような、見たくないような……」

 新聞を手にした狸林くんはテーブルのまわりをきちがいグマみたいにグルグル回るばかりで、なかなかランキングを見る勇気がわいてきません。

「ひどい結果だろうという想像はつくけれど、それでも僕は先生の助手として、いちおう見るだけは見て、そのひどさ加減の確認をしておかなければいけないぞ。でも辛いなあ……」

 ようやくのことで覚悟を決めた狸林くんが、どきどきしながら新聞のランキングをのような動きでそうっとのぞいてみると、なんだかいつものランキングとは一見おなじに見えて、実はまったくちがうような、なんだかとてもとてもへんなかんじがしました。これはいったい、どういうわけでしょう。

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