第6話 ダリア
虎太郎は一歩後ろに下がった。何故自分を探し、それも薄暗い家の中で顔を見ただけで自分が美島虎太郎だと判別できたのか。
「どうして……俺を探してる? 俺はお前のことなんか知らないぞ」
「えー、それはひどくなーい? 自分でデザインしておいて」
「デザイン?」
薄暗闇の中で少女が微笑んだのがわかった。
「蒼穹。電気点けろ」
「う、うん」
蒼穹は言われた通りに虎太郎の部屋の電気のスイッチを押した。
一瞬で明るくなり虎太郎たちは眩しさから目を細める。
目が明るさに慣れるまで少しかかったが、ようやく目の前にいる少女の外見を知ることができた。
髪は長く、燃えるような紅。その髪を両サイドで縛り、喋った時に八重歯が見え隠れする無邪気な顔立ち。
年はおそらく一〇代前半。身長は自分の頭一つ以上低い。
肌にフィットした黒いエナメル製のスーツで全身を包んでいる。胸のあたりや腰、また肩や膝などの関節部分には金属の防具ような物が装着されていた。
「……お前、まさか」
服装には心当たりはなかったが、虎太郎にはその少女の容姿に見覚えがあった。虎太郎は震える声で続ける。
「俺が、デザイン……した……」
「だからさっきから言ってるじゃんっ。そーだよ、あたしだよ」
少女はくるりと右に一回転し虎太郎に姿全体を見せる。
さらに少女は「見て」と言いながら後ろを向きうなじの辺りを指差した。なんの変哲もない普通の肌だったが、ある箇所が人間とは大きく異なっていた。
うなじのすぐ下。そこにボウリングのボールにあるような、三点の穴が空いていた。それぞれの直径は五ミリほどだった。
虎太郎と蒼穹は目を見開いた。
この丸い穴は、アンドロイドを充電するためのアダプター挿入部分であり、当然人間にそんな物はない。これはこの少女がアンドロイドであることを決定づけるものであった。
「あたしは第四世代アンドロイド――AnN‐A103 〝ダリア〟。よろしくね」
「――っ、第四?」
「そう、第四世代。ふぉーす・じぇねれーしょーん!」
何故虎太郎は驚いたのか。実は現在普及しているアンドロイドは、一〇年前に発売された第三世代アンドロイドと呼ばれるものだからだ。
一世代目は二五年前に〝イモーテル〟という会社が発売したのだが、まだ完全に人型ではなく、機械と言ったほうがいいような外見をしたアンドロイドだった。
そして一世代目が発売して七年後――二代目からは外見を完全に人型に変更。人間に似せて造られたが、まだ歩きが少しぎこちなく、AIシステムが不完全だったため決まった答えしかできず発声が機械的だった。また遠くからでもアンドロイドだとわかるような質感をしていた。
そして一〇年前、アースヴィレッジが登場。現在の第三世代アンドロイド〝AZ〟を造り上げた。外見は人間そのもの、肌の質感も人間に限りなく近づけられているため、相当近づかないとアンドロイドだとわからない。またAI技術の発達により、ある程度応用が利くコミュニケーションをとることも可能となった。一〇年の間、細かいマイナーチェンジやOSのアップデートはあったが、次の世代に移り変わることはなかった。
そして今このダリアという少女は自分で第四世代アンドロイドだと言った。それも虎太郎自らデザインした外見を持っている。
「ありえない。こんな……まるで」
「まるで人間じゃないか……………………って言いたいのかな?」
ダリアが続けたこの言葉に虎太郎は顔を強ばらせる。
「あたしこの顔結構気に入ったよ。ありがとね」
ニコっと微笑むダリア。
「それで……俺になんのようだ」
「そうだ、忘れてた。最近君のところに〝AZ〟送られてきたよね。あそこに置いてあるのそうでしょ? あたしあれの回収と、そのOSを探さなきゃいけないんだよね。なんか本体にまだインストールされてないらしいんだよ」
ダリアはリビングを指差しながら言った。今いる位置からは目視できないが、テレビ脇に置いてあるあの箱のことを示しているのだろう。しかしOSとはなんのことだ。
「そこに置いてあるものは持っていってもらっても一向に構わない。でも待て、OSは知らないぞ」
やはり考えてもわからなかった。普通アンドロイドはOSをプリインストールされた状態で販売される。購入者がインストールすることは基本ないので、あるとしても再インストール用に箱の中にでも入っているのではないだろうか。
「あっれー、おかしいな。嘘ついてるようには見えないし……そうすると誰のところに行っちゃったんだろう。A106のOS」
ダリアのこの言葉を聞いた途端、虎太郎の額から汗が吹き出した。
〝A106〟
その単語は見たばかりだった。
昨日(日付が変わったので正確には一昨日)雫から送られてきた謎のデータ。一〇〇TBに及ぶそのデータは虎太郎には理解できるものではなかった。間違いメールだと思っていたそれがOSだったとは。
「表情。変わったね。なにか思い出した?」
薄笑いで見つめてくるダリアに、虎太郎は続ける言葉をすぐに出せなかった。別にあのデータを渡したところで自分にはなんの損もない。それに渡すだけでこの少女が帰ってくれるならすぐにでも白状したいところだ。
だが。
「知らない」
虎太郎は即答した。この短時間にこう考えたのだ。
送られてきた〝AZ〟そしてOS。これらを使って雫は自分になにかをさせたいのだと。その理由まではわからない。だが雫の失踪、アースヴィレッジの火災。この連続したトラブルの裏できっとなにか大変なことが起こっているはずだ。
そしてあのメールの件名「誰にも奪われてはいけない」とはなんなのか。知らなくてはいけない。
「理解できないか? 俺は知らないと言ったんだ。他を当たってくれ」
「ふーん。そう」
ダリアは無表情でそう言うと、スっと左手の指五本すべてを右腕の上に向け、静止した。
すると左のそれぞれの指から青白く光る細い光線のようなものが出てくる。見ていると「ジジジ」と音を立てながら、光線を当てられている右腕に物質が形成され始めた。
右腕の指先から肘まで、先ほどまではなかった籠手のような物が現れる。その間わずか二秒。
なにをする気だと虎太郎は身構える。いかにも攻撃的なデザインで、指先も鋭い爪の武器になっていた。
「あまりあたしを舐めないで。こっちは君の心拍数と体温は丸見えなの。いくらあたしの生みの親の一人だからって、君に危害を加えないとでも思った?」
「人に危害を加える? そんなことアンドロイドにできるはずが――」
蒼穹が小さな悲鳴を上げた。なんとダリアはその籠手の指先で虎太郎の頬を切ったのだ。
傷は浅く一筋の血が流れる程度。しかし虎太郎は頬に触れ血を見た途端、大げさすぎるほど震え、両手で頭を強く押さえ、目を見開き、その場で崩れ落ちた。
「ああ……あああっ!」
「兄さん、しっかりして!」
蒼穹は虎太郎の肩を揺さぶる。しかし聞こえていないのか虎太郎は震えたままだ。
「あ、あれー。なに? なんなの?」
ダリアも予想外だったのだろう。虎太郎の反応に戸惑っている。
「まあ今のうちに――。ッ!」
ダリアは虎太郎のPCに狙いをつけ、この隙に近づこうとした。しかし突然リビングの方向からヘリのバタバタという耳障りな大音量が耳を突き刺した。そして廊下一面が目を閉じずにはいられない明るいライトで照らされる。
『こちらはNMT。侵入者は大人しくこちらへ出てきなさい』
ダリアはリビングに移動した。蒼穹もダリアと距離を取りながらそれに続く。
「NMT――正式名称「Nongovernment Mobile Team(民間機動部隊)」。凶悪犯罪が著しく増加したため、それらに対応するために民間から募った部隊。即座に駆けつけることができるよう小型ヘリコプターを使用することが特徴であり、現在では独断での武器の使用も認められている。さらに――」
知らない単語だったのか、ダリアは辞書を読み上げるように声に出してNMTについて述べたあと、ため息をついてベランダへ出て行った。
「いつの間にこんなの呼んだの? まったく、今日は目立つなって言われてるから落とさないけど、今度こんなことしてみな? 人がたくさん死ぬことになるよ」
蒼穹には「落とす」の意味がわからなかったが、人が死ぬという意味は当然理解できた。NMTを呼んだのは自分ではないが、恐怖から頷くことしかできなかった。
「なーんてね♪ また来るよ」
微笑みながらそう言うと、ダリアは三〇階のベランダから躊躇なく飛び降りた。蒼穹は腰が抜け、ダリアがどうなったか確認する余裕などなかった。ただヘリの音が遠くなっていったことから、ヘリはダリアを追いかけて行ったのだろうと推測した。
すると続いてドンドンと玄関のドアを叩く音がした。
「NMTです。大丈夫ですか! 応答がなければ五秒後にドアを破壊します」
蒼穹は動けなかったが、今まで姿が見えなかった碧が大きく返事をした。
どうやら助けが来たらしい。蒼穹からは安堵の息が漏れる。
クローゼットに隠れていたらしい碧は蒼穹にドヤ顔し、自分の胸に親指を当てた。どうやら碧がNMTに助けの連絡を入れたということだろう。
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