第7話 姉の特技

 NMT、そして後から駆けつけた警察官からの事情聴取は早朝六時まで及んだ。現在午前七時半。

 ベランダのガラスも取り替えてもらい、現在は夜中の出来事が嘘のように部屋は元通りになっている。


 虎太郎はというと、明け方ようやく落ち着きNMTと警察からの簡単な質問に答えていたが、まだ本調子というわけではないようだ。よって今日は虎太郎、そして蒼穹も学校は休むことにした。


 NMTには〝AZ〟に襲われかけたなど誰も言えなかった。例え言ったとしても、誰も信じてくれないだろう。〝世間的には〟アンドロイドは今まで一度も人間に危害を加えたことはないからだ。


「ごめん。あの時取り乱して」


 三人はリビングで話をしていた。虎太郎と碧はソファーに、蒼穹はその正面のテーブル前に座っていた。

 蒼穹が用意したジュースには誰も手を出さず、深刻なムードになっている。


「兄さんはなにも悪くない。悪いのは……あのアンドロイドだよ」


 蒼穹は唇を噛みしめながらそう言った。そしてすぐ後方に置いてある大きな箱を見上げ、


「これも、第四世代……なのかな」


「多分そうだ。その中身があいつ――ダリアが言っていたA106だ」


「A106……」


 虎太郎の答えに、黙っていた碧はそう呟いた。そして少しの間を取った後、

「こたろー。起動させよう」


「姉さんッ!」


 突然の碧の言葉に蒼穹はテーブルを両手で叩き、身を乗り出した。


「兄さんはさっきやっと落ち着いたところなんだよ! なんでそういうこと言うの!」


「またあの〝AZ〟は戻ってくる。人を傷つけられるプログラムを組んだ〝AZ〟が……! もしかしたら今日来るかもしれない。その時に対抗する手段が必要なんだよ」


 碧は蒼穹の怒鳴る顔から目をそらさずに答えた。蒼穹はそれでも反論する。


「だからってなんで対抗しなきゃいけないの? 渡しちゃえばいいじゃない。OSっていうのもあるんでしょ、うちに。それを渡すだけで今まで通り生活できるなら従おうよ!」


「渡しちゃ……だめだ」


 蒼穹は目を見開いた。否定したのは碧ではなく、かばっているはずの兄だったからだ。

 虎太郎は蒼穹の横に座り直し、微笑みながら蒼穹の頭を撫で言葉を続けた。


「ありがとう。ごめんな蒼穹。でもな、俺はあの時考えたんだ。きっとこの〝AZ〟はなにかの目的があって送られてきたんだって。あいつに渡せばなにかが起こる。あいつの所有者がなにかを企んでるってな。きっと雫さんが俺に託したんだよ。この〝AZ〟を」


「兄さん……」


 前のめりになっていた姿勢を元に戻し、蒼穹は下を向いた。

 虎太郎は横を向き、〝AZ〟の箱を見据える。


「姉ちゃん。起動、させよう」


         




「すげ、なにやってんの……姉ちゃん」


「確認だよ♪」


「確認って……え、プログラムいじれんの? マジか」


 虎太郎の部屋でPCのキーボードを物凄い速さで叩く碧。虎太郎は今まで碧はクソがつくほどの機械音痴だと思っていた。ネクケーさえまともに扱えない姿を何度も見ていたからだ。それが今どうだろう、かなりPCに慣れているはずの虎太郎を遥かに凌駕する姉がここにいる。


「終わった。特にウイルスも入ってないし。〝AZ〟のOSで間違いないでよ」


「間違いないって……アンドロイド工学なんかどこで覚えたんだよ」


 碧はうっすらと微笑むと、「今度話すかも」と答えた。


「こたろー。箱から本体と、あと付属品出しといてくれないかなー」


「……わかった」


 虎太郎はリビングへ向かう。そこには蒼穹の姿はなかった。先程の件が終わってから自室にこもったままらしい。

 蒼穹とはまたしっかり話さないといけないな。そう思いながら、虎太郎は先日一度開封した〝AZ〟の箱をゆっくりと横に寝かせた。


 大きく深呼吸。そして開封作業に取り掛かる。


 蓋を開けるとすぐにA106と呼ばれる〝AZ〟が眠っているのが見えた。

 白い肌。透き通るような腰まで伸びた銀髪。その髪は毛先あたりにウェーブがかかっていてどこか気品がある。整った鼻や唇は、アンドロイド恐怖症の虎太郎が思わず見入ってしまうほどだった。

 そして虎太郎は気付いた。このA106が着ている服は、ダリアが着ていたものと同一だということを。


 そしてもうひとつ気づいた。あの時感じた違和感のことだ。

 それは蒼穹が間違ってこれを開封した時のこと。

 虎太郎はアンドロイド恐怖症である。アンドロイドを見ると拒否反応が起こり、吐き気を催す。しかしあの時虎太郎は確実にこの顔を見たのに拒否反応が起こらなかった。


 思い返せばダリアが現れた時も同様にそうだった。あれだけ近づいたのに何故か大丈夫だった。


「ほんと、人間みたいだ」


 肌の質感は人間そのもの。細かいシワや、血管がうっすらと見えるほど細部まで人間を模している。拒否反応が起きないのもこれが理由なのだろうか。


 どうやら〝AZ〟の入っている入れ物はそのまま充電用のベッドとして使えるらしい。頭部の辺りには充電用のアダプタなどの付属品がごっそりと詰め込まれている。説明書の類は一切入っていない。


「こたろー、気分はどう?」


「何故か吐き気とかはない。大丈夫そうだよ」


「そう、ならよかったよ」


 碧は嬉しそうに頷くと、A106を見て腕を組んだ。


「そういえば、これはこたろーのデザイン?」


「ん、まあな」


「妙にセクシーだねぇ。これがこたろーの理想かや?」


「なっ、なに言ってんだ馬鹿。仕事で作ったもんだ。理想もなにもねーよ」


「でも、綺麗」


 碧はクスクスと笑うと、仰向けになっている状態のA106を半分起き上がらせ、髪をかきあげてうなじを見せた。


「こたろー。それをコンセントに挿して、そんでこっちをここに」


 言われた通りに虎太郎は作業した。ただ首の後ろにプラグを挿す行為は気持ち悪かったらしく、その後虎太郎はしばらく顔を歪ませていた。


「第四世代はわからないけど、現行モデルなら初回の充電は五時間くらいだね。そうしたら一度起動してみるでよ。ほんとにOSがまだ入っていないのか確認しないとだから」


「わかった。それまでなにかすることは?」


「とりあえずご飯♪」

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