第3話 添付ファイル
美島家は五人家族だが、通常夜は三人で過ごす。父親は海外に単身赴任中。そして母親はわりと有名な会社の社長であるため朝出かけるのが早く、帰りも遅い。
したがって、長女・碧(24)長男・虎太郎(17)次女・
といっても長女がなにか家事をしている姿を虎太郎は見たことがなかった。基本的に家事は弟と妹任せの姉なのである。
「できたぞー」
「ういー」
一八時半、意外と早く夕食が完成した。碧はソファーから返事をすると、フローリングを這ってテーブルに向かう。
「やめろよその移動。食卓に埃を連れてくんな。そういや蒼穹は? 帰ってないよな」
「そららんは今日はお友達の家にお泊り。こたろー聞いてないの?」
「あー、やべ。そうだった。普通に三人分作っちまったよ。母さんは出張だし、余ったのは明日の朝にでも食べるか」
そう言って二人は食事につく。今日のメニューは時間があまりなかったため、簡単にできる油揚げやかまぼこなどがトッピングされた温かいうどんだ。碧は男勝りな食べっぷりで、大盛りのうどんをものの一分で完食した。
「うぷ。最近寒いからこれはいいねー。シンプルいずざベストだよこたろー。こういうのを待ってたんだよー」
「そ、そうか。簡単で悪いな」
碧は満足そうにお腹を押さえながら椅子の背もたれに仰け反った。
「そういえば雫さんに連絡しないとな。すぐに回収してもらわないと」
虎太郎は視界に入った大きな箱を見ると、ネクケーを取り出し雫にコールする。
「出ないな。仕事中かも」
一〇秒待ったが電話には出なかった。虎太郎は電話のあと、空いた時間に連絡が欲しいという旨のメールを雫に送っておいた。
「しずくんも忙しいからねー。せかしちゃだめだよー」
「まあそうだな。例の故障がなくなったって言っても大企業の社員だし、忙しいのかもな。あ、姉ちゃんなんか飲む?」
「甘いこおふぃいい。冷たいのー」
「了解」
虎太郎は席を立ち冷蔵庫に向かう。碧の好きなパックのコーヒー牛乳を、牛乳と半々の割合で混ぜるとテーブルに運んだ。この配分がお気に入りらしい。
「いい主婦ですなーこたろー」
「まあな」
「さあー風呂入って寝るでよー」
碧は通常一九時から二〇時までには寝て、夜中の三時頃起きる生活サイクルをしている。どうやら肌にとってゴールデンタイムな睡眠を心がけているらしいのだが、引きこもりの碧にはどうでもいいことではないかと虎太郎は内心思っている。外に出たい願望があるのだろうか。それについては聞いたことはなかった。
――翌朝。
虎太郎は奴に叩き起こされた。
「虎太郎! てめぇなにまだ寝てんだよコラあッ! 朝飯作れやこのボケがッ!」
「――ッ」
虎太郎は声に驚いて身体をビクンとさせると、枕元の目覚まし時計を高速で掴む。
「九時! って土曜か……」
「土曜か、じゃねーよ! てめぇは遅くても七時に起きてメシを作る! それが仕事だッ」
そう言って丸めた雑誌で頭を叩かれると、ようやく声の主の顔がはっきり見えた。
「ご、ごめんっ。姉ちゃん。すぐに作るから!」
そう言ってベッドから飛び起きドアを開けると、昨日作りすぎたうどんがあったことを思い出した。
「って姉ちゃん。昨日のうどんがあるじゃん!」
「あいつが食った!」
虎太郎はすぐにリビングに向かうと、虎太郎の年子の妹〝蒼穹〟が、テーブルで震えながらうどんの器(残りは汁のみ)を持っているのを発見した。
蒼穹は姉の童顔とは正反対で、目鼻立ちが大変整っており、かなりの美人の部類に入る。本人は決して自分が綺麗であるとか可愛いなどとは思っていないのだが、高校に入学してから半年――告白された数は軽く五〇を超えている。
「ガクガクブルブル」
「あー、お帰り。意外と早かったな。このうどんに手をつけちまったとは、ご愁傷様」
「だだだって兄さんが作ったものだし」
「んなもん言えばすぐ作ってやるよ。学べよな、食べ物関係は姉ちゃんに確認取るって」
震えでうどんの汁がこぼれそうになっているため、虎太郎は蒼穹の指をゆっくり一本一本器から離していく作業にとりかかる。
「こたろおおおおおおお! はよせいやあああ!」
「うおっ。俺もやべえ」
三本ほど器から指を引き離したところで、蒼穹にあとは自分でなんとかしろと言い残した虎太郎は、台所にて朝食を作り始めた。
「うむ。美味であったぞこたろーよ」
「満足そうでなによりです姉上」
朝食(餌)を与えたところで碧はおとなしくなった。虎太郎はホッと胸を撫で下ろすと、ソファーでメールチェックを始めた。
「雫さんから返事、来てないな」
「ふむ~?」
テーブルに突っ伏しながら首を傾げる碧。
「珍しいなこんなの。あの会社って確か土・日休みだし、なにか予定でもあったのかな」
虎太郎は再び雫に電話を入れてみた。
「――出ない。今度は電源が入ってないかもって」
電波が届かないか電源が入っていないという音声案内が流れた。
たまにはこういうこともあるんだろうと考え、虎太郎は「生きてるかー」という文面のメールを送っておいた。
すると送った直後にメールが届いた。すぐに開く。
送信者:藤田雫
宛先:美島虎太郎
誰にも奪われてはいけない
『添付ファイル《A106》』
「ん? 添付ファイル……。それになんだこれ、誰にも奪われてはいけない?」
虎太郎は首を傾げながら、とりあえずファイルを開こうとする。しかし心臓に悪いエラー音と共に、次のような表示が出た。
《エラー:容量が大きすぎます》
「んだこれ。ネクケーじゃ開けないってことか」
「こたろー?」
「ああ、雫さんからメール来た。ちゃんと引き取りに来るよう言っとくわ」
虎太郎はソファーから立ち上がり、自分の部屋に向かった。そしてPCの電源を入れる。ネクケーで開けないような容量のデータとは一体なんなのだろうか。
PCの完全起動まで三秒ほど。
起動が完了するとすぐにPC上のメールソフトを立ち上げ、ファイルを確認する。
「んん? 圧縮されてんのか……?」
解凍ソフトで添付ファイルを展開させようとするが、一〇分経っても解凍の進行具合は一%から動かない。まさかこんなに重いデータだとは思ってもみなかったため、解凍作業前にファイルサイズまで確認しなかったのだが、一体何ギガのデータを送ってきたんだよと思わず舌打ちしてしまう。
「圧縮されてんのにこれかよ……。この調子じゃいつ終わるかわかんないな」
これでは暇つぶしのネットも使えない。ため息をつきながら部屋を出る。
ぶつぶつ言いながらテレビでも見ようとリビングへのドアを開けた直後、虎太郎は二秒硬直、そして叫んだ。
「あああああああああああああああああああああああっ」
「へっ」
なんとテレビ横に置いてあるアースヴィレッジからの贈り物を蒼穹が開封していたのだ。
「蒼穹ぁ。それはダメだ。ダメなんだ」
「えっ? ダメなの? 開けちゃったんだけど。てゆーかこれ……」
虎太郎は慌てながらそれに近づくと、見事に観音開きに開封された大型のダンボールの中身を見た。そしてすぐに蓋を閉じた。
「間違って来たんだ。発送ミスだよ。送り返さなきゃいけないから、これ以上開けずにそのままにしておいてくれ蒼穹」
「ん、ごめんわかった。……だよね。兄さんがこれを買うはずないもんね」
「ああ」
虎太郎と蒼穹は再び閉ざされた箱を見据えた。
〝AZ〟
やはり送られてきたものの正体はそれだった。
――でも何故これがここに?
実は虎太郎にはその中身の顔に見覚えがあった。それは三ヵ月前虎太郎が手がけた〝AZ〟の最後の作品――六体目だった。
最初は五体の依頼で、それぞれ指定されたイメージでデザインしたのだが、ある日追加で六体目を依頼され、それについては自分の好きにデザインさせてもらっていた。
「……あれ……?」
「どうしたの兄さん」
「いや、なんでもない」
僅かな時間しか中身は見ていないが、虎太郎はなにか違和感を感じた。
しかし再びその姿を見ようとは思わなかった。
結局この日虎太郎が起きている間に、雫からのデータの解凍が終わることはなかった。
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