脱出

「さ、サイハ! サイハ!!!」


 あれから10分が経過し、サイハは気を失ったのか、はたまた死んでしまったのか分からないが気絶している。


 そんな状況でシュウは困惑していた。

 

 まさか、こんなにも自分の友人が簡単にやられるなんて、想像もしてなかった。

 映画とか、ゲームの知識が正しければ、サイハはどうなってしまうのだろう。


(もしサイハがこのまま奴らみたいになってしまうのなら、俺が……)


 下唇を噛みながら、優勝旗を掲げる。

 矛先を、親友に向けて。


「ごめん。サイハ……!!」


「う……」

「え……え!?」


 振り下ろす腕を止めた。

 サイハが目を開けて、ゆっくりとこちらを向いた。

 

(……うん、いつもと同じ、深い黒色の瞳だ。

 大丈夫とは思うけど、一応意識を確認してみよう。

 もし変なうめき声とか出したら、ちょっと一発殴って

 痛覚の確認もしなきゃね)


 その確認はやり過ぎだとは思うが……。


 サイハは首から血が流れていた。

 だが、先程の男子生徒みたく襲ってこない。


「大丈夫……? さ、サイハ、意識は?」

「……」


 どんどんサイハの眉間に、皺が集まって来てる。

 これは奴等になる一歩手前の傾向なのかな?

 一応、シュウはファイティングポーズを取る。


 そんな様子を見たからか、サイハはついに怒る。


「……あ"ぁ? 『さ、サイハ、意識は?』じゃねェよ!! 

 俺を勝手に奴らと一緒にすな! 

 お前が無理すっから、死にかけたじゃねーか! このバカ」


「いて!? ちょ! いて、痛い痛い痛い!! 

 サイハ、ご、ごめんてば!」


 サイハから脳天にチョップされた。

 しかも、連続でつむじ部分をされた。痛い。ジンジンする。

 禿げそうだ。

 まあ、無理をしたのが悪かったのだ、サイハには本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。


 そして、サイハは着ていた学校のブレザーと、カッターシャツを脱ぐ。

 腹の部分の布地を破き、簡易的な包帯として顔を歪ませながら首にそっと巻き付ける。

 正直痛そうだ。

 いや、絶対痛い。


「なんとか出血多量で死ぬことは避けれたな。それと、いろいろわかったことがある」


 サイハは噛まれても奴らにはならなかった。

 とういうことは、接触してからの感染はないということがわかる。

 そして空気感染の影響もない。


 ということはだ。


「1度死んでから……奴らになるのか?」

「あぁ、そう考えんのが妥当だろうな。」


 人として死を迎える。


 これが奴らになる最大の条件なのだろう。

 一つの事がわかっただけだが、とても重要な事が解明した。

 サイハが身を張った甲斐は充分にある。


「俺も噛まれた時には終わったって思ったが、

 まだまだこっちに利がありそうだ。これであいつらの攻撃を受けても、別に問題がないことがわかったんだからな。

 だが、受けすぎるのも禁物だ。まだ謎が多すぎる」

「そうだね。でもこれで少しこの槍の振り幅を大きくできる。思い切って倒せるぞ!」


 優勝旗を眺めながらシュウは張り切った様子で呟く。

 そうだ。相手からの攻撃を受けてはならないという囚われから抜け出せたのだ。

 少し大振りな攻撃も多用しやすくなるだろう。


「どうする。1階に降りるか?」

「まぁ、脱出の手掛かりはそこだかんな。降りるしかねぇだろうよ」

「そうだよね……」


 サイハはブレザーを再び羽織る。

 そして2人は倒れた男子生徒の横を通り過ぎ、トイレの横の階段。

 脱出ポイントに近い1階渡り廊下と生徒達が靴を履き替える昇降口に、最も近い階段を降りていく。


「そう言えばあいつどうなったのかな。京都に旅行に行くとかいってたけど」

「あぁ、この騒ぎが学校だけのもんじゃねぇとすりゃ、あいつも動き出してんだろうな、何かと」


 2人はある友人を思い出す。その友人を含め3人は、学校ではいつも一緒だった。

 そのかけがえの無い、もう1人の親友の事がふと頭を過ぎる。


「なんとか逃げ切れてたらいいな……」

「おいシュウ! 止まれ……!」


 サイハは何かに気付き、静かな声で静止するように言った。

 急ぎ立ち止まる。

 サイハは下を指差し無言で『しゃがめ』と訴える。

 ジェスチャー通りにしゃがんだ。

 するとサイハは1階を指差し『見てみろ』とジェスチャーをする。

 手摺から顔を出し、1階を眺める。


「……!!」

 

 階段から見える。

 無数の奴らの群れが。


「あれ……全部……奴らなのか?」

「あぁ……そうとしか考えようがねぇよ」


(3階と2階に何で奴等があまりいなかったのか、

 これで説明がつくね……生存者達は1階に避難したけど、3階の時と同様、人で埋め尽くされて身動きが取れないまま、皆……)


 そう、シュウの考えている事は正しかった。

 まず、3階で混雑していた生徒達を外山が襲い、それから襲われた生徒達が今度は2階の生徒達を襲う。

 その繰り返しで、1階の今に至る。

 

 鶴咲高校は私立の高校というのもあり、他の高校より少し豪華使用となっている。

 1階には学生御用達の食堂が存在する。

 そして2階から1階へ続く階段の途中からは、1階の食堂全てを一望できるようになっているのだ。


 2人はしゃがみこみ、階段の手摺からちょこんと顔を出して、再び様子を窺う。

 そこには無惨に殺された生徒。

 そして、時間がたち、人じゃなくなってしまった生徒達が場を埋め尽くしていた。

 辺りを歩き回っている。


「どうする。このまま行くか?」

「冗談じゃねぇ。お前はともかく、俺はあん中じゃ逃げ切れる自信はねぇぞ」

「そうか……じゃあひとまず、もう一度2階に戻ろう。作戦を組み直すんだ」

「そうだな。とりあえずそうするか」


 2人は立ち上がる。

 立ち上がる時に砕けた廊下のタイルと上履きの靴底の摩擦でジャリッと音がなった。

 2人は顔を見合せ、生唾を飲み込む。


 だが、何も反応はない。

 一つ気になる事と言えば、先程まで1階から聞こえる歩いていた音が、ピシャリと聞こえなくなっていた事だ。

 

 2人は静かにもう一度1階を確認する。


 彼等は一斉にこちらを見ていた。

 そう、奇しくも奴らの引き金を引いてしまったのだ。


「あぁ? ア"ア"ぁああああああ!!」


 そして勢いよくこちらへ向かってくる。


「クッソ!! 奴ら耳もいいのかよ!!」


 2人は階段をかけ上がる。


「逃げてるばっかじゃないか俺達!!」


 シュウは元から逃げるのは嫌いなタイプだ。

 この騒ぎ。よくここまで逃げてきたとサイハは心底思う。

 多分いつものシュウなら、屋上で奴らに向かっていって死んでいただろう。

 今回はサイハが、大事な所で倒れたり吐いたりした結果。

 攻めるより、守ることに専念せざるを得なかったからだ。

 今は逃げるという選択肢だけが頼りだ、だから、シュウにはもう少しだけこの状況に耐えてほしい。


 2階に辿り着く。


「な……なんで……」


 2人は絶望した。


 先程まで2階には男子生徒しか居なかったはずなのだが、今の行って帰ってくる時間で4体ほど、この2階に出現している。

 屋上からノロノロやってきたのか、1階からやって来たのか。 そこまでは分からない。


 だがこの状況は紛れもなく、絶対絶命そのものだ。


「サイハ!!」

「き、教室だ、教室に立てこもるぞ!」

「でもそれじゃあ……」


 しかしサイハは走り出す。


 この作戦。

 シュウは失敗に終わることがわかった。

 考えれば誰でもわかることだ。

 教室で篭城をするということは出入口は塞がれる。

 結果2人とも脱出できない。


 サイハらしくもない考えだ。


 サイハが動き出したことによりシュウも動かざるをえない。幸い奴らは後ろの階段からと一番奥の階段付近にいる。

 サイハは一番近い教室へ入る。

 シュウも駆け込み、2人入ったところで2つの扉の鍵を閉めた。


「よし。これで……」

「サイハ」

「ん?」

「この考えは。全てを見越しての考えか?」


 サイハ、君の作戦違いだ。俺たちは終わるんだよ。この教室で。


「バカいってんじゃねぇ。全て計算済みだ」


 サイハは自信に満ちた表情でどや顔をし、教室の窓を指さす。


「え……?」


 下には自転車置き場がある。ちょうど2人が自転車を置いている場所の近くだ。


「ま、まさかとは思うが……」

「そうだよ。そのまさかだよ。下を見てみろ」


 シュウは窓を開け下を覗き込む。

 そこにはこの学校の校長が毎日欠かさず水を与えている、花壇があった。


「校長が花壇に水を与えんのは、早朝と夕方の2回。

 早朝の水やりは済ませてあると考えると今の花壇の土の状態は最高のライフマットになる訳だ」


「と、飛び降りるのか!?」

「それしかねェだろう」

「10mはあるんだぞ!?」


(それでも、ここで成功させなきゃなんねぇんだ……。

 俺が考えてた4つの策のうち、3つの策は屋上の状況と1階の状況で全て使えなくなっている。

 残り1つの策の前提条件が花壇だった。

 この教室に入るまでわからなかったが、靴を履き替える時に見たあの土の湿り具合は、

 校長は相も変わらず早朝6時半にきっちり水を与えてやがる。

 まったく生徒達の鏡だぜ。あのハゲ校長)


「後はあの花壇に向け飛び降り……」


『バアァン!!』


 突如、教室の扉が吹き飛ばされた。

 そこにいたのは全ての元凶。


 トヤマだ。


「な!?」

「サイハ!! 飛べぇえええええ!!」


 サイハは窓の端に足をかけ飛び降りる。体を大きく広げ、下に垂直に落下した。

 花壇は水が滴っており、少しの衝撃だけで何とか免れたようだ。


「よし後は……シュウ、いいぞ、降りてこい!!」



 ーーシュウはトヤマを睨む。



「逃げて逃げて逃げ続けてきたけど、やっと向かい合うことができたね。トヤマ」


「ォ、オオオオォ……」

「ここで……終わらせるッ!!」


 シュウはトヤマに向かい駆ける。


 相手の動きが遅いのが幸をそうした。

 トヤマの攻撃を待たずに、最善の注意を払いながら、瞬時に右に回る。

 そして右足で踏み止まり、その反動で跳躍する。

 左足を突き出し、その勢いで心臓をめがけて飛び蹴りを繰り出す。


『ガッ!』


 若干よろめいたがあまり効果が無い。


「まだだッ!!」


 空中で回転し、優勝旗を横に勢いよく振るう。

 回転の遠心力が働いて、威力が格段に上がった優勝旗はトヤマの首の中央に容赦なく食い込み、何の抵抗もなく、引き裂く。


『ブシャアァアア!!』


 教室内に大量の血液が撒き散らされる。トヤマは立ったまま動かない。


「やったか……?」


 この言葉を言ってしまえば物語的にもここで殺すわけにはいかない。

 目だけが蠢き、こちらを睨みつける。


「……!?」


「ガアアアアァァアッ!!」


 怒っているのか、地上に降り立ったシュウに容赦なく肥大化した右腕が振り下ろされる。

 持っていた優勝旗を咄嗟に前に両手で構え。

 防御体勢をとる。


『ズシッ!!』


「ぅおッ!?」


 腕、腰に、全ての力が加わり、体がミシミシと悲鳴をあげている。

 トヤマは腕を振り抜き、5メートル後方まで退けられるも、何とか耐えきった。


 優勝旗は折れていない、なかなか高級な優勝旗と見た。


「ォォォ……ォア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"アアアアアッーー!!」

「な……なに!?」


 驚いた。

 外山は人並みのスピードでダッシュし、左腕を振り抜く。

 走ることも出来るなんて。


『ブオンッ!』


 恐ろしいスピードで振り抜かれたそれをシュウは避けきれないと悟った。


(だめだ……当たる!)


『バリンッ!!』


 突如、窓が割れ、トヤマの額にナイフが突き刺さる。

 トヤマは微妙にたじろぎ、左腕は勢いを無くしたが完璧に横薙ぎに振られ、ぶち当たる。


『ゴッ!』


 シュウは勢いよく横に吹き飛ぶ。


「……ごはッ!!」


 壁に体を打ち付けられる。

 肺の中の空気全てが衝撃で放出される。かなり大ダメージだ。

 威力を殺してもあのダメージ。モロに食らっていたら確実に体が半分になっていただろう。


「……!? あのナイフ……」


 トヤマの額に突き刺さったナイフ。あのナイフは……。


「ふ……流石にやりすぎたかな」


 吹き飛ばされたのは、ちょうど飛び降りる窓の下の壁。

 絶好の位置だ。

 頭を掻きむしりながら枠の所に立つ。


「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"アアアアアアァ!!!」


トヤマは発狂しこちらへタックルしようと走って向かってくる。距離がどんどん縮まるが、まだ動かない。


(まだだ。まだ引きつけろ……今だッ!!)


 後ろにゆっくりと重力に従い、地面に背を向けながら、落ちていく。

 トヤマは勢いを乗せたまま窓に突撃し、窓の枠をぶち壊す。

 トヤマの上半身が外から露わになった。


「届けぇええええええええええええッ!!」


 その場で回転し、その勢いで優勝旗をトヤマに向かって投げ飛ばす。


『ビュオン!』


 風切り音と共に放たれた優勝旗は見事にトヤマの頭を貫通し、再度鮮血を撒き散らした。トヤマは頭から崩れ落ちる。


(当たった!)


 ボスッという音が自転車置き場に響く。

 満足した表情で落ちてきたシュウに対しサイハは頭に怒マークを携えて顔を覗き込む。


「ォオオイ、峰山くぅーん? その傷は何だろなー、明らかに傷増えてるし口から血ィ出てるし、一体あの教室で何があったんだろうなァ。

 教えてくれよクソ山くぅーん!?」


「ご、ごめんごめんご☆」


 笑顔で謝罪をする。

 だって、暴れたかったんだもん、てへぺろ。


「お前死にてェのかあ"ぁ!? 

 折角手に入れた武器を投げ飛ばしやがって、あれほど使える武器はねぇんだぞ!?」


「サイハだって、何であの時ナイフ投げてきたんだよ!! 

 俺を哀れんだのか!? ふざけるな! 

 そっちだってみすみす武器なくしてんじゃないか、ヘタレ!!」

「……よォし。わかった。お前のチャリの空気抜いてきてやる」

「そ、そんなことしてる場合じゃないだろ!? 逃げるんだろ!?」


「お前は走っていきゃいい」

「わかった。サイハの自転車は責任を持って俺が壊そう」


 サイハの自転車を睨みながら近付く。それを必死にサイハが止める。


「オイ!! そんなことしてる場合じゃねぇだろ!! さっさと逃げるぞ!!」


 2人はブレザーを脱ぎ捨てる。

 たぶんこれから、寒さに屈する時は一時こないだろう。


 サイハ。体こそ細いが頭脳は類稀ない逸材だ。

 黒い髪が被さり、その奥から覗く瞳からは、以前のような誰にでも噛み付きそうな鋭い目つきから、世界に悲しみを訴えるかのように。

 鋭く、且つ弱った目に変わっている。


 シュウ。戦闘のセンスは誰よりも秀でているが頭は少しばかり足りない。

 少し薄い茶色の髪から見える瞳は、以前のような何にでも前向きに、明るく、希望あふれる瞳から、自分の中で何かを決意したような。

 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ前だけを見つめる瞳に変わっている。


「これからどうする?」

「とりあえず、外の様子を確認するぞ。情報が足りなさすぎる」


 2人は自転車をこぎ始める。


 1度回りだした自転車のチェーンホイールは彼らが進むことをやめない限り止まることは2度とない。

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