革命の狼煙

「こっからどうするよシュウ。帰ってゲームでもすっか?」

「馬鹿言うな。今もそんな感じじゃないか」


 サイハとシュウ。

 2人は鶴咲高校を無事に脱出し、家に帰るための帰路についている。

 今この道を帰路と呼ぶには、いささか相応しくないかも知れないが、

 今は帰路と呼ばせて頂くとする。


 2人は最善の注意を払い自転車をこぐ。

 正直今までで、注意しながら自転車をこいだことは2人には一度もない。

 せいぜい横断歩道か、歩行者とのすれ違いざまか。

 なんたって、今回は生死がかかっている。

 いつもの5倍以上は神経を尖らせているといっても過言ではないだろう。

 交差点を通り過ぎる度、交差する横の路地を見つめる。

 やはり、ちらほら奴らが途方に彷徨っていた。

 これで学校だけの騒ぎではないことがわかったのだ。何となく予想はしていたが。


 外も学校の中と状況があまり変わらない。


(なぁるほどねー)


 ひとまずは一段落ついた。

 整理しよう。

 

 脱出してまず2人が考えたことは両親の安否だ。

 シュウとサイハの仲の良さは、

 家族に伝染するほどの仲で、家族同士で一緒にどこかいったりする仲だ。

 シュウの父親はどこかの軍に所属しているため、そういう家族同士の集まりはほとんど不在だ。

 仕方がないと言えばそうなる。

 だが最近は何かとサイハの家族との交流があるようで、よく電話で話している父親の姿を、シュウは何度か見かけていた。

 そして幸いな事に今日は、

 サイハの家族とシュウの家族、本人達をそっちのけでちょっとした旅行に行く日だ。

 何があったのか珍しくシュウの父親も同伴している。

 一緒にいるとなれば現役軍人のシュウの父親に任せれば事もなし、という訳だ。


「バカ親父。

 軍人なのに何で最近サイハの家族と交友が頻繁なんだ。ああゆうの向いてないのに……」


 シュウは口を尖らせながら愚痴る。


「向いてねぇなんてことはねぇだろ。この前も話したんだぜ? 俺ん家にミカン持ってきてくれたんだよ。

 普通に母ちゃんや親父とも楽しそうに喋ってたけど。」


 シュウは若干の違和感を感じる。だが、両家族が一緒にいるとなると今は好都合だ。

 不安材料が1つ減った。

 安否を確認しに家に戻るのはリスクが高すぎる。何故なら守る対象が増えるからだ。

 狂った奴らが徘徊している今の現状から見て、自分達の身を守る事だけでも精一杯なのに、更に人数が増えたらどうなるか、想像は容易い。


 今は素直に喜ぶところだと思う。わざわざ危険を犯す手間が省けたのだから。

 自転車をこぎ続けながらサイハが話を切り出す。


「ひとまず家に帰る必要はなくなった。

 んでこっからの事なんだが、まずドラッグストアを目指そうと思う。

 あそこならもし怪我した時とか、消毒が必要な時とかの包帯、消毒液がおいてある。

 必要な食料も少しだがあるはずだ。

 スーパーに向かうよりかはメリットがデカい」


「わかったよ。そうしよう。」

「道はわかるか? この先の交差点を右に下りゃあすぐだ。」

「わかってる」


 サイハはこいでいる途中、道路脇にある民家にも目を向ける。荒らされた形跡がある民家も多々あるが、

 特に異常が見当たらない民家も少しだがある。


(どっかに避難してんのか……? だとするとどこに)


 ここら辺の地区避難場所になっているのは、鶴咲高校の体育館だ。だがあそこは既に手遅れ、

 避難場所といっても他に思い当たる節がない。

 交差点に差し掛かり、右へ曲がる。後は下り坂だ。

 一時したら着くだろう。


「調達した物をビニール袋に入れるのも何かと不用心だな。何か沢山入りそうな……」

「それなら俺に任せてもらってもいいか!?」


 シュウが闘いでもないのに乗り気だ。目を輝かせている。

 好きにさせよう。


 するとシュウはおもむろに自転車の籠から教科書などが入っているリュックを取り出す。

 リュックのチャックを開けてシュウは教科書類を全て道路の脇を通っている側溝にバサバサと捨てる。

 貴重な文明の記録が。


「お前は相当勉強嫌ってんな」

「よし殻だ、ははははは! やった!! 

 これで合法的に嫌なものを捨てられたぞ!!」


 ここ最近で最高に嬉しそうだ。

 そんなに嬉しかったのか、シュウは顔をニマニマと綻ばせている。


「……必死だな」


 2人は順調に下り坂を降りていく。突然シュウが前方に目を細める。


「ん……?」

「どうしたシュウ」

「人だ!!」

「何……?」


 2人は急ブレーキをかける。自転車はその場で止まり、サイハも目を細め前方を確認する。

 シュウの言ったとおり前方からこちらに近づいてくる人影がある。およそ10。

 だがそれ以前に驚くべき事は……。


「は、走って……やがる!」


 そう、走っている。人並みに、全速力で。


「シュウ、引き返すぞ!! 

 薬局は無理だ、別の場所を考える!!」

「わかった!」


(厄介すぎるぞ……外にまで走る奴が出てきちまったら、車の免許も持ってねぇ俺達はこの自転車だけが頼りだ)


 2人は自転車を上にこぎはじめる。シュウはぐんぐん上にこいでいく。

 だがサイハの方は既に体力の限界のようだ。


「先にいけ……はぁ、登りきった……ところで、はぁ……落ち合うぞ……」


 真冬だというのに、サイハは大量の汗を顔に滲(にじ)ませている。


「了解だ。無理だけはするんじゃないぞ」

「はぁ、はぁ……わかってる……よ!」


 そういうとシュウは、立ちこぎで更に自転車のスピードを上げる。

 サイハは後ろを見る。

 明らかに迫ってきているのが目に見えてわかった。      このままではいずれ追いつかれる。そして上に向き直る。そこにはシュウの姿はもうなかった。


「あいつ、スタミナ底無しかよ……はぁ……しゃあねぇ、チャリは……捨ててくか」


 息を切らしながら旧型モーター付き自転車を乗り捨てようとしたところ。


「まって、まってくれーー!!」

「ん? ……ん"!?」



ーー5分後。



「サイハの奴。遅いな」


 シュウは辺りを警戒しながらサイハの帰りを坂を登りきった所で言われた通りに待っていた。


「それにしても外山以外にも走るのいるんだな。これは戦い甲斐がありそうだ」


 手と拳を打ち合わせる。


「し、シュウーー!!」


 サイハの叫び声が坂の下から聞こえる。


「やっと来たか、遅いぞ……ってうわぁ!!」


 何と言う事でしょう。


 サイハは、坂の下から奴ら数10人を引き連れて笑顔でこちらへ向かってくる。

 自転車は諦めたのか、下に降りて手で押しながら全速力で走ってくる。

 その後ろを奴等も走ってついてくる。


「なッ何してるんだサイハ、一緒に引き連れてきて!!」

「ち、違う!! この人たちは!!」


 彼らの方をシュウは見る。顔色は悪くない、とても生き生きしている。


「そうです!! まだ生きてます、ほら! 言葉も喋れます!!」

「あたし達、今追いかけられてるの!」

「下からゾンビみたいなのが来てるんだよー! やっつけてよ兄ちゃん達ー!」

「み、皆さん、落ち着いて!」


 年寄り。大学生くらいの女。小学生。サラリーマンや子供連れの母親。

 いろいろな人たちが一同に揃いも揃って混乱している。

 まとめ役ポジションのサラリーマンが何とか場を落ち着かせようとしているが、なかなか静まらない。

 詳しいことはまだわからないが、それは後で教えてもらうとする。

 それよりも……。


「すいませェん! 今はこの状況を何とかしたいんですがァ!?」


 そう吐きながらサイハが後ろを指さす。そこには本命がいた。数で言うと、彼らの2倍近くの数。


 "奴ら"だ。


(チッ! ったくコイツらぁ、何体引き連れて来てんだ。おおよそ絶叫しながらでも逃げてきたんだろうな。ご愁傷様だぜ)


 サイハが心の中で愚痴をこぼしていると、シュウが混乱していた彼ら集団に向かい叫ぶ。


「落ち着いてください!! 

 今はこの状況を"受け止める"時間じゃありません。

 ここから逃げないと何も状況は変わらないんですよ!? 

 僕達2人は今まで戦ってきました。

 ですがこれといって武器もない状態では戦えません!! 

 今は、逃げるしかないんです!」


「よく言ったぜシュウ。そうだ!! 今は逃げるしかない!! たかが学生が仕切るのも不本意かと思う。

 だが、ここはあなたがたより経験がある俺達に任せて欲しい。今はとにかく逃げるだけです。アテがあります。

 幸い奴らは走れない。俺達に付いてきてください」


 集団は納得がいったのかそれぞれ頷きはじめる。


「確かに」「今は逃げるしかないか……」「ついていってみようよ」


 2人は何とかこの場を纏める事ができた。正直ホッとする。


「いやいや、実に素晴らしい志だ!」


 集団の中からサラリーマンが拍手をしながら出てきた。

 歳は40代前後か。髪は少々あらわな所があるが、7対3でキッチリと分けている。中年太りのサラリーマンだ。


「自己紹介がまだだったね。私は日下部(くさかべ)という者だ。

 一応この集団のまとめ役として動いていたんだが、君達に役目を取られてしまったかな……あはは」


 サイハがケロッと笑顔で口を開く。


「そんな御謙遜を。

 彼らを死なせずにここまで来れたのも日下部さんの指示あっての事だと思いますよ。

 悲観なさることじゃありません。

 私達はまだしがない学生ですので、この場は指揮を引き受させて頂きますが、この場をしのぎ次第再び日下部さんにまとめ役を……ッすみませんつい……。

 私達と同じ境遇下にいた嬉しさあまり、

 そちら側に所属している雰囲気に……無事に逃げきれたら私達は」


「何を言っているんだ、私達はもう仲間だよ! 歓迎する! こんなに頼もしい学生なら喜んでだ! 

 君たちみたいなのが新入社員に入ってきたらなぁ……トホホ」


 慌てて日下部という男はサイハの言葉を遮り、ハンカチで下顎の汗を拭いている。

 

「高校を無事卒業したら、是非就職斡旋してくださいね?」

「よーーし! 新入社員ここに決定だ! ははははははは!」

「あははははははは!!」


 2人の様子をシュウは非常に怯えた表情で眺める。


「あ、あのサイハが……敬語だ……。

 しかもあんな楽しそうに笑ってる、この世の終わりだ!! 

 ……あ、終わってるみたいなもんか」


 サイハの底知れない顔の多さにただただ震えるシュウ。だがそこまで驚くことでもないような気がする。自分に利がある者には顔を変えるのがサイハだ。

 いつものこと。

 気持ちを切り替え坂の下に目をやる。


「サイハ。そろそろやばい」

「あぁ、そだな」


 思ったより喋りすぎたようだ。行動を起こす。


「皆さん!! この場は私、零乃と隣にいる峰山が向かう方に付いてきてください。

 奴らの足は人の歩く速度と同等か、それ以下です! 念の為早歩き程度で付いてきてください。

 それでは先導します! 日下部さんは彼らの人数把握と行き先から外れる人がいないよう見張りをお願いします」


「わかった。先導は任せるよ」


 サイハは頷く。

 先導のサイハとシュウの2人は自転車に跨り、ゆっくりこぎ出す。


「で、サイハ。一体どこに向かうんだ?」

「スーパーだ。

 こっからは近くも無し、遠くも無しのあのスーパーなら、彼らを無理に歩かせず且つ奴らを撒いて無事にたどり着ける。

 どだ?」

「スーパーにもし奴らがいたら?」

「適材適所だ。そん時に何とかする」


「うーん。わかった」


 シュウは少し考える動作をし、納得する。

 そうしてサイハとシュウ。

 2人が加わった日下部リーダーの集団は何とか追ってくる奴らも撒き。道中にも奴らと鉢合わせることなく、

 無事にスーパーに辿りついた。

 そしてスーパーの中を各自分かれて散策する。


「なるほど。こりゃラッキーだな」

「うん、だいぶラッキーだ」


 見たところスーパー周りに奴らの気配はない。

 中も奴らの姿は見当たらず店員もどこかへ逃げたと思われる。血痕が見当たらない。

 見事にもぬけの殻だった。

 しかも駐車場にはスーパー専用の車があり、キーも店内で見つけることができた。

 これで少しの遠出なら大丈夫そうだ。

 各自スーパーの中を物色していると、


「ちょっといいかな!」


 日下部がみんなを広いスペースに集め出した。2人もそこへ向かう。


「零乃くんと峰山くんのおかげで絶好の隠れ場所を手に入れた!! 彼らには感謝してもしきれない程だ。ありがとう。

 そこでこのスーパーマーケットを我々の一時拠点としたい。

 そして軍の救助が来るまでここで何とか生き延びようと思う。食料は申し分ないほどある。

 医療用品は少ないがある程度はここにあるはずだ、絶対に生き延びよう!! みんな一緒に!!」


 小さな子供が笑顔で拍手をする。

 そして今度はお爺さんが安心したかのように拍手をする。するとみんな続けて拍手をしだした。

 2人も拍手をする。

 1つにまとまったのだ。みんなの意志が。思いが。

 志し同じくして集まったこのメンバー。

 こんなに頼もしいことはないと、2人はしみじみ実感する。


ーーー


 この騒ぎが始まって、初めての夜。

 シュウとサイハはスーパーの屋上で空を眺めていた。


 学校での戦いで、背中と腹がくっつくかと思うほど腹が減っていた2人は、スーパーに置いてあるパンやカップラーメンなどを、お金を気にせず食べ散らかした。

 その最中に日下部達と話し、一応夜は明かりを消し見張りをつけるという事を決めた。

 今は2人の番と言うわけだ。


「見てみろよシュウ。星が綺麗だぜ」

「あぁ、こんな状況だからかな。

 何か、全てものが愛おしく見えるな」


 2人は、星空がこんなにも綺麗なものだと知らなかった。

 当たり前に存在する物でさえも愛おしく思ってしまう。


 死臭のしない清んだ空気。

 心地よい太陽の光り。

 水がサラサラと流れる音。

 風が肌を突く感触。

 神が再び認識させているようにも思えてきた。

 そう。

 まるで世界を再び作る為に、今1度人間に当たり前のものを確認させているような。


「なぁサイハ。この人たちについていこうよ」


 シュウは屋根に寝そべり空を眺めながらそう呟く。


「俺も、それを言おうとしてた所だ」


 サイハも真似して寝転ぶ。

 風が心地よい。寒さなど感じさせないような、優しい風。


「日下部さん。

 あの人はいい人だ。ちゃんとみんなを気遣ってる。俺やシュウも学校でそういうのを捨てちまってたからな。

 救える方法があんなら、トヤマも救いたかった」


 ーー突如後ろから。




「誰が、いい人だって?」




 サイハは勢いよく立ち上がり声の方を睨む。そこには日下部が立っていた。


「あぁ、日下部さんかビックリした。今あなたの話をしてたんですよ」

「ははは、そうか。私がいい人だなんて、とんだ検討違いだよ。私なんてただのしがないサラリーマン。

 何とか部長というクラスまで登りつめたが、ここが私の限界かと思っている。

 次の世代に引き渡すときかなぁ」


 シュウが声を発する。


「そんなことないですよ! 

 あなたはちゃんと皆を見てる。そしてその先の事もだ。 

 あなた、みんなにちゃんと財布や通帳、印鑑。

 大事なものを持たせてるじゃないか。

 今日の夕方、子供連れの奥さんが言っていた。

 あそこで日下部さんがそれを言ってくれなかったら、私たちは先の事を何も考えないまま逃げ出していたって」


 日下部は目を伏せながら呟く。


「そ、それは……私自信が忘れていたから、

 みんなにも……」

「あなたがそれを他人にも共有したから、実質その人も救われているんですよ? あなたはいい人だ。間違いない」

「や……やだなぁ。

 学生に言われたことはない言葉だ、ははは」


 シュウはしまったという表情をし、赤面する。


「……あ!! ……すみません。つい……」

「いや、いいんだ。おかげで元気が出たよ。

 誰にだって気付かされることはある。今回は君からだ峰山くん。ありがとう」


「い、いえ……」


 日下部は優しく微笑む。すると、おっと思い出したというように口を開いた。


「そうだついつい忘れてたよ! 見張り交代だ。

 2人とも、今日はもう寝なさい。明日から忙しくなるんだ」


 シュウは1週間ほど前に買った、

 Vphone20の時計を見る。

 2030年あたりの機種から、液晶パッド式から腕時計式に変わったことにより使いやすさは折り紙つきだ。

 見ると既に見張りを交代する時間の、深夜2時を回っていた。


「もうこんな時間だったんだ……じゃあ日下部さん。後はお願いします」

「あぁ、任せてくれ」


 シュウとサイハは立ち上がり日下部に背を向け、下におりる梯子を降りてゆく。


「明日は忙しくなりそうだってさ。頑張ろうなサイハ」

「あぁ……シュウ先にいけ。日下部さんに1つ訪ねるのを忘れちまった」

「ん? わかった先に寝とくよ。おやすみ」

 

 シュウは欠伸(あくび)をしながら歩いて行った。


「あぁ、おやす。」


 サイハは再び梯子を登り、日下部に声をかける。


「日下部さん。1ついいですか?」

「零乃くんか。なんだい?」

「今日の昼。みんなが一致団結したあの時。

 あなた、軍がどうたらこうたらって言ってましたよね? 

 あれ。どこの情報っすか?」


 日下部はどこか遠い目をしながら話す。


「……あぁ、ニュースを見てなかったのか。

 それはそうだ学生だものな。今朝、臨時速報でニュースがあってね。今起こってる事の状況が流されていた。

 私もそれでこの騒ぎを知ってね。

 地区の避難場所に集まって見れば、そこは既に何者かわからない奴らが人を喰いまくっている地獄でね。

 そこから何とか生き延びた9人をまとめて、ここまで来たってわけだ。 

 話がそれたが、

 何でも正規の軍が救助隊を結成し救援にくるらしいんだ。

 いつになるかはわからないが、その時が来るまで生き延びる。

 これを目標に今の我々がいる。だろう?」


「えぇ。それはもちろん……そして軍。それがメディアからの情報なら確かでしょう……情報提供ありがとうございます。」


「いや、いいんだ。ゆっくりおやすみ」


「はい。見張り、よろしくお願いします。

 それでは、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


 サイハは梯子で下におりた。


 日下部は胸ポケットから煙草を出し、火をつける。

 ため息とも言える微量な息で、肺に入った煙を吐き出す。


「ふぅ……忙しくなるな」



ーーー



「……ゲホゲホ!!」


 シュウは寝ていたのだがおもむろに咳き込む。

 咳き込まずにはいられない空気の悪さだった。

 シュウは背を起こすと周りを見渡す。

 なぜか視界が暗い。夜だから当たり前なのだが、何かが違う。


「なんだよ、こんなに煙たかったっけ……え?」


 シュウの顔が一気に青ざめた。シュウの顔とは裏腹に、外は。



 スーパーの中は。

 灼熱の豪火が、盛大に舞踏会を開いていた。


「さ、サイハぁああああああああ!!」


 シュウは隣を見る。だがそこに親友の姿はない。


「キャーー!!」

「あ、熱いよぉ!!お母さん!!」

「ぎゃああああああああ!!」


 豪火の中から聞こえてくる声に聞き覚えがある。今日出会ったばかりの人達の声だ。


「み、皆さん! 落ち着いて! 

 どうか冷静に! ……うわッ!!」


 豪火がシュウの目の前を通り過ぎ、慌てて尻餅をつく。

 この豪火からして火は先ほど付けられたものではないようだ。

既にスーパーの中は壊滅的、

 見るも無残な光景となっている。


「や、やめろ……やめてくれ、誰が……こんなこと」


 まるで地獄のような叫び声と共にシュウはか細く誰かに反論する。終わることのないこの舞踏会の主催者に対して。




「ほぉー!!大量大量~」


 舞踏会の主催者はスーパーに火を付けた後。

 無様に寝ている生存者の財布、通帳、クレジットカードを全て奪い取り、スーパー専用の車の中で一枚一枚紙幣を数え、頬に擦り寄せながらひたすら喋る。


「全く馬鹿な連中だよ。

 みんな揃って生き残りましょー。だとよ、馬鹿じゃねぇの!? 生き残れるわきゃねぇーだろがよ!! どいつもこいつも間抜け。俺様の足を引っ張りやがって、

 ここにゃいい顔してたらつけ上がって賛同してくる無能なイエスマンしかいねぇ。

 しょうがねぇから家からせーっかく持ってきたてめぇらの全財産は俺が適当に使ってやる、感謝しろ! けははははは!!」


 舞踏会の主催者、日下部は下卑た笑い声を上げ車の中ではしゃぐ。

 彼は元からこれだけの為に数人の集まりを作り出したのだ。

 軍からの救援など待っちゃいない。

 自分だけが助かる事だけを目的とし、今まで人を駒として動かしていた訳だ。



「オイ」



 車のヘッドライトに照らされて。

 1人の青年が、窓ガラスに穴が開くほどこちらを凝視してくる。日下部は車の窓を開けてそのまま喋り出す。


「あぁ? 誰かと思えばゼロノクンじゃないか。

 お眠の時間は終わりかぁ?」

「テメェ。今自分がしてることわかってんのか?」

「あぁ充分。

 わかってるつもりだが、それとも何か?? 偽善の言葉を述べるわけじゃねぇよな? 

 お前が俺に何を正すんだ?」


 日下部が今まで見せたことのないような歪んだ笑みを浮かべる。


「ふざけんな!! こんなやり方じゃ誰も救えねぇんだよ分からねぇか!?

 お前も1人じゃどうせそこら辺の奴らに喰い殺されてしめぇだ!! いいからそれをみんなに返せ……行くんなら返してから出ていけ!!」


「おい。俺が持ってるもの。なんだと思う」


 日下部は両手に別々の物を掲げる。


「指輪と誰かの……オェッ……頭蓋骨」


「そうだなぁ、こっちは誰のものかもうしらねぇが俺が奪ったダイヤの指輪。

 こっちはスーパーの倉庫の端でダンボールの中に入ってあったガラクタの頭蓋骨だ。

 だが……違うな少年。これらは"物"だ。

 とことん意味を還元していきゃあたちまちこのワードに辿り着く。

 んでこれらの物を価値の天秤(てんひょう)に乗せるとする。

 そうした場合、その価値を決めるものはなんだ??

 クククッ……そう、万人共通のテーマ、金だよ。

 金。金はいいぞ? 金こそ力だ! 

 物も、女も、全で手に要られる理想のアイテム。

 だから俺はこうやって……」


「違う、それは夢だ! そのお金には彼らの夢が詰まってんだ!! 

 それはテメェみてぇな金に溺れた奴が持っていいもんじゃねぇ、そいつを返せ!!!」



 日下部はその一言で我慢の限界を超えた。



「ううううるせぇなこのガキィ!!

 金返して出ていけだぁ!? そんなに出ていって欲しけりゃあ出てってやるよ!!」


「頼む!! わかってくれ!! それはかけがえのない彼らの未来の……!!」



 日下部はアクセルを目一杯踏む。行く手にサイハがいるがそんなことは最早どうでもいい。


「さっさとくたばっちまえよ無能がああああ!!」


 サイハはすぐさま横に自分自身の身を投げようとする。

 だが、遅すぎた。いや、相手が速すぎたのだ。


『ガッッ!!』


 車と言う名の鉄の塊が、サイハの細い体を軽々と空中に吹き飛ばす。

 サイハは空中で回転しながら弧を描き、硬いアスファルトに打ち付けられ這いつくばる。


「じゃあなクソガキ。また会おうぜ。今度は地獄でな」


 日下部がすれ違いざまそう言って、スーパーを去っていった。



「ぅぅ……ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫。

 何も、救えなかった。

 何も、守れなかった。

 何も、できなかった。

 地面に額を擦り付け、自分自身に項垂れる。


 金と命。

 どちらかを選べと言われ真っ先に金を選ぶ。そんな人が現れる世界になってしまったのか。世界が狂い。ついでに人も狂ってしまった。


「!! ……!!」


 誰かが呼んでいる気がする。

 重たい体を手だけで持ち上げようとするが上手く持ち上がらない。何度も地面に顔をつく。

 ようやく片足だけで立ったサイハは声の主を見る。


「……ッ! あいつ……!!」

「サイハああああああああああ!!」


 シュウだ。スーパーの入口にいる。

 彼が喉が張り裂けそうな大声でサイハの名を叫んでいる。


「サイハぁあああああああ!! 俺達は無事だああああああ!!」


 よく見るとシュウの周りには集団の人たちが9人ちゃんと生きていた。


「"命あるかぎり前へ"クソ親父の言葉だ!! 自分を信じるんだ相棒!!」


 シュウは親父のその言葉だけを信じて今まで戦ってきたというのだろうか。

 サイハはこの状況で無理やり笑う。


「わぁかってるよ。んなことはよ!!」

「ならいいんだよ!! ……ッ!? サイハ後ろ!!」


 そう言いシュウは全力で駆け出した。サイハはシュウの言葉通り、後ろを振り向く。

 喉が急激に干からびる。


 絶句した。


 言葉がでない。


 どこから集まったのか不明だが主催者不在の舞踏会に客が来たようだ。

 それも数10人の大所帯を引き連れて。


「オオオ……オオオオオ」


 特に奴らの1番真ん中にいる奴。

 体はやせ細っており、拳1発で倒れそうなのが先頭で歩を進めてくる。

 何かがおかしい。あの先頭の奴。

 ソイツは、どこか異様な空気を醸し出していた。


「サイハ!! 上だ!!」


 言われた方を向くとそこには。綺麗な星空に、不規則にゆっくり動く光が一筋。

 遠くだが、プロペラが動作している音がこちらまで届いている。


「へ……ヘリだ」


 絶望的なタイミングでそれは来た。


 最後にあらがってみろという神のお告げなのか。シュウはサイハの横にくる。


「サイハ。君はあのヘリの所へいけ。多分軍用ヘリだ。

 父さんに連れられて駐屯基地に行った時、あれと全く同じ物を見た。間違いない」

「まて、シュウ、俺の足はもう無理だ。お前が行った方が……」

「それはできない。

 ここに君を残していったらあの女子供達は全滅だ。回りくどい言い方はしたくない。率直に言う。君は助けを呼ぶことしか、今はできない」


 シュウは相手の心の中身まで見えてしまいそうな真っ直ぐな瞳で、サイハにそう告げる。


「そう……だよな。わかった、俺が行く」


 シュウが笑顔で頷き、懐から長さ20cm程の細い包丁を取り出しサイハに渡す。


「スーパーで一番高い包丁だ。今度は大事に使うんだよ」


 シュウはスーパーからせしめたのか模擬刀を腰に差している。

あらがう準備は万端だ。


「それは、お前もな……」


 2人は拳を突き合わせ。互いの健闘を祈る。


 突如、先頭に君臨していた奴が水平に、

 どういう法則かわからないがシュウに向かい飛んできた。


「シュウ!!」


 名前を呼ばれたシュウは何とか模擬刀で直撃を防ぐ。だが物凄いスピードでスーパーへと押し戻されていく。


「サイハ!! 後ろを見るな!!」


 シュウが望みを吠える。


 悔しくもサイハは下唇を噛み、足を引きずりながらスーパーを出た。

 敷地を出た瞬間。

 スーパーから爆発が起きる。

 鼓膜が破れるかと思うほど大きな爆発音を背に。サイハは振り向かずに足を引きずりながら走る。


 何回転けたかわからない。


 何回泣きそうになったかわからない。


 だが何度でも立ち上がり真っ暗な道路をひたすら前に進む。

 このまま地獄に繋がっているのではないかと思えてくる。それほどまでに暗く心細い。

 全てが折れそうになる。

 だがサイハは、前を向く。

 前だけを。前に、希望があると信じて


「ウォオオオオオオオオオオアアアアアアア!!」


 無我夢中で進んでいた。

 周りの敵に気が付かない訳ではない。

 気づいた所でもうこちらが殺しているから問題はないのだ。全身の血が沸騰しているのが自分自身でもわかる。

 アドレナリンの過剰分泌により引き起こされた、無我の境地。

 だがダメージはいつ奴らに殴られたかわからないが、

 サイハの体に深々と刻み込まれていたーー



 ーー気がついたら目の前に3体奴らがいた。

 だがその内の1体は不規則な関節と肥大化した腕。

 そして緑色の肌が印象的。恐らく強敵だ。

 いや、あの無残に破れている制服。

 胸にうっすら鶴咲高校の紋章が見える。


「お前!! トヤマか!?」


 間違いない。奴はトヤマだ。

 異常な関節と腕。肌の色。

 そして何より額の大きな風穴。

 あれはシュウが学校の花壇に落下するさいに、トヤマに最後に放った一撃の傷跡。

 それが何より証明していた。


「ぉ、ぉお"お"お"あ"ああああああああああああ」


 トヤマは肥大化している右腕を横に薙ぎ払う。

 体勢を極限まで低くし何とかやり過ごす。


(くっっそ!! 急に……足が、うごかねぇ……ッ!!)


 右腕が通過した瞬間、黒髪が揺れる。


「があぁああぁあ!!」


 トヤマの攻撃の隙をつき、

 一直線に襲いかかってくる2体のうちの1体に、片足で飛んで近づき顎から脳に包丁を突き立てる。

 そして包丁を抜き去り、先端部分を掴んで後ろの奴の頭目掛け投合する。


『グサッ』


 包丁は顳(こめ)かみ部分に深く突き刺さり後ろの奴は倒れる。

包丁を拾うため、

 トヤマの動きに注意しながらスキップをする。

 外山は5メートル程サイハから離れているが、

 腕を斜めに、こちらに向けて地面へ降り下ろす。


『バガァッ!!』


 地面にある30センチ程のアスファルトが頭目掛け飛んでくる。


(くっ…!)


 頭を横におもいっきり捻る。

 何とか避けれたが、頬に傷ができ、ツーと血が滴り落ちる。

 体制を崩しつつも包丁を手に取り、柄が砕けるほど力強く握りしめた。


「俺は……、俺達はァ!! 

 こんな所で終わっちゃいけねぇんだよおお!!」


 首に一撃入れるため、サイハは瞬時にトヤマの間合いに入り込む。


(この距離ならお前の腕は振れねェ筈だッ!)


 狙いを定め、全身全霊の力を込めて横に振った。


「……ッ!? ……そんな……」


 甲高い音が聴こえた。サイハの手には刀身はない。あるのは柄のみ。

 折れたのだ。

 喉元を掻っ切る瞬間、肌があまりにも硬すぎて包丁自体がそ の硬さに適わなかった。

 あの時、学校の時のトヤマはまだ皮膚が切り裂けた。

 だが今は違う。


 サイハは絶望した。

 だがその絶望もつかの間。トヤマは腕を横に振りかぶった。

 サイハは咄嗟にその場から離れようとするがうまく動けない。トヤマはまるで羽虫をはたくように腕を軽く横にふる。


『バシンッ!』


 サイハは外山の腕にぶち当たり、数メートル先まで吹っ飛び無残に道路に這いつくばった。

 そしてトヤマはサイハを見限り、スーパーの方へと向かっていく。


「何も……できなか……った」


 体の伸が無くなったかのようにいっきに力が無くなる。アドレナリンも切れたようだ。

 血もいったいどこから流れているのかわからないほどに、サイハの体は真っ赤に染まっていた。


 シャツも破れ、ズボンもボロボロ。

 まさしく、見るも無残だ。


「クソ……クソクソクソクソクソクソ!! ……誰か」


 見るも無惨な姿のサイハを一筋の眩い光が暗闇の中を照らす。


 前から足音が近づいてきた。

 足音だけが聞こえる。かなりの人数だ。


 サイハは前を向く。

 いつの間にかそこにはヘリが不時着していた。

 そんなものにも気が付かなかったのか。

 そして1台、また1台と迷彩柄のトラックが停止する。

 そこからもまた複数の男達が降りてきた。降りてきた男達の服装も迷彩だ。

 みんな頭にゴーグルをつけている。


 そして肩、腰にはそれぞれ違った銃がぶら下がっている。


(軍……なのか……)


 サイハは思ったように口から言葉が出なかった。


「大尉。生存者を発見。保護しますか?」


 男が、サイハの顔を上から覗く。

 そして、肩にコートを羽織り煙草を咥えている大尉と呼ばれた男がそれに答える。


「トラックに入れておけ、我々が保護する」


 男は頷きサイハを持ち上げようとする。


「ま、まってくれ……」

「息はまだあるようです」

「かまわん。トラックだ」

「頼む……俺の話を……聞いてくれ……」


 大尉と呼ばれた男は立ち止まり考える。そして男に叫ぶ。


「軍曹。少しまて、話を聞く」


 軍曹と呼ばれた男はサイハを下ろす。続いて大尉と呼ばれた男は屈んでサイハの目を見る。


「助けて、くれ……お願いだ仲間を……

 まだ奥のスーパーで、戦ってる……頼む!! 仲間を……!! 友達を助けてくれ!!」


「お前はどうなんだ? 助かりたくないのか?」


「知ったことかそんなものッ!! 俺はどうでもいい!!

 頼むから……頼むから、助けてくれ。仲間を……シュウを、あいつらがいなきゃ……俺はもう前を、見れないッ……」


 目から1滴。

 雫がこぼれ落ち、サイハの意識が無くなった。


「いい答えだな……わかった。

 その思いは我々が引き継ぐ……聞いたか諸君!!!」


 大尉が立ち上がり軍服をきた男達に向かい叫ぶ。


「この少年からの情報によって、この先の建物でまだ我々と同じように、覚悟を決めた者が奮闘していることがわかった!! 作戦はCODE7だ。

 復唱しろ!! CODE7だ!!」


「ウォーカーその他分子の殲滅。

 および生存者の救出。分散して撤退。余裕があれば物資の確保です、大尉。」

「いいか。少年から受け継いだ意思は、我々CDAが責任を持ち、これを証明する!! 弾は何発使っても構わない。

 使ったぶんだけ領収がおりる。それでは行こうか!! 

 レスキュー開始だ!!」



 彼らは『疾病対策機関CDA』



 この場この世界において、

 唯一"救う"という意思をもった集団。

 男達は声を上げる。

 彼らが通った道にはもう、死ぬ者は現れない。



「さぁ。撃鉄を起こせ」

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