脱出の手口

 シュウは高台から飛び降り、物置部屋目指して走る。

 数メートル前方から、おかしくなった女子生徒が掴みかかってくる。


「せやあああああ!!」


 シュウは獲物を見つけた狼の様に軽やかとおかしくなった女子生徒の懐へ加速し、

 屈む(かがむ)要領で接近する。

 捕まれるのを避け、無防備に突き出された両腕を掴み、

 背負い投げをする。

 地面に叩きつけた所で、おかしくなった男子生徒が接近してくる。

 すかさずその場でステップをし、男子生徒の眼球を丸で蜂の様に素早く突き刺す。

 まぁ、突き刺したのはシャーペンだけど。

 シャーペンを引き抜き、動きを止めた所で首の動脈を切断する。

 まぁ、切断したのは鉄定規なんだけどね。


 武器奪取のため、2人は物置部屋の優勝旗を目指し奮闘している。

 ここだけ見ると、まるで熱く燃える体育系男子みたく見えるが、そうではない。


 一人を除いて。


 着々と、物置部屋の扉へ距離を縮めていく。

 今のところは、奴らへの対処も上手くいっていると言っていいだろう。


 (まさか父さんの指導が、こんな所で役に立つなんてね)


 戦っている状況で、シュウは自分の父親を思い出す。


 ーー幼い頃だ、いつも実家で鍛えられる日々、

 そんな日常が嫌で、シュウは父親に聞いた。

 何故自分はこんなにも苦労しなければならないのか。

 他の子供達と一緒に遊んでいたいと。

 すると、父親は


 "生きている限り前へ進みなさい"そう告げた。


 あの時は、幼かったからまだ意味が分からなかったが、

 今ではわかる。

 自分が本当に守りたい、そう思える者に会えるまで、

 今は我慢して強くなれ、守りたい者を守れる程に、と。


 それから、シュウはその言葉を常に頭に入れ、ここまで鍛練に励んできた。

 少ないが、お互いを信頼する友人も出来き、

 今はその友人を守る為にシュウは戦っている。

 今までも、してきたように。


 ーー奴らの皮膚は人間の皮膚よりかなり脆い。

 定規でも力を少し加えると簡単に肉を切り裂ける。


 推測すると、完全な奴らが構築されるまで時間がかかると思われる。

 今の状態は人間から奴らに変貌していく途中の状態なのだろう。

 だから皮膚が脆いのだ。


 シュウは右へ左へ避けながら、時々攻撃を加えて進む。

 敵を倒すのではなく、否して進んでいっているのだ。

 戦い慣れしている証拠とも言えよう。

 約5分の攻防で、物置部屋の扉に辿り着く。


 勢いよく扉を開けた。鍵はかかっていない。

 好都合だ。わざわざ壊さなくて済んだ。

 扉の中へ入っていく。


 物置部屋の中は、乱雑に置かれた書類や道具の山だった。


「これは見つけるのに手間がかかりそうだな。

 よし! 絶対に見つけだして……ッ!?」

「ォォオオオオオオオオ!!」


 部屋の中におかしくなった男子生徒が侵入しようとしている。部屋の中は狭く、とても戦える場所じゃない。


「クソッ……ん?」


 部屋に入って来そうになった男子生徒が膝から崩れる。


「ハロー♪」


 ナイフを手でクルクル回しながら入ってきたサイハはゴキゲンな笑顔で嘲笑ってきた。

 たぶん、無理して笑ってるんだろうけどね。

 だって、顔が強張ってるんだもん。


 今更だが、シュウとサイハは幼い頃からの数少ない友人だ。

 そんな二人のコンビネーションは端から見れば最悪、だが実際二人で組む事で、

 誰にも負けない物を得ることが出来る。


 それは、力と頭脳。

 最高の武道と最高の頭脳。

 二人がそれぞれ持っていない欠片を一つに合わせると、

 それは完璧な結晶になる。


 そう、今の彼らは何者にも負けない。


「ドアは鍵くらいしめようねェー? 

 足りねぇ頭使おうよ峰山くぅーん」

「……」

「後ろは任せな。オマエは見つける事だけに専念しろ」

「……その間にやられるんじゃないぞ!!」


 サイハは物置部屋の扉を閉める。


「それはどォだか……」


ーーー


 先程シュウには笑顔を見せていたが、実のところそんな余裕はない。

 彼と比べて体力がないサイハは正直今の状況についていけていないのだ。


「(やるしかねぇか……)さぁ!! 

 かかってきなクソ野郎共!!」


 サイハの声を聞きつけて歩いてくる奴らが2体。

 どちらもおかしくなった生徒達だ。

 死んだような目をしている。


 既に"死んでいる"っぽいが。


 サイハは向かって右側の男子生徒の目に横薙ぎに一太刀いれる。

 右側の男子生徒は目を押さえ込んだ。

 標的を左側に変更する。

 左側の女子生徒が噛み付こうとする。が、それをやすやす受けるサイハではない。

 体を横に振り、噛み付き攻撃をかわす。

 すかさず背後に回り込み足の動脈を切った。

 足ごと切らないと歩みは止まらないと思ったが、まだ人間らしさはあるようだ。


 今の所はだが。


 サイハがなぜここまでの技術でナイフを扱えるかというと、

 過去、不良に絡まれたところを相手から奪ったナイフで玉砕した。その後。

 何故かその不良からの噂が噂を呼び

 "切り裂きJack"などというイギリスの大犯罪者の名を付けられたことが発端だった。

 幾度となくその異名を嗅ぎつけやってくる不良を捌いていくうちに、

 着実とナイフを扱うスキルだけが上達していったという訳だ。

 サイハのテクニックは戦うというよりかは、暗殺やサイレントキルに向いている技術だ。

 だからこういった状況では対処できないこともある。

 先程うずくまった左側の女子生徒を蹴飛ばして、

 屋上から地上に落とす。


(すまねぇ……)


 その間に目の痛みが回復したのか、

 右側の男子生徒が再度行動を始めるが、動きがとろいのが幸をそうした。

 素早く後ろへ回り込み首を断ち切る。


(ヴ……気もち悪ッ……)


 男子生徒の首元から噴水のように溢れる鮮血に再び吐き気を催し、2度目のフィーバータイム。


「……ハァ……何とかしてぇ。この神経の細さ」


 視線を嘔吐物から、奴らに向ける。


「お、オイオイマジかよ……!」


 2体を倒している隙に5体近くの生徒が周囲を囲っていた。

 これはヤバイ。


「5体全員捌く気力なんてねェぞ……」


 ジリジリと物置部屋の扉に押されていく。生暖かい液体が頬に流れた。


(やべぇ!! やべぇぞどうする!? 

 1体の目を潰したところで他の奴らが確実に攻撃してくる!  逃げようにも逃げれねぇ!

 ……あ)


ーーー


『ガチャン!!』


 サイハは物置部屋の中へ入り、鍵を閉めた。

 ハッキリ言おう、無理だった。


「な!? サイハ!! 何部屋に入ってきてるんだ!! 奴らは!?」

「い、いやぁそのーちょっとな!」

「もうちょっと頭を使ってくれよ!!」

「むすー」

「……まぁいいや。お目当ては見つかった」


『バン!!』


「でえりゃあぁ!!」


 シュウは勢いよく扉を開け放ちそこに群がっていた生徒達を優勝旗の槍の部分で一閃し、頭を吹き飛ばす。

 辺りに鮮血が散る。

 後ろで誰かが3度目を迎えようとしているがシュウには関係無い。

 外に出て優勝旗を回し、動作をピタッとやめてポーズをとる。

 

「斉天大聖孫悟空!!」

「……いや、バカだろ」


 近付いて来る奴等は優勝旗で難なく片付けられ、何とか屋上は切り抜けた。

 3階へ向かう。

 シュウが異変に気づく。


「サイハ、3階。何か変だ」

「あ? 何が」

「音がない」

「なに?」


 2人は3階に辿り着く。目を疑う。


 死体が一つもない。

 が、そこら中に血が飛び散っている。

 廊下に敷き詰められていたタイルは見るも無惨に砕け散っていた。

 トヤマの仕業だろう。

 だが……。


「ーー何だ? なんで死人が出てないんだ。あの騒ぎだ。

 何人かの死体が転がっていてもいいはず……おかしいな。

 まず、人間はどういうプロセスで奴らになるんだ。この階に死人がいないとなりゃ、下の階が勝負だ。気合い入れてくぞ」

「あぁ」


 2階へと向かう。階段は綺麗な方だ。多少血が飛び散っているのが目にかかるが、先を急ぐ。

 それにしても、一番の原因であるトヤマがどこに行ったのかが不安材料だ。

 今も生徒達を襲っていっているのだとしたら脱出はかなり困難になるだろう。

 人気がない場所にいたら幸いなのだが。


 音を消しながら歩いていくと、2階に辿り着く。

 ここも3階と同じ状況だ。誰もいない。


「ん?」


 シュウが遠くの方へ目を凝らす。何かを見つけたようだ。誰かが立っている。


「生存者か!?」


 シュウが何か言ったと思ったら急に走り出す。


「お、おい待て!」


 サイハも慌てて後を追った。トイレの前、男子生徒が立っていた。

 何か様子がおかしい気がする。


「大丈夫か?怪我はないか?」


 シュウが問いかける。


「あ、ああ」


 声が震えていた。


「よし。ならここから早く逃げよう……俺達と来るんだ」


 シュウが男子生徒の腕を掴む。


「……ぁあ……」


 サイハは何かを感じ全力で走り出す。


「ぁあ……ア"ア"ア"ア"アァぁあああ!!」


 男子生徒はシュウの腕を掴み鬼気迫る形相で口を開いた。


「シュウ!! 奴はもう人間じゃねぇ!!」


 間に合うか。いや、間に合わせる!!


『ガッ!!』


 サイハはシュウの腕を噛もうとしている男子生徒へ向かいタックルをかます。

 男子生徒と一緒に倒れ込んだ。2人は激しく掴みあっている。


「さ、サイハ!!」


 シュウは我に帰り、倒れている男子生徒の頭を優勝旗で正確に貫く。


「サイハゴメン! 油断した!

  おいサイ……サイハ!!」


 サイハの首元に歯形がくっきり付いていた。

 肉が喰われている。

 そう。


 サイハは終わったのだ。

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