第11話 追放
「お土産は?」
どうでもいいけどチルル、服を着ろ。
「無い、差し入れにラムネでも買って帰ろうとしたけど」
外へ繰り出し、走り疲れて渇いた喉を潤そうと適当なコンビニに入りそして俺は知る。
――100ジンバブエになります。
ジンバブエ? んなもん持ってる訳あらへんやろ姉ちゃん。
日本のコンビニでナチュラルにジンバブエを要求する店員(可愛い)であった。
更に付け加えて言えば、西日本の通貨はキャッシュではないっぽい。
「たぶん、全てデジタル化されてるんじゃないか」
「ご明察、中々やるじゃんダディ」
マリーの美しい所作の拍手にチルルも不作法にパチパチと手を鳴らす。
「…………」
しばらく、考えたい状況ではあるな。
西と東の現状と、今回の作戦は深く関わっている気がして。
それに、今俺達の目の前に居る彼女はマリーではない。
そこに幾つかの推測が心中に込み上げてくるから、整理したかった。
まぁ尤も、その思慮は押し寄せる煩悩に掻き乱されるばかりなんですけどね、トゥフフ。
* * *
軟禁生活七日目、留置所での抑留日数と合わせると二週間は経ってしまった。
そろそろ帰りたいと思い、願い、祈り、俺はチルル式の祈祷をしていた。
「ばーかばーか! ばーかばーか!」
マリーに酷似した彼女は、
「こっちだって、学校サボってるんだぞ」と言い、ずっと俺達を監視している。
便宜上困るので、本名を教えてくれない彼女のことはマリーと呼んでいる。
――Pullll。
「はいこちら」
『ミオか? 私だ』
「誰だ?」
『……その手の冗談は』
「本当に誰だ」
『カ・ノ・ン・だ、ぶち殺すぞ』
潜伏生活二週間目、今頃になって俺は悔いている。
死馬教官の「捨て駒扱いにされている」発言を侮っていた。
西日本は東より柔和だが、今は生殺し状態に近い。
どうしてっ! どうして今作戦には期日が設けられていないんだっ! と後悔。
「――は、そうか」
『どうした』
「どうして今作戦の編成に俺とチルルが含まれてるか分かったんだ」
俺≒穀潰し=チルルの法則性が突如として頭に降って来た。
『東の穀潰しを全て西へ送り込み、敵勢力を弱体化させる狙いだったのか』
後ろではチルルが「ばーかばーか!」と全身全霊で祈祷している。
『……そうか、私も今一つ分かったことがある』
「一週間も待たせてかよ」
『あぁ、多分だけど、これは父さんのせめてもの手向けだったんだよ』
手向け?
『父さんは私に姉の思い出の品々を持たせて遣わした。私共々、父なりの姉への親心だったんだよ』
……じゃあ、
「じゃあ、今回の作戦は俺達を西側へ送り込んだ時点で、成功していた?」
『考え過ぎじゃないのか、だが父さん達が作戦の成否、どちらに傾いても良い具合に都合していた可能性は高い』
嘘、だろ。
「嘘だッッッ!! だってお前の親父さんは」
俺は鹿野カノンの親父さんと深い面識がある、カノンが幼馴染でちょっとした問題児だったから。
到底、あのハゲがそんな深慮を思いつくとは想像し辛かった(暴言)。
「ばーかばーか!」
『ミオ、無駄足かも知れないがお前も姉さんと会って話してみないか?』
「……考えさせてくれ」
カノンの姉さんか……それって、俺の初恋の人やんけッ!
優しくて、弟達に甘くて、明るくて、カノン譲りの端麗な容姿に俺は惹かれ。
告って玉砕おーあーるぜっと。
俺の遅疑逡巡とした態度に、赤毛の麗人のマリーは途方に暮れていた。
きっと彼女は内心、(こういうの無限ループって言うのかな)、と思い違いしている。
「……ダディ、私もお前も根性据わってそうなタイプの人間だな」
「えぇ、自分が将来就きたい職業はパラサイト、ニート、自宅警備員もしくはヒモに専業主夫ですから」
今作戦の鍵である穀潰し思考に、俺の脳みそは汚染されていました。
「なら私と結婚する? どうでもいいが、どうして鹿野イブキは西にやって来た?」
「どうしてって、恋人が西に居るから」
ここまで日数が経過すると、原因に繋がる内情もそれなりに耳に入れていた。
壁に耳あり障子に目あり? こっちはもう構ってられんよ! 筒抜け上等だよ!
それに、東に残して来たヒイロや本物のマリー達のことを除けば、西は天国やねん。
東も東で地獄ではないけど、良さはあるけれども、西日本最高やねんな。
幸福度指数? 西の方が絶対勝って(略)。
「……
「ちょっといい、DEATH、かっ!!」
でも俺は、このまま惰性的に西に居座る気は毛頭ないんだよな。
俺の居場所は、絶対彼女達の傍だと思うから。
国境線なんて無くなればいい。
「ボクはもう諦めた!」
「諦めたらそこで試合終了だよ」
ですよね、ってチルルに同意を得ようとしたら、彼女はこう言いたかったらしい。
「西のイケメンも、東の覇道も、諦めたけど、けど富士山、登っておきたいよねぇ……駄目か?」
チルルは時々先輩風を吹かせた声色を出す。
その声色は先程まで祈祷していた馬鹿なチルルの其れではない。
チルルの二面性には、(ひょっとしたら)、と思うこともある。
「富士山、富士山に昇ったらお前達はどうする?」
とマリーがチルルに問うと。
「頂上から滑空して下山の世界記録を狙うんだよ」
す、凄ぇ……声色はカッケェけど、内容は無用の長物、いや声色はカッケェけど。
「……時間を置いて、考えてみれば、色々と見えて来るモノもあるな」
人の脳がどんな構造で、如何なる性質を持っているか、西側は解明しているのだろうか。
と言うのは脇に置いといて。
「マリー、君と、延いては西日本が俺達をここに束縛する理由はあったのか?」
「無きにしも非ず、今となっては燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、だダディ」
「……後半の方、意味不」
続きはWebで、『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』で検索検索ぅ。
翌日、馬鹿な娘は昨夜の諺を。
「んなぁああああ! やっちまったなチルル」
「ククク、我の名は『燕雀』、鴻鵠の志など知る由もない」
チルルは昨日の諺を右腕にタトゥーしていた。あ、でもシールか。
諺の意味を考えれば一見、チルルが遥か高みから庶民を見下しているようだ。
そう言う奴には「大物気取りかよ」と
今日はカノンと富士五合目で落ち合って、例のお姉さんを俺が説得しなきゃいけないらしい。
向こうは首都、メガロポリス大阪に家を構えている。
いつかは行ってみたいなでも……俺の心は焦燥し切っていた。
西日本は世界的に見ても先進国、驚くことに、車の免許が十五からでも取れる。
わんだほ―、えきさいてぃんぐ―、えーんど、ユァクレイディ~。
意訳すると、「素晴らしく興奮しちゃうねお前等のイカレ様に」、となる。
俺の英語力、大したことないですから。
「ふーん……あいつは、他に何か言ってなかったか?」
これは西側から帰還したアフターストーリーだ。
焦燥していた心は、娘達の許に帰って来れたことによって歓喜へと様変わりした。
運もあったが、帰って来た俺達を最初に出迎えてくれたのはマリーだった。
期待感や歓心から、俺は『いい顔』、していたと思う。
随分と話しが飛んだが、富士登頂へ出かけたあの後の顛末は以下のようになった。
一、富士五合目でカノン達と落ち合いました。
二、久しぶりにカノンのお姉さん、イブキさんと他愛もない会話を交わしました。
三、その後順調に八合目まで登りました。
四、八合目で小を催しました、イブキさんもトイレらしいです。
そして五――
「イ、イイイブキさんのぅんのぅ、大砲――――!!」
思わず、俺はイブキさんの股間に「タイガアッパ」を仕掛け、彼女は昏倒してしまった。
六、俺とチルルとカノンの三人は逮捕され、国外追放処分を受けました。
西日本の文化が発達している分、亡命者の法律も厳しいとのことです、以上。
追放処分を受け、東側への帰路の途中、俺達三人はレイプ目だった。
俺としては、イブキさんの性転換に心が死に。
チルルとしては、富士を制覇出来なかったことで失意し。
カノンとしては、何を言っても「そだね」と
だけど、今回の物語がこれだけで終わりじゃ味気ないだろ。
「……ダディ、それからチルル、お前達は私達と一緒に、西日本で生きないか?」
「いや俺達は、法律に」
「ダディ、私には今回の罪を黙殺出来る権限がある。こう見えて偉いんだぞ」
一週間、西側で一緒に生活していたマリーが最後俺達に手を差し伸べてくれたんだ。
その時の彼女の背後には、後光が差して、眩しくて。
不本意ながらも俺は、ここに一人の女神が居る、と錯覚していた。
「い」
チルルはマリーの申し出を簡潔に断った、目は涙で充血させている。
「そっか、じゃあダディは?」
「俺も帰るよ」
「連れないな、特に火疋澪」
「……残念がってくれるのは嬉しいかも、後一ついい、ですか?」
結局、西日本に残された疑問はまだまだ全然、解決されていやしない。
「結局、貴方の本当の名前は何と?」
「……フン、私の本当の名前は、本当にマリーって言うんだよ、ダディ」
最後の最後になって、彼女は鼻で笑い、俺達に理解出来ないことを教えてくれたんだよ。
俺達、一体何のために死ぬ思いしてまで西側にやって来たんだろ。
するとマリーに次いで、
「父さん、大鵬ヒイロにこれを渡して欲しい」
「いつからワタシ、アナタの父さんにナッターヨ」
「お前がヒイロの父であれば、別に私とて執着するつもりはない」
マリーに同行していた謎の美少女から父さん呼ばわりキタコレ!
彼女の顔貌で一番惹かれたのが瞳だ、ヒイロとは対照的な深い緋色の瞳。
「……一応、中身を確認させて貰ってもいいですか?」
名前も知れない彼女は首肯して返す。
A4の茶封筒の中身を覗けば、『蛮骨大砲~いろはにほへと~』と言う雑誌が出て来た。
一応までに、父親の検閲を……わーお、おーまいごっと、えーんど、ワッツ?
「これ、貴方の写真集か何かですか?」
「……違う、とは断言出来ない、けど本質は違う」
不明瞭な態度を取っているが、彼女の雰囲気に淀みはない。
彼女の醸し出す雰囲気は、ヒイロとよく似ていた。
「ダディ、こいつの顔は世界的に知られてる有名人だぞ」
「そだね」
「お前は大人しく壊れてろカノン」
こうして、俺達は今作戦を途中放棄し、東側へと強制退去させられる。学園に帰れば、学園長直々のお叱りと共に作戦は継続することを通達された。イブキさんがそれ程の重要人物だったら、遊んでないで本腰入れろハゲと俺は学園長室で逆切れしておいた。
「失礼致しまし、た――」
学園長室を出れば、誰かが俺の背中に飛び乗って来た。
背中の感触には覚えがあって俺には、すぐにマリーだと分かり。
――嬉しくて、
「お帰りダディ、これはまた、随分と、とっとっと」
嬉しくて、俺はただいまも告げず、彼女を背負ったまま廊下を駆けだした。
「どこへ行く気だよダディ、止まれって」
「別に、いいじゃないか」
目的など無くとも、俺は娘との時間を大切にしている。
正直、身長170センチもあるマリーを背負って走ると足がふらふらになるけど。
「頑張れダディ、頑張ったらご褒美をあげる」
学園の生徒達が廊下で騒ぐ俺達に注目している。
マリーは注目を浴びることが大好きなようで、俺の背中で歓声を上げては。
「お帰りダディ」
「ただいま」
互いに声を弾ませ、俺達はいつまでも、
父と娘の幸福な時間を過ごした。
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