PNモモノ

第12話 教師兼作家兼、娘

「んだハゲ」

 お早う御座います、今日は、今晩は。

 僕の名前は火疋ひびきみおと申します、初めましての方もいらっしゃるでしょう。

 簡潔に、そして的確に僕こと火疋澪の人となりを皆さんに説明しますと。


「ミオくん、いいか、君はまず間違いなく」

「んだよ、ハゲ」

 僕は物事の真理を見抜く力に長け、僕が通う学校の学園長とは友好的に語らい合う仲です。

「ミオくん」

「っだよ、ハゲ」

 学園長室の空気は、物凄い、んー、トゥルトゥルしてますね。


 業務用の時計、黒い硬質のソファーに机、白い壁に飾られた歴代学園長の肖像。

 学園長室には迎賓用の家具一式揃っているが、至って質素なんだよな。

「私には分かるんだよ、君が私と同士であることぐらい手に取るように分かる。君は私の若い頃によく似ているからな」

 学園長は自身の干上がった頭頂部を手で弄り、自虐も辞さない覚悟で俺にその隠喩を伝える。

「んな! んっっっ、な筈ねぇだろハゲガッッ!」

「ふっふっふ、んーふーふぅー」

 その事実の裏でも取ったかのように、学園長は頭頂部を手でペチペチと叩いていた。


 正直、学園長である鹿野マサムネと俺は義理の親子に近しい関係性なんだけど。

 悔しいが、この人には多大なる恩があり、時々頭が上がらない。


 ――例えこの世界が、元居た世界と違っていても。

 俺と学園長の鹿野マサムネの関係性は相違ない様子だった。

 違いがあるとすれば、小父さんの職業は学園長ではなく、バスの運転手だった筈だが。


 学園長室とホウレン荘の共同リビングではこちらの方が金が掛かっていると思う。

「プ、ハハ、そうか、そうかそうか」

「父さんの……父、つまりは私達の祖父なのか」 

 俺の小話にマリーが軽く吹けば、ヒイロは明日から学園長を「お祖父ちゃん」と呼びそうだ。

 ホウレン荘を離れて二週間後、俺達は西日本から無事帰還出来た。

 その喜びを、娘達と共に分かち合える……これ以上の幸福が他にあってなるものか。


「ヒイロ、ある女性からお前に預かって来た物がある。せめてものプレゼントだ」

「ありがとう父さん」

 ヒイロは俺から例の雑誌を受け取ると、興味深そうに目を通していた。

「……その雑誌に載ってる人から直々に貰って来たんだ、ヒイロの知り合いか?」

「……あぁ、こいつは私の姉弟子だ」

 成る程、通りで彼女も俺のことを父と呼び――お前がヒイロの父であれば――あぁ言った訳だ。


「ところでモモノは?」

「先生だったら修羅場だと言い、部屋に籠ってる」

 修羅場? 夏コミ冬コミ? いや時期が時期だし違うな……何だろ。

 この世界は俺の知っている日本ではない、とすると全く別の同人誌即売会が在るのやもな。

 東西に分裂した現状では、西側の人間が幕張に来れる訳ないじゃないか。


 何であろうと、俺はホウレン荘に住まう彼女達『零の令嬢』の父親である。

 でも世間の父親は修羅場の娘に差し入れぐらいしてるのかな、ちょっと分からないけど。

「モモノ先生、お茶とお茶請け持って来たんだけど」

 彼女の部屋は三階建ての荘の301号室、どの部屋も1SLDKの間取りだ。

 俺はいつも掃除や何やで彼女の部屋に勝手に上がり込める父親特権を発揮していた。


「お邪魔します……これが修羅場の人間の部屋なのか」

 彼女の部屋は適度に物が散らばって、生活感が漂っている。

 まぁそんなことはどうでもいい事案がこの後で発生したんですけどね。


 彼女にお茶を持て成そうとしても、当人は作業机に張り付いていない。

 忙殺され、神経が参り、今は外で一息付いているのか? いや、それもないだろう。

 ヒイロの証言だと、モモノはこの部屋に籠りっきりの筈だし、

 修羅場の人間は一分一秒の猶予も無駄にしないだろう、気休めなんて以ての外だ。

 とすると、


 何やらその場に不穏な空気、異質な匂いに似た嫌な空気が漂っているのを鼻に感じる。

 くんくん……仄かな柑橘系の匂いが――

「っ、オマ――――――ッ!!」

 匂いがしたと思えば俺は、娘の部屋で絶叫した。


 モモノ――常士学園の普通科の常任教師で、彼女は兼業で作家もしている。

 多忙な教師業、多忙な作家業を兼ね持つには取捨選択しなければ不可能なため。

 彼女は専ら教師の方をぞんざいにし、やっつけ仕事で片付けていた。


「……お帰り、父さん」

 そのモモノ先生は修羅場を乗り越えた後、お風呂に入り。

 浴槽で意識を失って沈んでいた。

 それを目撃した俺は「オマ――――――ッ!!」と声を荒げたのだ。

「気にするな、全て私の予測範囲内だ。まぁ多少のタイムラグは合ったものの、まぁ何だな」

 ――死ぬところだった。

「死なないでっ!!」

 父親の俺は娘の溺死を防げず、思わぬトラウマになる所でした。

 

 モモノの話しを要約すると、彼女は全て計算していたらしい。

 俺達の帰還のタイミング、締め切り目前の脱稿、それらを見計らって最後はお風呂に入った。

 何でも、さすがの彼女でもお風呂に入っておかないと他人と会い辛いらしい。

「……そう言えば」

 モモノ(17歳と64ヶ月)の部屋には『著 モモノ』と印字された書籍が並べられてある。

 それも相当数、大体二十冊はあるかないか。

 やはりモモノでも自分の著作物には万感の思いが込み上げてくるのか、羨ましいな。

 

 羨ましいな、印税生活。

 邪念塗れの俺は、具体的に彼女がどれ程の印税を得ているか知りたくて。

 モモノの著作である本のタイトルを記憶し、後で累計部数を調べ計算するんだ。


「何が『そう言えば』だって?」

「う、ううん、何でも、何でもな、ないんだからね」

 ツンデレ? ヤンデレ? クーデレ? いいえエッチビデオの女優です。

 

 モモノを介抱した後自室に戻り、パソコンを使って『モモノ』で検索を掛けてみた、すると。

『――鬼才モモノが放つスペクタクル浪漫!!』

『――またまた記録を打ち立てた、鬼才モモノ(17歳と36ヶ月)の才覚に平伏せ愚民よ!!』

『――鬼才モモノ可愛いよモモノ、クンカクンカ、ペーロペロ』

 瞬時にモモノの名が東日本に轟いていることを知れた。

 さて、問題なのは彼女の生涯年収予測だけど……え? 嘘だろ嘘、こんな……ほほぉ。


「どうだ父さん、潤沢した私の収入と知名度は」

「何奴!?」

 俺は背後に忍び寄る鬼に気付けなかった、鬼と言うか女神さまモモノさまに。

「御託はいい、父さんに一つ任せたい仕事の話があるんだが、やるか、それともやらないか?」


 モモノは俺の娘でありながら俺の担任であり、また作家大先生様である。

 担任である彼女に俺は、正直、やる気の無い駄目教師だと見下している。

 作家である彼女に俺は、「大物気取りか」と、彼女の才能を妬んでいるけど。


 だけど、娘である彼女を俺は……小恥ずかしいけど、愛して、るんだよな。

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