第29話 Fin.(ひとまず)
こうして俺こと、火疋澪の
終わりは予想外の結末を迎えるのではなく、至って平凡なまま終幕したんだ。
「お前は俺?」
「……あぁ、俺は今お前の理解力を試すように観察してるが。生憎目が悪くてな、よく見えないんだ、お前の表情とか」
「気にするな」
気にするな、どうせ俺の面は泣き腫らした影響で酷いものになっているから。
哀傷を払い、娘が消えた代わりに突如として現れたそいつに、俺は追い縋った。
「どうした」
「さっきは過ちを犯したけどな、今度こそは、死んででも娘を奪い返す!」
気炎を吐き、娘への手がかりとなるであろう男の胸元に喰らい付いた。
「死んででも、か?」
「死んででもだ、死んでも娘をッ、俺の愛すべき人を取り戻すんだッ」
火疋澪を語り、目が悪いと言ったコイツは俺を凝視している。
頭の中でコイツは今何を考えているのか、痺れを切らした俺は問い質した。
「そのつもりで俺はここにやって来た」
「そのつもりだと? 一体どんなつもりだッ」
「ヒイロ先輩がな、最期にお前に会いたいと願い、そして」
――そして世界は終焉し、再誕の時を今か、今かと待ち侘びている。
「俺達の世界はもう終わりさ」
「……意味が分からない」
「お前があの世界から消え去って彼是12年は経っただろ? 世界が終焉するには十分な時間だったんだ」
世界が終焉を迎える……? なら、あの世界で生きていた俺の娘達は今――
「教えてくれ、ヒイロやマリー、チルルにモモノや、カノンは生きているのか?」
「それを言ったらお終いだ、絶望してもらっても困るから」
っ、どうしてそこで肯定も否定もしてくれない。
コイツの言い方はつまりっ。
「……ヒイロ、マリー……チルル」
「途端に無気力になったな……お前の意志に関わらず、向かってもらうぞ」
「……、いつだ?」
「出来得る限り早急に、残された猶予はもう僅かだ」
火疋澪を語る男が俺の両肩を掴むと、奴の手先から光の粒が溢れだした。
どうやら俺が向こうへ帰る時がやって来たようだ。
けれど、
「何故、12年もの間俺を放っておいたんだ?」
「理由は色々とあったようだ、お前が危険な目に遭うからとか、お前を連れ帰る方法が今の今まで見つからなかったとか、様々に。けど――世界が終末を迎えるにあたってようやくヒイロは口にしたんだ」
――最期は、父さんに看取られたい。
奴の口からヒイロの願いを聞いた俺は、涙が止まらなかった。
もう直俺はヒイロの最期を看取りに行くのだろう。
世界の終焉と共に、俺の娘は安らかな死を迎える。
ならば、と俺は思うのだ。
ならば俺も君と共にこの世を去ろう。
だから、俺から俺へ、伝えたいことがある。
「お前に頼みたいことがある、俺の娘がイザナミに連れ攫われた、何とかして彼女の平穏を守ってやって欲しい」
無責任な頼みなのは分かっている。
けれども、もう俺はこのままヒイロと共に逝こうと思うから。
「頼んだぞ、頼む、頼む……頼む――」
「……火疋澪の日常も、悲しい結果に終わったな」
こうして俺はあの世界、少しおかしい世界へと戻って行ったのだ。
* * *
「火疋、何なんだこの散々な成績は」
「ふぁい、すいません、ふぁい」
そして現在、俺は成績の最低加減プリに職員室で担任のモモノ先生からお説教を頂いているので御座います。
何が起こったかよく分からないが、此処にはあの頃と同じように、娘達との至福の一時が流れていた。ヒイロは俺に最期を看取られたいとアイツは言っていたのに、この世界に戻ってくればいつもと変わらぬ日常がゆるりと始まった。
まるで長い長い夢を見ていた気分だ。
(そう、そうだそうだったな、俺が夢で在って欲しいと願えば全てが夢になる、トゥフフ)
「何を卑屈な笑みを表に出してやがる、お前の成績がこのまま挽回されなければ、退学だってあり得るんだぞ」
「ふぁい」
だが何が悲しくて娘から学校の成績に付いてお叱りを受けないとあかんのや。
これじゃあ父親としての威厳が形無しだよ。
「何て考えてるようだが」
「おい、おいおい、アナタこそ俺が言ったこと覚えてないのかなー、他人の心を読むなっていつも言ってるでしょうに」
モモノ先生は相も変わらず先生様、兼、作家、兼、俺の娘だ。
先生としての彼女は疎ましくもあり、
作家としての彼女は夢物語と等しく、
娘としての彼女はいつまで経っても愛おしかった。
「……はぁ」
彼女は嘆息を吐くと同時に椅子を回し、俺に背を向ける。
「それと、お前の娘チルルに付いて教頭先生から話しがあるそうだ、今すぐ出頭しろ」
「りょうかーい、それと、やっぱその髪型はモモノによく似合ってると思うぞ」
三つ編みに結われた髪の毛を彼女が弄っている。
それを視界の端に捉えた俺は、ほくそ笑んだ。
しかしその後すぐに大問題が発生した。
教頭先生から阿呆な娘、チルルに付いての用件を訊かされたのだが。
――このまま行くと八枝チルルさんの将来はホームレスが妥当ですね。
「……ホームレス、か」
ホームレス……それは一種の社会問題だと思うが。
そう言えば藤実さんはホームレスの人を見ると心が締め付けられるといつか言っていたな。
今頃、藤実さんや妻夫木はどこで何をしているのだろうな。
思えば、彼女達のことも放っておけなさそうにない。
「父さん、ちょっといいか」
「あぁ、何だヒイロ」
「……少し、付き合って欲しいんだ」
チルルの将来や、妻夫木達のことで思案していると、廊下でヒイロと鉢合わせた。
ヒイロが付き合って欲しいと言い、俺をある場所まで連れて行くのだがそこは。
「……また、一緒にブランコでもしたくなったのか?」
そこは常士学園の最寄りの公園だった。
公園にはブランコ、シーソー、鉄棒に滑り台と基本的な遊具が設置されている。
「そう、父さんとブランコがしたくてな」
「いいでしょう、だけどなヒイロ」
「ん?」
彼女の深い藍色の瞳に、心を見透かされてるようで一瞬口を噤んでしまうが。
それと同時に、俺は娘の変わらぬ美貌に微笑ましい気持ちになれた。
俺だって悩みごとの一つや二つあるのはもう分かってくれているかと思う。
「無茶は止せよ」
俺が腰掛けて、ヒイロが後ろに立つ二人乘りの姿勢でブランコは動き出した。
まぁ、多少勢いはあるものの、普通の範疇かな。
「……あの時、私はお前が父親であることを疑問に感じていると言ったと思う」
「? それっていつのことでしたっけ?」
「今と同じように、西日本でお前とこうしてブランコに乗っていた時のことだ」
覚えてないか、と彼女は訊いて来る。
記憶を漁り、俺は「朧気になら」と弱弱しく応えた。
「……後悔している、お前が父親の姿勢を貫き通そうとしていたのに、心挫くようなことを言ってしまってな」
「問題ないですよ、俺は一度たりとて貴方達の父親であることを疑ったりしてないですから」
大鵬ヒイロ、学園でも屈指の寡黙系美少女である年上の彼女が、後輩である俺の娘だなんて世間的に見ればおかしいことこの上ない。だがそれはあくまで世間一般的に見ればの話しであって、俺達じゃなくとも世の中ちょっと変わった親子が居るのも想像に難くないんじゃないか。
「それも、そうだな」
「でしょ、だから俺達も気に留めることなく堂々と、父と娘で居ましょうよ」
「……ありがとう、父さん」
彼女の声で、父さんと呼ばれるのは幸せなんだ。
多幸感から頭がどうにかなる程に、それは得難いもので。
だから俺は彼女達の父親で在りたいと思うのか?
彼女達の父親であることは幸福だから……あぁ、俺は。
俺はずっと、幸せになりたかったんだ。
「所で、父さんの夢って何だ?」
夢? と言う具合に美しい娘に訊き返した。
そんなの今さら言うまでもないだろ、俺は君達の傍にずっと居たい。
ただのそれだけなんだ。
Fin.
零の令嬢 サカイヌツク @minimum
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