どこにかえる 五

 ジィー……イィー……ィィン……と、全身に震えが走る。

 雷に降られたように、轟音が鳴り響く。

 まぶたの裏に浮かんだのは、やはり私の顔。

 髪の短い、大きな瞳の、白い肌の、痩せた私。

 ほかの人形を触った時と同じように、虚空に顔だけが浮かび上がった。

 そして……。

 グルグルと、夢の記憶が眼前に巡る。

 その中に、今まで足りなかった自分の姿が、カチリカチリとはまっていく。

「あら、……じゃない、来てたんだ」と、ヨシが驚いて振り返る、かくれんぼの日。

「五石なら、……ぇには勝てないよ」なんて、ジロウがつぶやき。

「本当にヤキチって面倒よね……も、からまれてうっとうしい仲間でしょ?」と、カイリが笑う。

 ヨシの膝下で泣きはらすアマコの背中……それを撫でる手に、スっと私のものが加わり。

 クビソギの夜に、イナミよりも、誰よりも先に、夜の作場へと歩き出した。

 最後の夢にも……私が後ろで見ていたことに気がついたヨシとゲンが、ふたり揃って顔を真っ赤にしていたことも……。

 わかった……。

 わかったぞ。

 やはり人形に触れることで夢に現れたあの景色は、私の記憶であった。

 今の今まで……一番大事な私の人形に触れそこねていたばっかりに……夢の中に、ポッカリと私の記憶だけが抜け落ちていたのだ。

 じんわりと、世界がひずむ。

 あぁ、そして……。

 人形の首を切り落とそうと小刀を動かす、私の腕も、思い出した。

 やっぱり、あれは私だった……。

 クビソギは、私……。

「さわったな」

 何かが、そう言った。

 ビクンと、体が震える。

 同時に、体がボロボロと崩れ始めた。

 全身が、闇の中、四方八方に引き釣り込まれた。

 私は目を見開いた。

 だが、何も見えない。

 体が、吸い込まれる。

 夜のとばりに、私の叫びがこだました。

 私を喰らわんとしているのは、はたして私の人形であった。そいつがドンドンと、あのクマと同じように、私の時間を引っ張り込んでいくのだった。

 何かに掴まろうとする。でも、何もない。

 抗うこともできず、私はガラガラと崩れ去り、大口を開けて笑う人形へと取り込まれていった。

 そして……。

 ……蚊の飛ぶ音さえ聞こえそうなほどの、静けさがやってくる。

 蛙の声だけ、くぐもって、響き渡る。

(……助けて……)

 と、か細い声。

(あぁ、なんで、どうしてこんなことに……)

 私は、泳いだ。

 暗闇の中を、絶望の湖のうちを。

 瞬間、ズラリとみんなの顔が、私の目前に並び立った。

 リンがいた。

 ゼンタがいた。

 アマコがいた。

 ジロウがいた。

 カイリがいた。

 イチロウがいた。

 イナミがいた。

 ソウヘイがいた。

 ヤキチがいた。

 ヨシがいた。

 ゲンがいた。

 カヤがいた。

 タケマルがいた。

 闇の中、一人ひとりが浮かんでいた。

 血の気が凍る。

 みんな黙って、悲しそうに、私を見つめている。

 私は思わず目をふさごうとした。このあと何が起きるのか、知っている気がしたから。

 神社の中に、なぜみんなの人形があったか……。

 なぜ……この村に子どもがいないか……。

 もう、思い出してしまうって、思ったから。

 …………。

 ……ダメだ。

 これ以上、思い出したら……。

 取り返しが、つかない。

「やめて! スミレぇぇぇーっ!!!」

 ハッキリと、私の名前が呼ばれた。

 その瞬間、パコンと、記憶の底が割れた。

「そんな……だめ……いや、助けて……」

 シー……イィー……ーンと、音がして。

 そして。

 泣き叫ぶリンの頭に、大石が振り落とされ、頭が潰れた。

 恐れるゼンタの喉に、小刀が刺さった。

 泣いてるアマコの首に、同じ刃がズブズブと差し込まれた。

 ジロウのお腹から、ボトボトと臓物が引きずり出され、彼は叫んだ。

 首を振るカイリの舌が引き抜かれ、目がえぐれた。

 イチロウの口と目から、血がドボリと溢れ出した。

 イナミの可愛い顔が、ベロンとめくれた。

 ソウヘイの頭に、何度も石が打ち据えられ、形がなくなった。

 ヤキチの体は、階段の下、血を流して横たわっていた。

 お願い! と、叫んでいるヨシの腕は、後ろ手に縛られていて……そして、顔が縦に真っ二つに、ゆっくりと刃を押し込むようにして、切り裂かれた。

 信じがたいほど歪んだゲンの表情には、だけど傷はない。顔だけが、無事に残されていた。

 お腹の子はやめて……と、哀願するカヤのお腹から、剣の先端が、ズブズブと顔を出した。

 タケマルはそのかたわらで、顎を砕かれて、事切れていた。

 唐突な景色の変化に、私は全身、逆立った。

 血まみれの記憶が、牙をむいた。

 そして……私は……。

 人形に触れたとき、ぶわりと浮かんだ、私の顔。

 向かい合う、

 やがてみんなの顔が血にまみれ、死の赤色に染め上がる。

 それらを眼下に、鏡の中の私の顔は、私の知らない誰かの表情へと、おぞましいほどグネリと引きつり、笑ってみせた。

 血まみれの顔で、蛙のように鳴いたのだ。

 みんなを殺して、笑ったんだ。

 …………………。

「やめて……おねがい……たすけてぇ……スミ……レ……ぇ……」と、カヤの声。

 残響が、幾度も、幾度も……。

 …………。

 ……思い……出した……。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る