がまがえる 六

「うーん……人形の首をねぇ……」背の高いタケマルが、高いところにある顔の、その口元を苦虫を噛み潰したみたいに笑わせる。「そっちでも見つかってんのか」

「え、どういうこと?」カヤが聞く。一人だけ毛布をかぶっているあたり、また体調が悪いのかもしれない。

「いや、それが森の中でな」タケマルはアゴをかく。「俺とおっとうで木を取りに行ってたらよう、人形の頭が落ちてたんだ」

「うそぉ……」と、ガッカリしたような顔のヨシ。「またぁ?」

 ヨシが走り去ったあの時から、幾分いくぶん時間が経ったようで、もう空は橙色に変わっていく頃だった。場所は見たことのない部屋の中。屋内もすでにかなり暗いが、囲炉裏には火が点っていて、夕日と炎が両側からみんなの顔を赤く染めている。

 みんな……と言ってもゲンはいないのか。ちょっと残念。それにヤキチと、リンもいない。

「うーん、そうかそうか、人形の首がねぇ」その場にどかっと腰を下ろしたタケマルは、そのまま腕を組んで天井を見上げる。「……こりゃあ妖怪が出たな」

「え、妖怪?」イナミが肩を抱いて、だけど笑って身震いする。「なにそれ?」

「クビソギっつう妖怪だよ、知らないか?」声色を神妙にしながら、タケマルはニカッと笑う。「ヌマの向こうの、おっかない妖怪さ」

「ヌマのむこう?」ソウヘイが、首をひねる。

「そうさ……合戦で首を取られたお侍がよ、俺の首を返せって彷徨さまよってんだ……そんで腰に差した刀で、死体の首を切り取って自分の首とすげ替えちまうんだが、こりゃ多分ゲンの人形の出来が良すぎて勘違いしたんだな」

「うぇー……」イナミとカイリが、カヤの両肩に擦り寄るのを、カヤは両手で抱き寄せる。イチロウと、いつの間にか戻ってきていたソウヘイもまた唾を飲んだ。

「だから自分の首と人形の首じゃ合わねえってことに気が付いて、捨てたってわけだな」それを見て面白くなったか、いよいよ脅かすようにタケマルは続ける。「肝心なのはよ、クビソギは動かない人間の首しか取らねえのさ。なんてったって首がないからな、ものが見えないのさ」

「う、うん」怖さと好奇心の狭間にいるらしきソウヘイが、複雑な表情でうなずく。年の若い子ども組はみんな、興味津々に怖がっているようだ。

 しかし、ヨシとカヤはふたり揃って、なんだか呆れたように顔を見合わせて笑っている。

「クビソギは目が見えない。だからペタペタものを触って、顔かどうかを確かめるんだよ」タケマルはちょうど顔が暗くなる位置に首を移動して、声をいっそう低くする。「だから寝てるとき、誰かが顔を触ってきたら……」

「やめてよそういうこと言うの……」カイリが半泣きでカヤに抱きつく。彼女はどうやら真剣に怖がっているらしい。「また夜ねられなくなっちゃうよ」

「うーん……ジロウの推理が正しかったとすると、アマコはもうすぐクビソギとばったり出くわしちまう寸前だったってことだな」

 タケマルの指摘に、アマコの顔が凍りつく。「え……?」

「クビソギはおっかねえぞぉ……クビソギに首取られたやつは一生そのまんまで生きてかなきゃならねえからな」タケマルの悪ノリは続く。

「え、死ぬんじゃないの?」と、聞いたのはジロウ。

「あぁ、死ねねえんだ」タケマルはうなずく。「喉も乾いて、飯も食えないまま、腐ってクビソギが新しい首に代えたいと思うまでずっとそのまんまよ。だから、夜になるとよう……山ん中から首を取られた、可哀想な誰かの声が聴こえてくるんだ……タスケテクレェー!!!」

 タケマルが急に叫んだのに反応して、女の子たちは「きゃー!!?」と叫んでカヤとヨシにしがみつき、男の子たちは声は出さずともビクンと肩を縮こまらせた。

 見る限り一番怖がっていたのは、ヨシの背中から顔を離せなくなったアマコと、兄のクセにジロウに後ろから抱きついたイチロウだろうか。逆に最も怖がらなかったのはゼンタである。どうやらこの話自体、全くしっくりきていないようだ。

「ちょっとタケマル兄……」ヨシがムッと、彼を睨む。「やりすぎでしょ」

「おう、だから一人で寝るのは止めたほうがいいぜ」いつもの軽い感じに戻って肩をすくめたタケマルは、ふわーっと眠たそうにアクビをする。「今夜は集まって寝な。俺から親っどさんたちには言っとくからよ」

「わーい」先までの怯えはどこへやら、みんな無邪気に盛り上がる。

「じゃあさじゃあさ、明かり持ってっていいの?」

「わたし、かるたしたい!」

「五石は?」

 口々に盛り上がるみんなを、ヨシが諌める。「あのねぇ……ちゃんと早く寝ないとダメに決まってるでしょ」

「えー」

「文句言わない!」

「はーい」

「ははは、てなわけで、お前ら先に体洗ってきな。俺らはちょっと話があるんだ」そう言ってタケマルは、ヨシとカヤに意味ありげに目配せをする。二人も心得ていたようにあっさりと頷いた。

「え、なになに?」興味津々に、イナミが聞く。

「ないしょ」答えたのはカヤだった。「ごめんね、ちょっと大事な話なの」

「んだよ、あやしいな」ソウヘイが文句ありげに口を尖らせる。

「いいから戻ってなさいっての」ヨシがソウヘイとイチロウのえりを引っ張る。「さあさあ、帰った帰った」

「はーい」と、空気を読んだカイリがゼンタを引っ張っていくのに合わせて、全員がワイワイガヤガヤといなくなる。

 囲炉裏の音がパチパチと響く中、残った三人の年長組は、まるで誰か隠れているのではないかと確認するようにあたりを見回したのだが、示し合わせたように同じ向きを順番に見ていたのには笑ってしまった。当人たちもそれがおかしかったのか、顔を見合わせてクスッと笑う。

「で、タケマル兄、なんであんな縁起でもないこと言うのよ」と、すぐに真面目な顔に戻ったヨシが、その場に腰を落ち着ける。

「……誰かがやったより、妖怪がやったってことにした方が平和だろ」意外にもふざけずに、タケマルは答える。「犯人探しなんて後味わりいよ」

「でも、誰かがやったんだとしたら、ちゃんと見つけないとダメでしょ」

「だから、それに子どもらを混ぜるのはちょっと考えたほうがいいかもしれんってことよ。もしかしたら、本当にロクな話じゃないかもしらんし」

「それにしてもなんであんな怖がらせるのよ」ヨシがもう一突っつき。「アマコは夜泣きする子なのよ?」

「それはあれだ、万が一のためだ」タケマルは答える。「もしかしたら、秘密にしたほうがいいってこともあるかもわかんねえじゃん。そういう時に、妖怪のせいにするのって便利だろ」

「イタズラで済む話じゃないものね」なんだか残念そうに、カヤは肩を落とす。「本当に妖怪だったらいいのに」

「うーん……そうか」ヨシはどうやら納得したようで、二三回頷く。「わかったわ。で、何か心当たりとか、ある?」

 その問いに、タケマルもカヤも首を振る。

「……だよね」と、ヨシ。

「やりそうなやつは一人だけ知ってるけどさ……」と、タケマル。「あれだ、ほら……最近ヤキチって一人でウロチョロしてるよな?」

「え、ヤキチが?」カヤが振り返る。

「ま、それだけで怪しむのはちょっとアレだけどな……」

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