がまがえる 五

 場所はまたしてもゲンの作業場の中。ジロウが一心にさっきの女の子の人形を見つめている周りを、女の子たちが囲うように座って見守っている。イチロウとゼンタは見当たらないが、外の方から笑い声は聞こえてくるあたり、どこか近くで遊んでいるようだ。

「うん、やっぱり、切られてる」ジロウは確信を持って、そう言った。

「……そうなの?」と、ジロウの肩ごしにそれを見ていたイナミが聞く。

「だってほら、ここのところとか……」と、ジロウが手で示したのは、人形の首のちょうど断面のところ。「こんなにまっすぐ平らになってるのは変だよ。自然に折れたんなら、もっとでこぼこになるはずだもん」

「うーん、そういうものなの?」カイリは首をかしげる。

「言われてみれば……そうね」しみじみと、ヨシはうなずいた。「あせってて気がつかなかったなぁ」

「で、でも……折れたのは、わたしが持ち上げたからだし……」流石もさすがに涙も枯れて、涙の跡が頬に残るだけとなったアマコが、いつも通りに元気なくつぶやく。

「うーん……ねぇ、ゲン兄?」

 ジロウに呼びかけられたゲンは、作業場の壁に寄りかかって居眠りするように垂れていた頭を上げた。「ん?」

「この人形……作りかけじゃないよね?」

 そう問われたゲンは、また表情の変わらない顔に目を瞬かせて、当然のようにうなずいた。「うん」

「はぁ?」と、呆れたのはヨシである。「あんた、さっきはこれが作りかけとか言ってなかった?」

「ん? んー……そうだっけ」ゲンはそう答える。「あの引き出しに入ってたって言われたから、作りかけのやつがあったのかと思ったけど、今見たら、それ、できあがってるやつだね」

「なにそれ、バっっカみたい」カイリとイナミが、顔を見合わせて笑う。「それくらいおぼえててよ」

「ねー」

 みんながゲンに呆れる中、ただ一人アマコだけが、不安げな面持ちで下を向く。「そ、それじゃあ……どうして、これがあそこにあったの?」

「間違えたんじゃないの?」と、どうやら気合の抜けてしまったらしきヨシが、ダラっと体をのけぞらせて、笑う。

「そ、そんなはずはないもの……だって……げ、ゲン兄ちゃん?」と、アマコが身を乗り出して、ゲンの方を見た。

 呼ばれたゲンは、無言で頭をあげる。

「あ、えっと……」モジモジと、アマコは続ける。「ゲン兄ちゃんって、できあがった人形、あそこにいれないよね?」

「んー……」ゲンは考え事をしているみたいに唸りながら、ゆっくりとうなずいた。

「どうして?」カイリが聞く。

「人形って、だってわたしがおじさんに返してもらったの、そこにならべてるから……」と、アマコは人形が並ぶ棚を指さした。

「あぁ、そっか」ヨシが、姿勢を正して座り直す。「そうだよね、ゲンって人形できたら一回一回見てもらってるんだもんね」

「見せ忘れたんじゃないの?」と、イナミが聞く。

「……ぜったいない」ゲンの代わりに、アマコが答える。「ゲン兄ちゃん、そういうのは忘れないもの……」

「でも、今は忘れてたよ?」カイリが突っ込む。

「そ、そうだけど……」アマコは困ったように、目を伏せる。「でも、見せるのは忘れないよ……」

「どっちにしても、首が切られてるのが変なんだよ」ジロウが話を戻す。「わざわざ首を切り取るなんて、だれがこんなこと……」

「……ねえ、ほんとにこれってだれかがやったことなの?」また、イナミが聞いた。

「うん」ジロウの自信は、揺るがない。

 カイリは確認するようにヨシの顔を見る。ヨシも、難しい表情で頷いた。

「……こんないたずら、だれかがしたってこと?」カイリの表情が、曇った。「ひどい……」

「うん……」ヨシは厳しい表情を崩さず、ため息をつく。「どう考えたってまちがってやっちゃったとかじゃないもんね……これ、本当に良くないなぁ」

「よくないって?」イマイチことの深刻さに気がついていないイナミが、寝転んでヨシを見上げた。

 そのイナミの前髪を払いながら、ヨシはため息。「だって……もし私たちの誰かがこれやったんだとしたら、ちょっとイタズラが過ぎてるよ」

「俺は気にしてないよ」珍しくゲンから口を開く。「できあがったやつは、どうでもいいんだ」

「そういう問題じゃないのよ!」ヨシは眉毛を八の字にしてゲンを振り返った。「人のものをわざと壊すなんて、いいことなわけないでしょ」

「ふーん……」

「とにかく!」ヨシは毅然と立ち上がって、今度は眉を逆八の字に逆立てる。「私、他のみんな探して、心当たりがないか聞いてくる!」

「あ、私も行く!」と、颯爽と作業場を飛び出していったヨシを、イナミが追いかけていく。イチロウとゼンタが何やら笑い合う声が、外で響いていた。

 みんながその後をなんとなく見送ってから、改めて顔を見合わせたとき、この場所がさっきよりも随分と広く、静かになったように感じた。

 残っているのは、ジロウ、アマコ、カイリと、ゲン。アマコはヨシがいなくなって急に心細くなったのか、カイリの横にすっと移動する。

「……なんであの引き出しにこれが入ってたんだろう」ぼそっと、ジロウが呟く。

 自然とみんながジロウを見た。

 彼はポッチャリとした腕を組んで、今は輪の真ん中に転がる人形をまじまじと見つめる。「うーん……やっぱり変だよ……外にあった方は完全に首切れてたのに、こっちはなんだか、切ってるとちゅうみたいだ」

「とちゅうねぇ」カイリがポカンと、上を向いて、歌いだす。「まだまだだめよー、だめなのよー、もうちょっとだけ、まっててねー……」

「あ、ねぇ、アマコ?」変な歌をさえぎるように、ジロウがアマコに話しかける。「ここにそうじに来たとき、誰かいたとか……なんか変わったところがあったとか、そういうの、ない?」

「えっと……わかんない」と、アマコ。先から発言するたびに、いちいちゲンの顔色を伺うのだが、いつまで気にしてるつもりだろう。「引き出しがちょっとあいてただけだったけど……ここに来たとき、まだねむくって……」

「そんな朝早くにそうじしてたの?」カイリが聞く。「あれ、でも人形見つけたのって、私とヨシ姉のところ来るちょっと前でしょ?」

「うん……引き出しがあいてるのに気がついたの、けっこうしてからだったから……」アマコは答える。

「……そうじってそんなに時間かかるの?」ちょっと驚いた風な顔で、ジロウはアマコの顔を見た。

「えっと、木のくず集めて、布でまいてキョウヘイおじさんのところに持って行って、ゆかふいて、人形もひとつひとつ毎日きれいにしないといけないから……」

「え、人形っていっつもそうじしてるの!?」棚に並ぶ人形を指さしながら、キャンキャンとカイリが叫ぶ。「うわめんっっどくさー……アマコ、えらいねぇ」

 照れたのか困ったのか、アマコは膝に顔をうずめる。「わ、わたし、だって大人になったらそういうのしないといけないから、今のうちに練習しておきなさいってお母さんに……」

「でも、別にそんな早起きすることないんじゃないの?」と、ジロウ。「人形のほこり払いなら、ゲン兄がいてもできるんじゃあ……」

「それじゃあ私、じゃまになっちゃうよ……」

 カイリがゲンを、何か言いたげに目を細くして睨みつけるが、ゲンは全く無反応。ただ顎を手のひらに乗せて、ぼんやりと年下三人の会話を眺めているだけである。ここで「邪魔なんかじゃないよ」とか言ってあげれば、アマコは無理して早起きする必要もなくなるというのに、薄情なものである。もしかしたら、今この場で歳下の三人が話していることさえ邪魔と感じているのかもしれない。

 表情の変わらない綺麗な顔が、少しだけ不気味に思えた。さっきからゲンの言ってることには一貫性がないのも気になる。

 見つめると飲み込まれそうになるほど黒い瞳は、未だに彼の感情を一つも映してはいないのだ。

 ……何か嘘をついているのかもしれない。

 そんな疑問が、ふと頭をかすめたのはこの時だった。

「うーん、でもそっか、じゃあやっぱりそういうことかも……」ジロウは一人納得顔で首を縦に振る。

「なにが?」と、カイリ。

「まだ何もわからないけど……人形の首って、きっとこの場所で切ってたんじゃないかな……」視線をチラチラと散らしながら、ジロウは説明する。「えっと、つまり、朝早くここで人形の首を切ってたらアマコがそうじに来たから、あわててこの引き出しにつっこんで逃げたのかもしれない……かなって」

 ほぉーっと、その推理に少し感心した。ジロウは本当に頭がいいらしい。

「あー……なるほど」カイリもうなずく。「でも、なんでそんなことしてたの?」

「それはわかんないけど……だから、ほら……その」と、ジロウは急にたじたじと目を泳がせながら、アマコに語りかける。「アマコはやっぱり悪くないって……思うんだけど」

 ジロウの言葉に、ハッとした。そういえばそういう話だったか。どうして人形の首が取れていたかを気にするあまりに、アマコがさっき大泣きしていたことを忘れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る