どこにかえる 七

 私は、叫んだ。

 弁解の言葉も何もなく、謝罪の言葉さえ吐き出せず、ただ悲鳴をあげた。

 じわじわと、今まで私をむしばみ続けてきた恐怖が、タツミさんの出現に際し、ついに最高潮を迎え弾けとんだ。

 ……殺される……っ!

 私は駆け出した。

 脅すように並ぶ人形の棚の間へと、無我夢中で飛び込んだ。

 走る私の背中から、獣のようなタツミさんの叫びが、神社の闇を引き裂いた。

「スミレえええええええええええ!!!!!!」

 総毛立つ。

 さっきまで……自分に死ねよと言っていた私は、瞬く間もなく消え去った。

 獣に襲われた時の、そのままの恐怖が、また私を支配していた。

 ここで命が終わってしまう……今からとても痛い目に遭う……。

 そんなの、嫌だ!

「逃げるなぁっ……!!」タツミさんの足音が、ドスドスと追いかけてくる。「お前だ……お前がやったのだろう!! そうだろうっ!!?」

 いやだ!

 いやだいやだいやだ!

「俺は騙されんぞスミレ……お前は、スミレだろう!? 俺の……大事なカヤを奪った……村の子たちを皆殺した、スミレだ、そうだろうっ!!? この鬼きめ!!! やはりお前は妖怪であったのだ!!!!」

 う……うあぁぁ……。

「俺は忘れんぞ……その髪を、その態度を……お前の言葉を……っ!」

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。

「お前は……俺の……娘を……っ……おぉ……!!!!」

 私は真っ直ぐに、駆け抜けた。

 行き止まる前に、左へ逃げた。

 また行き止まって、右に折れた。

 曲がった。

 見下ろす呪いの人形たちに、タツミさんに追い立てられて、グルグルと神社の中を逃げ回った。

 左へ。

 右へ。

 左へ。

 左へ。

 右へ……。

 無限に続く人形の間を、裸足のままさまよい続けた。

 はやる気持ちより、速く走った。

 泣きながら、逃げ回った。

 だけど……。

 どういうわけか、私はそこから抜け出せなかった。

 どこまで行っても、果てることなく、人形たちは私を見下ろしていた。

 責めるように、睨んでいた。

 私を、呪っていた。

 暗いはずの拝殿の中、だけどふだの貼られた人形だけ、なぜかくっきりと浮き出たまま、いつまでもそれは私を囲い込んでいた。

 深まる闇の中、光へと逃げ出しても、そこにあるのはやはり、恐ろしい獣の首。

 蛙石。

 ぶつかりそうになって、慌てて曲がる。

 後ろからは、世にも恐ろしき息遣いが、だんだんと近くに迫ってくる。

 いつ捕まるともわからない。

 この足で、子どもの体で、逃げられるわけがない。

 そう考えると、冷静に、どちらに曲がればいいかなんて考えられなかった。

 ともかく、走り続けることしかできなかった。

 闇に飛び込んで、行き止まって、また折れて……。

 もう一生、ここから出られない……そんな風に宣告された心地がして、私は我知らずコハクマルの名前を呼んでいた。

 だから……こんなところ、来なければ良かったって……思ってたのに……。

 う……。

 うあぁぁぁ……。

 走れば走るほど、体を引き裂いてあふれんばかりの恐怖が私を満たしていく。

 一歩一歩から、地鳴りのような振動が響いてくる。

 死にたくない……その痛烈な願いが、私をどこまでも恐れさせる。

 あぁ、そして……。

 恐れば恐るほど……みんなの死が……こんなにも深く……。

 恐怖がそのまま……リンの、ゼンタの、アマコの、ジロウの、カイリの、イチロウの、イナミの、ソウヘイの、ヤキチの、ヨシの、ゲンの、カヤの、タケマルの……みんなの苦しみと、重なって……。

 みんなを殺してしまった私が、いかに罪深いかがわかっていく。

 私は責められていた。

 痛みが、恐怖が、そのまま私の罪だった。

 こんな……。

 こんなに辛い思いがあって良いのか?

 こんなにも惨めな気持ちが、ありえるのか?

 だって、こんなの、ひどすぎる……っ。

 生きたいと願うのは辛いことだ。罪悪感はもっとやりきれない。

 これが私の……私の罪……私の罪だと……でも、だって……。

 あ、あんまりだ、こんなこと……こんな痛み、こんな不愉快、今までどこにもなかったじゃないか……。

 体がヘタりかけていた。

 タッタ一人神社を上ってきた足が、体力が、もう、限界に近かった。

 逃げることが、辛かった。

 あぁ、もう、立ち止まってしまいたい……。

 だって、私は悪い子だったんだから……ひどい目にあっても当然かもしれないじゃないか……。

 そうしたら……きっと、タツミさんは、あの刀で……。

 股の間に、緊張が走る。

 ……無理だ。

 止まれない。

 死にたくなんて、ない……。

 いやだ……こんなの……。

 死にたくない。

 死にたくないよぉ……。

 あぁ……きっと……みんなもこんな気持ちだったんだろう……。

 ……それなのに、それでも殺されてしまったんだろう……。

 彼らの味わった気持ちとは……このまま私が殺されること、そのものだから……。

 なんて嫌な死に方。

 それを……私が……。

 恐怖がいよいよ私を人殺しと責め立てる。

 生きようとする意志が、そのまま今は、罰になる。

 でも、こんなの……。

 何かが……おかしい……って……。

 ガタっと、何かに足を取られる。

 ズルリと滑って、その場に転ぶ。

 赤い光に、涙がにじむ。

 絶望が、はっきりと目に映り……。

 そして……。

 私は、足を掴まれた。

 大きな手が、力強い腕が、私に届いた。

 ……ひっ……ひぃいいい!!!?

 悲鳴を上げる隙間もなく。

 タツミさんの拳が、顔を打ち据える。

 頭が床に跳ね、衝撃がつま先まで響き渡り、全身から逃げる力が失われていく。

 う……うあぁ……。

 よろめいた私の右腕を掴む、太い腕。

 脇に抱えて、力を絞る。

 そして……。

 ミシミシっと、嫌な音がした。

 ドクンと、狂った鼓動が、大きく一つ。

 だ……ダメ……ぇ……。

 やめてぇ……。

 ピキ……ピキッ……。

 バキッ。

 私はまた悲鳴を上げた。

 今日一番の、金切り声だった。

 あ……あぁ……っ!!?

 すぐに、左の腕も掴まれる。

 い……いやぁ……。

 ミシ……ギシリ……。

 ボキッ。

 ……ーーーーーッッッ!!!!!??

 う、うあ、うあぁあ……!!!?

 あっ……あぁ……。

 な、なんだ、い、痛い!!? ……っ!? 痛いのか? なんだ?

 わからない、ズキズキしている、砕けている。

 もう、何が何だかわからない。

 とにかく、たまらない。

 苦しい。

 辛い。

 痛い!

 う、お、おえぇ……。

 腕が……腕があぁ……。

 ……折られた……へし折られた……。

 肘のところで、ありえない方向へ、ひねり曲がっている。

 それがわかる。

 ジンジンと、血が脈打っている。

 体が震える。

 い、いたいよぉ……。

 ひどい……こんなの……。

 腹に、圧力。

 息が詰まり、喉が潰れる。

 ひっ……。

「捕まえたぞ、スミレぇ……」

 のしかかる、タツミさん。

 その悪鬼のような相貌が、揺れる火の灯りに照らされて、私を見下ろしていた。

 長い髪を振り乱して、おでこに黒く貼り付けて……。

 ガクガクと、足が震える。

 あ……あ……と、声が漏れる。

「殺す……殺してやる……うぅ……!!」

 ぼたぼたと、汚れた汗が顔に落ちる。

 毒のように、私をおかす。

「あぁ……あはは……こ、この時を……待っていたぞ……ずっと……ずっと……」

 股が、熱い。

 振り払おうと踏ん張っても、折れた腕はズキズキと痺れるばかり。

「シズとギンジにも……子を失う痛みを……教えてやるのだ……っ……」

 あぁ……あぁ……。

 私…………。

 死ぬんだ。

 今度こそ、本当に、死んじゃうんだ。

 誰か、助けてぇ……。

 私は待った。今までのように、ギリギリのところで私を助けてくれる何かを。

 呪われた神社の中で。

 自分の足で下ったことのない、階段の先で。

 作法を忘れて入ったであろう、拝殿の中で。

 あぁ……タタリ神さま。

 これは、罰ですか?

 これがタタリですか?

 これがあなたの……わざですか?

 タツミさんの拳が、振り上げられ。

 私は恐れのあまりに、目を閉じて。

 手に握る刀の柄が、顔に打ちえられる。

 嵐のように、襲ってくる。

 鼻が曲がり、血の匂いが溢れ、まぶたが破ける。

 こんなの……。

 殴られながら、泣きながら、私は何かを否定するように首を振っていた。

 あの日、おばあさんの屋敷で目覚めてから、今に至るまでの私が……私の知っている私が、必死で違うと叫んでいた。

 こんなの……おかしいよ……。

 だって……。

 タツミさんの暴力は止むことを知らず、胸が、喉が、折れた腕が、乱暴に砕かれていく。

 痛いなんて……ものじゃなかった。

 あぁ、きっと、殺される。

 ひどいよ……。

 私は……私は、でも……。

 ……みんなを殺し、笑っていた私は、確かにこうやって死ぬべきかもしれない。

 罪を背負って、罪悪感の中、恐怖の中、苦しんで死ぬのがお似合いかも知れない。

 それがつぐないになるかもしれない。

 事実、タツミさんはそれを成そうとしている。

 彼は……私に娘を、殺されたのだ。

 想像を絶する痛みと恐怖の中で、カヤは死んだ。なんのいわれもなく、不幸なままで……。

 それを悲しまない親なんていない。呪わない父親なんていない。

 その恨みを、どうして私が否定できよう。

 ……でも……だけど……。

 私だって……カヤが死んだこと……みんなが死んだこと……悲しいのに……。


 あぁ、誰か……。


 本当に……今の私が悪いのですか?


 私が、この痛みを背負うべきなのですか?


 覚えていないことで罰せられたくないというのは……ワガママなのですか?


 何も思い出せていないのに。


 私だって、悲しいのに。


 それでもこの痛みは、私のものなんですか?


 誰かぁ……答えてください……。


 右目に、尖った柄が振り落ちて、バチンと音がしたとたん、何も見えなくなった。

 う……うあぁ……。

 痛い、いたいよぉ……。

 体が燃えてるよぉ……。

 私は……何もまだ、思い出せていない……。

 みんなを殺した理由なんて、私のどこにも、ない……。

 それなのに、恨まれて、自分を責めて、祈られずに……こんなに苦しく……。

 本当に……私はこんな目に、あわなくちゃいけない人なんでしょうか?

 私が……何も知らない私が、なぜ、こんなにも罪の意識にさいなまれて、業を背負って死ななければならないなんて……あぁ……。

 ならせめて、思い出させてくださいよ……。

 仕方がないって思わせてよ……。

 人を殺しておいて……それを忘れたから、許してなんて、虫がよすぎるのかもしれないけれど……でも……。

 それでも何か、おかしいよ……。

 お願い。

 理由を、教えて。

 動機を、教えて。

 おしえて……。

 ねぇ……。

 死にたくないと、思うだけでも辛いのに。

 殴られる痛みだけでも、心臓が止まりそうなほどなのに。

 ごめんなさいと繰り返す、心の痛みまで、私のものか。

 ……あぁ…………。

 それもこれも……私のせいなのか……。

 …………。

 ……………………。

 いや、違う。

 私じゃない。

 やっぱり、私じゃない。

 私だって、みんなの死は悲しい。

 私だって、弔いたい。

 私だって……そう思っているのに……。

 クニミツさんは、罪は人の心に成るものだと言っていた。

 まだ私の心に、罪なんて……成っていないじゃないか……。

 だけど……。

 ……だけど、罪の意識ばかりが、なぜか生きたいという気持ちと重なって……。

 あぁ、こんなの……。

 タツミさんは、殺そうとしている。

 誰を?

 私を?

 私って、誰?

 記憶を失う前の私?

 罪を犯した私?

 今、罪を感じ、恐怖に震える心は、いったい誰のもの?

 みんなを殺した、スミレ?

 違う。

 ここにいるのは、未だ何一つ思い出せていない、ちっぽけで、無邪気で、向う見ずな子どもの私だけだ……。

 またここで……幼い命が、散ろうとしているだけなんだ……。

 死にたくないよぉ。

 私は、悪くないよぉ。

 本当に、何も思い出せないんだよぉ……。

 うえぇぇ……ん。 

 いつしか暴力が終わり、平らになった私をまたいで立ち上がったタツミさんは、そのまま私の、軋む足を持ち上げた。

 ぐっと、股を開かされる。

 いつかのように。

 カヤのように。

 ヒクヒクと、壊れかけの喉が震える。

 真っ赤に燃える顔をゴトリとひねり、閉じなくなった左目を、そちらに向けた。

 タツミさんは、刀を構えている。

 ……私に、カヤが殺されたのと同じことをしようとしている。

 前の時と、同じように……。

 ひ……。

 ひぃいぃ……。

 誰かぁ……助けてぇ……。

 刃が、チクリと触れる。

 …………。

 なんて……。

 なんて、最悪な気分だろう。

 カヤもこんな気持ちだったのだとしたら……あぁ、やはり私の罪は重い……。

 こんな気持ちを……。

 たまらなさを……。

 おぞましさを……。

 リンは、ゼンタは、アマコは、ジロウは、カイリは、イチロウは、イナミは、ソウヘイは、ヤキチは、ヨシは、ゲンは、カヤは、タケマルは……。

 私は……。

 あぁ……いやだ……。

 誰かぁ……。

 恐怖に悶えたその刹那に、刀が突き立てられるその直前に、私は息を止めた。

 恐らくは……あの刀が、私のそこに突き刺さるまでの一瞬。

 早鐘を打ち尽くす、鼓動と鼓動の狭間の時間。

 どこまでも時間がゆっくりと流れ出し、ただ、不思議と蛙の鳴き声だけが、変わらぬ速さで響いている、そんな闇の中で。

 足を持ち上げられたまま、体を反らした私の目に映ったもの……。

 それは、逆さまの獣の首。

 私を食らおうとした、クマの首。

 そして……その上にあるのは……。

 タタリ神さまの、蛙石。



 ………………これがタタリか………………。


 

 ……この気持ちが、タタリなのか……。



 思い出せないこと、そのものが……。



 ふわっと、胸の奥で、力が抜ける。

 全てが理解され、答えが頭の中に、降り落ちた。

 あぁ……そういうことか。

 なぜ……私が記憶を失っているか、わかった。

 これはタタリなんだ。

 これがタタリなんだ。

 タタリ神さまの村の、大切な子どもたちを鏖殺おうさつした私に降りかかった……タタリ。

 あは。

 はははははは……。

 そうか……それで……私は、あんなに穏やかな気持ちで目が覚めて……。

 全ては、タタリ神さまの計画。

 私はきっと、あの日、生まれ変わったのだ。

 生まれ変わって、人の優しさに触れ、誰かを頼って、襲われる怖さを覚えて、出会いと別れの辛さを経験して……夢という形で、しっかりとみんなのことだけ教えられて……何となく愛着を覚えさせて……。

 あぁ……だから……。

 村の子どもを皆殺しておいて、それでも笑えてしまうくらいに愚かで残酷だった私に、獣を通して命の意味を教え込んだのも、今、この時のためなんですね……?

 死ぬような思いを経て、クニミツさんの話を聞いて……優しさが芽生え、命の意味を知り、全ての下地が整ったこの夜に、私をこの場所へといざなった。

 罪の重さだけを、正確に私に植え付けた。

 かつて私ならば感じ得なかったであろう罪悪感に、私を落とし込んだ。

 それでいて無垢を奪わず、無罪を損なわず、悲痛さを一滴たりとも取りこぼさずに……。

 そのための、記憶喪失だったんだ。

 だから、こんなにも辛いんだ。

 自分のものとは思えないのに、自分のものでしかありえない罪にさいなまれながら……罪にふさわしいだけの極限の痛みを、この世の誰よりも理不尽に身に受ける……。

 タツミさんもまた……最も私が辛い時に、この場に召喚されたのだろう。

 彼は……私の腕を折った。

 それは、抵抗をさせないため。

 つまりは……彼は、私の股に刀を突き立てるだけで、終わらせるつもりはないということ。

 きっとみんなの分も、できる限り私にも思い知らせるつもりだろう。

 目をくり抜いて、肌を削いで、舌を切って、顔を割って、腹から臓物をほじくり出すんだろう。

 私にゆっくりと、みんなの痛みを与えるのだろう。

 彼は……そういう人なんだ……。

 だからタタリ神さまに、復讐する機会を与えられた。

 じゃあ、これから私は……。

 それら、全てを……。

 この体に……。



 ぐ……。



 おえぇぇ……。



 あぁ、この恐怖のためだけに、私はみんなの死に様だけ思い出したのか。

 今から何をされるかわかっていて、それに抗えないこの、たまらない悪夢のために……。

 う……うあぁ……なんて……。

 なんて恐ろしい、タタリ神さま。

 なんて……なんて完璧な……なんて鋭利で……一縷いちるの無駄もなく、罪と真っ直ぐに向かい合った罰なんだろう。

 そして……なんと理不尽で、無機質で、残酷な暴力なのだろう。

 今の私が知りうる、全ての痛みが、ここにある。

 罪が人の心に成るものであるならば……罰は結局痛みでしかない。

 だれが悪いか……私に罪があるとか、そういうことじゃないんだ。

 ただの、タタリなんだ……。

 だから私は、こんなにも苦しい。

 タタリ神さまはこの私に、身に余る罪悪感と、無垢の子どもが死んでいく恐怖のどちらをも与えるつもりだ。

 これが、タタリ。

 この世で最も鋭く罪をえぐる報復の刃にして、最も不条理な悪鬼のわざ

 今私は、私の悪の、全ての因果を身に受けて、それでいて罪なき子として殺されようとしている。

 こんなにも恐ろしい罰があろうか。

 こんなにも完璧な痛みがあろうか。

 あぁ……全部、わかった。

 初めから、誰も裁かれてなんていないんだ……。

 最初から……ただ私に痛みを与える、そのためだけのタタリだったんだ。

 私はあの屋敷で目覚めてから……この神社へと至るまで、一寸の無駄もなくこの日の苦痛の準備をしていたに過ぎなかった……おばあさんもマキさんも、このタツミさんでさえ、全てはタタリの手の中に……。

 恐ろしい、タタリ神さまのわざのうちに……。

 これが……村の子どもたちを皆殺した、私への罰。

 わざわざ罪を消しておいて……報いだけを……与えた……。

 そうなん……ですね……?

 ゲコッ……。

 蛙が鳴く。

 闇に、響く。

 ごめんね……コハクマル……。

 待っててって……言ってくれたのに……私は、こんな様で……。

 きっとコハクマルも……私の未練のためだけに、この村に……あぁ、きっとそうだ。

 だって……今私は……こんなにも……あなたが恋しいのだから……。

 あなたに会えなくなるのが、辛いんだから。

 みんなもきっと、こんなきもちで、死んでいったんだね……。

 やがて、タツミさんの刀が、肉に突き刺さる。

 全身に、針を通されたかのような硬直が走る。

 ゆっくりと鉄の刃が裂け目を広げ、冷たい痛みが、体を剥いた。

 そこから体が、ねじれていくようだった。

 ズブ……ズブブ……。

 ひっ……ひぃ……。

 ……ぐ……うっ!?

 あ……あぁぁ……。

 ……う……うぁ……。

 うええええええええん……。

 いやだ……。

 いやだよぅ……。

 いたいのはいやだよ……しにたくないよ……。

 う、お、おぇっ……あ……あぁ……。

 うわああぁぁー……ぁぁ……ん。

 えぐ……う……うぅ……。

 ……うぇー……えぇ………ん……。

 …………。

 ……ぁぁ……。

 おなかにひとすじ、剣が刺さる。

 ズブリと、鉄が、はらわたへと這い上がる。

 肉が、骨が、心がよじれ、裂け、潰れて、絶え果てる。

 痛みだけが、ここに残る。



 いたい……。



 いたいよぉ……。



 リン。



 ゼンタ。



 アマコ。



 ジロウ。



 カイリ。



 イチロウ。



 イナミ。



 ソウヘイ。



 ヤキチ。



 ヨシ。



 ゲン。



 カヤ。



 タケマル。



 みんなぁ……ごめんなさい……。



 みんなは、私をゆるさないだろうけど……。



 だれも、いのってくれないだろうけれど……。



 わたしは……みんなのことを……。



 ゲコッ……ゲコッ……。



 かえるがなく。



 ゲコー……ゲコー……。



 ゲココ、ゲコココ、ゲココココココ……。

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