第四章 分岐点
幕間 力の代償
「どういうことだ!」
赤みがかかった空の下。人気のない三年生校舎の片隅に、久瀬宗一郎の怒声が響き渡った。
感情に身を任せた表情のまま、宗一郎は自分の前に立つ男の胸ぐらを掴んでいる。薄暗闇と同化するように立つその人影は顔色一つ変えていない。真っ白い研究者のような白衣を着ており、首には来客者の中でも重役を意味する『政府関係者』を示す文字が書かれている。
「どういうこと、とは?」
その人物が不思議そうな声色で訪ねた。宗一郎の表情が怒りに染まる。
「おまえが渡した魔力増幅装置のことだよ!」
宗一郎が自分の
「こいつを使えば俺は誰にも負けない。おまえそう言ったよな?」
「……ふむ、そうでしたね」
男は宗一郎の怒気に怯えることなく、平然とした声を返す。その態度が宗一郎の機嫌の悪さを加速させる。
「じゃあこれはなんだ!」
宗一郎は自分のギブスと包帯で巻かれた左腕を見た。
最新の医療技術と特異能力の応用によって、骨折程度であれば一日で完治するが、それでも骨の折れる際の痛みは別物だ。声にならない痛みが体を走り、動かすだけで激痛に顔を歪める。
「一年の、しかも『後天的特異能力者』! あげく転入してまだ一週間そこらのど素人に負けたんだぞ!」
「つまり?」
「責任を取れって言ってるんだよ!」
「責任、ね……」
呟き、男は困ったような笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。おまえがこんなポンコツを渡した所為で、俺はあんな観衆の前で恥をかいたんだからな!」
叫び散らし、髪を振り乱し、宗一郎は荒々しく右腕で近くにあった壁を殴りつけた。
「それは違いますよ。少なくとも力は証明できたはずです。現に、私たちの方には貴方の資料を求める声だってある」
「ほざくな! 俺があの一年に負けたって事実は変わらないだろうが! 何が強くなれる魔法のアイテムだ! ふざけやがって」
欲したのは圧倒的な勝利と力。
だというのに、結果は新生気鋭の一年に敗北。文字通り自分は引き立て役にされたのだ。
久瀬宗一郎にとって、これ以上の屈辱はない。
「……わかりました」
むっと、宗一郎が口を閉じた。
「私が貴方に渡した魔力増幅装置に欠陥があり、それが原因で貴方は負けた。確かにその通りです。全ての責はこちらにある」
「あ、ああ。そうだよ、その通りだ」
「……実を言いますと、あの魔力増幅装置にはリミッター、所謂制御機能があったのです。その所為で本来のスペックを大幅に下げてしまった」
「なんでそのことを黙っていた?」
宗一郎の拳が再度建物の壁を叩いた。獰猛な獣のよいに唸り声をあげて、男を睨む。常人ならば失禁ものな視線を、しかし男は平然と受け流した。
「扱いきれないと思ったからですよ」
宗一郎の全身から魔力が放射し、空気を震わせる。
「ですが、それは失礼というものでしたね」
男の顔から柔和な笑みが消えた。冷たい瞳が宗一郎を射抜く。
「なので、今からリミッターを解除します」
そう言って、男は魔力増幅装置に触れた。
途端――
赤黒い宝石から鈍色な光が発光し、辺り一面を閃光が薙ぎ払う。
「なっ……おいなんだこれ!」
直視できないほどの光量が視界に広がり、待機状態にしていたはずの《灼牙》が使用者の意思に反して起動した。
――話が違う、何が起きている!
赤光の輝きを放ち続ける
その光景に宗一郎は言葉を失くす。
「一つ……教えてあげますね。その魔力増幅装置の正体です」
ふと、これを渡した白衣の男の声が聞こえた。
「我々が開発した特殊な殻によって、生きたファントムを閉じ込める。これにより、ファントムの魔力を持ち主の魔力として変換することを可能にした。それが魔力増幅装置の正体です」
ファントムを閉じ込める? そんなことが可能なのか?
混乱する宗一郎の意思に逆らい、宗一郎の肉体から魔力が際限なく増幅し、放出を繰り返す。
「ただ……欠点として、閉じ込めたファントムが殻を破ろうと持ち主の魔力を無理やりに引き出してしまうのですよ」
いやー、困った話です、とあっけらかんとした態度で白衣の男が言った。
意識が薄れていく。
――あり得ない。
――あり得ない。
――何でこんなことになった?
――俺はただ、家の為に頑張ってきただけなのに。
恐慌状態に陥った宗一郎が最後に見たのは、殻を破るように《灼牙》から姿を見せる異形の怪物の姿と、それを見て不敵に笑う白衣の男だった。
その時を最後に久瀬宗一郎の意識は、闇に引き摺り込まれた。
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