決戦直前

 春市たちが風花学院校舎に着くと、学院全域が来客たちでごった返していた。

 夏休み前最後の金曜日である今日は、舞闘会コンクール開催当日でもある。午前中に行われる開会式から始まる数々の試合に備えて、多方面の関係者や一般来客が本格的に押し寄せているのだ。

 その慌しさはすごく、学院のいたる場所が取材陣やスカウトマンなどに占領されて、大渋滞となっていた。その混雑をかきわけて、春市たちはどうにかこうにか試合会場であるアリーナの控え室に辿り着く。既に最初の方の、第一試合は始まっている。


「しかし、すごいな……」


 控え室――厳密には更衣室に備え付けられたモニターから観客席の様子を見て、春市は呟くように息を吐いた。

 そこには各国政府関係者、研究所員、企業エージェント、その他諸々の顔ぶれが一同に会していた。風変わりなものなら、芸能プロダクションの関係者なんてのもいる。


「三年生はスカウト、二年生は去年からどれだけ成長したかの確認や未だ見ぬ原石の発見にそれぞれ人が来てるみたいよ。中には一年のうちにツバを付ける企業もあるって話だって」


 何時もよりも早口気味に凪沙が言った。さすがの凪沙もこの人数を前に萎縮しているようだ。


「ま、俺らにはあんま関係ない話だな。つか、それよりも――」

、よね」

「ああ……」


 言って春市は凪沙と共に視線をモニターから外す。そこには備え付けのベンチに座って、ガチガチに緊張したフィア・ハーネットの姿があった。


「おーい、大丈夫か?」

「だ、だだだ大丈夫ですよ!」


 どこをどう見て、大丈夫なのだろうか。いつもよりも目線がよく動くし、座っているのに落ち着きなく肩をカタカタと揺らしている。


「……これは、ちょっと無理そうね」


 フィアの気持ちを代弁するように、小声で凪沙が言ってきた。気を利かせて、フィア本人には聞こえないようにする配慮も忘れない。

 実際その通りだろう、と春市も言葉にはしないが同じ感想だ。

 よく見れば、フィアの目には薄っすらとだが隈があるし、若干だが充血もしている。それだけで、彼女がどれだけこの試合に対して緊張しているのかがよくわかった。


「しゃーないか。なにせ相手が相手だし」


 言って、春市はモニターの端に映る対戦表を見る。

 自分たちの試合はAブロック第三試合。早くもなく、遅くもない。真ん中の順番だ。

 そして、春市たちの対戦相手というのが――


「一回戦からあの先輩たちとることになるとはな」


 久瀬宗一郎が率いるチームが春市たちの一回戦の相手だった。大方の予想はしていたが、まさか本当に、それも初戦から当たることになるとは。


(麻耶先生が何かしたか?)


 ありえそうだな、と春市は苦笑。

 因縁の相手となれば、さすがに緊張もする。むしろ緊張してる素ぶりを見せない春市や凪沙が異常なだけだ。実際はフィアが緊張し過ぎている所為で、自分たちのそういった部分を気にする余裕がないだけなのだが。

 ともあれ、どうにか緊張を解きほぐせないかと春市は考える。こういう時は前向きに考えた方がいい。


「――ラッキーだよな」


 にやりと口の端をつり上げ、春市は無遠慮にフィアに笑いかけた。


「え? なにがですか?」

「組み合わせだよ。俺らは優勝よりも、あの先輩との喧嘩が目的だろ。一回戦から当たるんだから、運がいい」

「……そうですね。でも、万が一負けちゃったりしたら――」

「そん時は、一緒に笑いもんになるさ」


 まさかの発言に呆けるフィアの肩を春市は叩き、


「あんま深く考えるなって。気楽に行こうぜ」

「だけど……」

「それに、いざとなったら俺が何とかしてやる。だからおまえは自分ができることをやれ」


 にっ、と春市は不敵に笑った。

 ここ数日間の訓練を重ねて改めて思ったことだが、フィア・ハーネットはものすごく自己主張が薄い。そして、無意識に他人の目を気にする。春市の周りにはあまりいなかったタイプの人間だ。春市の交友関係は、割と自己主張というかキャラの強い連中の集まりが多く、その中でフィアのような存在はある意味で貴重なのかもしれない。


「……黒乃さん」

「おう」

「ありがとうございます」

「……おう」


 フィアは、ふう、と大きく息を吐き出した。肩の力がストンと抜けたのがわかる。まだ緊張が残るものの、先ほどよりはずっとマシだろう。


「それじゃあ、笑いものになる覚悟が決まったところで本題に入りましょうか」


 こほんと咳払いをして、凪沙は春市とフィアに話しかける。

 立ち話もなんなので、三人は備え付けられた椅子に腰掛け、円を組むようにしてお互いの顔を見合わせた。


「正直なところ。あのいけ好かない勘違い野郎さえぶっ飛ばせるなら、あたしは試合の結果とかどうでもいいって思ってるんだけど――」

「さらっと物騒な思考するよな、おまえ」


 春市の反応も気にせず、凪沙は真顔で話を続ける。


「さすがにこの大観衆の前で無様に負けるのはあたしも嫌だわ。笑いものになるのもかまわないって言った直後に、こんなこと言うのもどうかとは思うけど」


 自由参加である舞闘会コンクールの結果は、学院の成績に直接的な影響は及ぼさない。

 しかし外来からの政府関係者などの印象という意味では、舞闘会コンクールの結果は成績以上にシビアになってくる。

 無抵抗に負けたり、醜態を晒しての降参など論外と言っていいだろう。

 といっても、なにも勝つことが絶対条件というわけでもない。

 あくまで舞闘会コンクールの目的は、特異能力者たちの成長を確認する為の場である。極端な話なら、トーナメント一回戦負けでも才能を外部が認めてくれさえすれば、卒業後の進路が決まったりする。

 降参も、見方を変えれば適切な状況判断と受け取ってもらえたりするそうだ。

 そういった意味では、勝利を無理に狙う必要はない。


「というわけでここ数日、策を考えてみたんだけど……ぶっちゃけ、何も思い浮かばなかったわ」

「いや、自信満々に言うことじゃないだろ、それ」


 開き直りを見せる凪沙に、春市は口を挟む。

 だが、策を考えなければいけないとは春市も思ってはいたが、実際に良い案は春市も浮かばなかった。なので、凪沙を強く責めることもできない。


「でも、どれくらい強いんでしょうか?」

「強いぞ。非常にムカつく話だけど」


 フィアがぽつりと漏らした疑問に春市は間髪入れずに即答する。

 同じ炎熱系の特異能力者として、久瀬宗一郎の実力は春市がこの中で一番評価していた。少なくとも、火球の生成などのスピードやコントロールは春市以上だろう。

 春市の言葉に、凪沙が困ったように、


「うーん、となるとゴリ押しかしら」


 と、実に彼女らしい提案をした。


「もはや策でもなんでもねぇ⁉︎」


 さすがに春市も呆れた。作戦は思いつかないが、だからといって、思考停止のゴリ押しとはいかがなものか。ただでさえ勝ち目の薄い勝負だというのに、仲間からゴリ押しの特攻を勧められるとは。


「つか、ゴリ押しするのは前衛の俺だけじゃねぇか」

「大丈夫よ。後ろからあんたごと狙い撃つから」

「うわひどっ⁉︎ いくら後衛担当だからって、前衛のこと酷使し過ぎるなよ⁉︎」

「じゃあ、何か代案を出しなさいよ」


 春市の反論を、凪沙は涼しい顔で受けて立つ。

 代案、と言われて春市は口ごもる。

 それを見た凪沙が勝ち誇るように胸を張った。


「……わかった。俺が肉壁やるから、凪沙とハーネットは遊撃な」

「ふっ、わかればいいのよ。というわけで、フィアちゃんもそんな感じでよろしくね」


 いつもこれだ……。

 春市は溜息を溢す。

 凪沙と知り合って数年の間、春市が彼女との口喧嘩で勝てた記憶がない。

 とりあえず、試合が始まるまでに何か手を考えておこう。

 そんな二人のやりとりを見ていたフィアは、


「ほんとうに仲が良いですよね」


 と、苦笑していた。

 そこに、


『Aブロック第三試合を行います。参加生徒は指定の待機場所に向かってください』


 控え室に流れるアナウンス。

 いつの間にやら第ニ試合までの試合が終わっていたようだ。

 春市は椅子から立ち上がる。

 続くようにフィアと凪沙も立ち上がった。


「……んじゃあ、カッコよく負けに行きますか」

「そこは嘘でも勝ちに行くって言いなさいよ」


 ははは、と再びの苦笑いを浮かべて、春市と凪沙の後ろを着いて行くフィア。

 結局最後まで締まらないなぁ、とか春市は考えながら控え室を出る。


 ――長い一日になりそうだ。


 そんな確信を胸に抱きながら、三人は会場へと向かった。

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