ゴングを鳴らせ

『これより、第三回戦の試合を開始します』


 放送席から聞こえてくる審判役の教師の声と同時に、観客席が歓声と熱気に包まれる。

 何の因果かAブロックの会場となったのは、第五アリーナだった。

 この場に自分たちが居るきっかけとなった場所なだけに、組み合わせのことも踏まえて春市は若干の作為的なものを感じられずにはいられない。


(すごい人だ……)


 普段は立ち入り禁止とされている観客席が一般解放され、当然のように席は満席。強靭な格子が張られ、更には不足の事態に備えてライセンス持ちの教員が数名控えているので、巻き添えなどの心配はない。

 春市は観客席を見渡す。その大半は学院の生徒たちで埋まり、最上段に位置する来客席には政府関係者などの重役、そしてちらほらと見える一般客の姿が見えた。


「考えてみれば、こんな大勢の前で戦うのは俺も初めてか」


 春市はそんなことを呟き、小さく息を吐いた。

 なんだか、落ち着かない。

 だけど、フィアのようにガチガチに緊張しているというわけではない。

 不思議と頭は冷静だった。


「逃げずによく来たじゃねぇか」


 アリーナの中央で相対する久瀬宗一郎が語りかける。


「本番になってバックれないか、ひやひやしてたんだが……これで遠慮なく潰せるってもんだ」

「……そうかよ」

「なんだ、今さら怖気付いたか? まあなんでもいいさ。ただ、降参みたいなシラケる負け方はやめてくれよな?」

「てめぇこそ、学生最後の夏休みをベッドの上で過ごす覚悟はできてんのか?」

「ああん?」


 売り言葉と買い言葉を交わしながら、春市たちは自らの待機状態の固有武装ギアを展開した。


「こい……《迦具土かぐつち》!」

「顕現せよ! 《ガラティーン》!」

「舞え。《白雪》」


 春市は手甲、フィアは大剣を、そして凪沙は白い弓を手にする。

 それに対応するように、宗一郎側のメンバーも固有武装ギアを展開。

 双方の準備が完了したのを確認した審判役の教師が息を大きく吸い、


『では……試合開始!』


 試合の火ぶたが切って落とされた。

 それと同時に春市は、短距離走選手のような反応速度で駆け出して距離を詰めた。

 膝の力を抜き、全身のバネを用いて瞬間的なスピードを出す古流武術の真似事。それを使って一気に接近した春市は、右腕に魔力の炎を纏う。

 完全な開幕奇襲。

 完全に虚を突かれ、動揺する相手チーム。試合開始直後の為、相手はまだ一箇所に固まっている。防御するという思考すら出ないのか、慌てふためく表情が見えた。


(いける!)


 そう確信し、春市が右腕を振り抜く。そして、


「――爆ぜろ」


 宗一郎だけが余裕のある笑みを浮かべ、次の瞬間、


 ――春市はトラックに跳ねられたような勢いで吹っ飛んだ。

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