勝率の低い戦い

 ――勝算は限りなく無いと言っていい。

 それが春市がこの三日間で考え出した結論だった。

 先ず数という面での不利。こちらが三人に対して、相手は規定上限ギリギリの六人。単純な数の差は、それだけでも厳しいものがある。

 次いで連携。この三日間、実戦形式の模擬戦こそ数はこなしたが、連携訓練に関してはまったくの手づかずだった。

 時間がなかったという言い訳など、実際の戦場では通用しない。敗者の言い訳は負け犬の遠吠えでしかなく、ファントムとの戦闘での敗北は死に直結する。故に、特異能力者はその場での最善を尽くすことが求められる。

 六人対三人。数にすれば倍の戦力差。

 だけど、勝算がないわけではない。

 実際、春市はそう考えていた。厄介なのは、あの時因縁を付けてきた最上級生だけ。残りはなんとかなるだろう。そんな希望的な勝算だった。


 ――甘かったのだ。


 試合開始の合図と共に、春市は敵陣へ向かって駆け出した。数で負けている場合、一番効率がいいのは奇襲からの一撃必殺だと麻耶に教わっていたからだ。武闘会コンクールでの勝利条件は相手チームの全滅もしくは降参の二択。後者が期待できない以上、春市の行動は正しいと言える。


春市ハル!」


 後ろに控えていた凪沙の、悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。

 おそらく相手は、魔力を超近距離で爆発させたのだろう。それを春市はまともに受けた。

 だが実際になにが起きたのか、爆発を受けた本人である春市にも正確に理解できたわけではない。わかっているのは、自分が目の前の男によって、吹き飛ばされたということだけだった。

 油断や慢心はなかったつもりだ。作戦も、無茶無防の類いを選択したつもりはない。春市にとって予想外だったのは、相手がにこちらを攻撃してきたことだ。それは戦場でもっともタブーな行為。

 しかし、その行為はこの場において抜群の成果を上げた。


「ぐっ……!」


 咄嗟に両腕でガードしたおかげで、ダメージは少ない。これならば直ぐに二人と合流できるだろう。そう春市は思考を切り替える。

 そして、その考えは見透かされていた。


「よう、クソ一年」

「……どうも」


 煙と爆風が収まり、視界が広がっていく。

 春市は眼前に居る相手を見据えた。

 久瀬宗一郎だ。

 警戒を最大に、春市はフィアと凪沙を探す。フィアに三人。凪沙に一人。完全に自分たちが孤立していることに気づき、春市は唇を噛む。


「開幕からの先制攻撃か。まあ、及第点だな」

「それは手厳しいことで」


 拳を上げて、春市は重心を低くした。

 自分を吹き飛ばしたカラクリはわからないが、以前のトラブルから宗一郎が自分と同じ『炎熱操作系』の特異能力者であることはわかっていた。ならば、手の内は比較的読みやすい。


「起きろ。《灼牙しゃくが》」


 宗一郎が自らの固有武装ギアの名を呼ぶ。それは巨大なバルディッシュだった。身の丈ほどの武器を宗一郎は振り上げる。


「ぐっ……!」


 咄嗟に春市は後ろに飛んで躱す。だが、それだけでは止まらず、宗一郎は力任せにバルディッシュを横薙ぎに払った。

 それを春市は両腕を交差するように防御の構えを取って、ぎりぎりのタイミングで続く二撃目を防ぐ。


「ほう……やるじゃねぇか」


 蓮撃を防がれた宗一郎が、愉快そうに呟く。その見た目からは想像できないほどの敏捷さで後方に飛び退き、再び春市へと向き直る。


「そうでなくちゃあ、つまらないよなぁ!」


 宗一郎の口元に、歓喜と狂気が混じり合った笑みが浮かんだ。バルディッシ――《灼牙》が、紅く発光する。


(――来る!)


 身構えた瞬間、宗一郎は地面を蹴って猛然と加速した。振り下ろされたバルディッシュが、断頭台の処刑刃のごとき勢いで春市を襲う。魔力によって強化された肉体から放たれた斬撃の破壊力は、コンクリートすら豆腐のように両断できるレベルだ。まともに受けるのは論外だろう。春市は足を一歩引いて、紙一重で斬撃を擦り抜けた。肉薄したこの状況なら横薙ぎの追撃はできない。

 そして、直様反撃を狙う。攻撃を終えた直後で硬直した宗一郎の顔面へと、旋回した春市の拳が唸る。


「追え!」

「……つっ!」


 その反撃が悪手だったことに春市が気づいた時は、既に出遅れだった。

 宗一郎の背中から、炎の塊が弾丸のごとく素早さで春市を襲って来る。完全に虚を突かれ、反撃の為に無防備となっていた春市に炎の塊が激突し、小さな爆発を撒き散らす。


「がはっ!」


 予想外な一撃によって春市は苦悶の表情を浮かべ、息を詰まらせた。だが体を走る痛み以上に、驚きが勝る。


(時間差に加えて、追尾性能フォーミング付きの火球⁉︎)


 どれだけの技術と魔力を必要とする芸当か。混乱しかけた頭で、春市は目の前で起きたことに素直な賞賛を贈る。それと同時に、驚愕と絶望が襲う。

 明らかに久瀬宗一郎は自分よりも格上。

 春市がその現実を理解するのに時間は必要なかった。


「ハハッ!」


 豪腕が唸る。

 風を鳴らして右手一本で巨大なバルディッシュを振るう。

 魔力によって肉体を強化。更には後方に火炎を生成し、そのまま待機。

 とっさに、春市は両腕を交差した。衝撃が手甲によって覆われた二本の腕に響く。攻撃を受け止めた《迦具土》が軋む。

 そのまま衝撃は春市の全身を走り、春市はその場に膝を突いた。

 デタラメなパワーだ。武術などの類いというより、ただ力任せに人を圧殺する戦い方。

 それに加えて――


「危なっ!」


 即座に追い打ちを狙う火球を春市は転がるようにして躱し、再び距離を取る。

 この二撃目が見た目以上に厄介だ。春市は舌打ちを落とした。

 バルディッシュの一振りに同調するように発射される火球の嵐は、春市に紙一重で躱すという選択肢を奪う。あれだけの大振りだ。回避行動自体はそこまで難しくはない。

 問題は続けざまに襲ってくる火球による二撃目。あれがこちらの反撃を封じている。


「なんだよ、なんだよ。この程度か?」


 優越感に染まった表情で宗一郎は春市を見下ろし、満足そうに舌なめずりをした。彼の握る《灼牙》が、再び炎を纏う。

 そんな宗一郎を視界に入れながら、春市は辺りを見渡した。

 フィアは三人に囲まれ、身動きができないでいる。

 放たれる攻撃を大剣と魔力の壁を盾にして、どうにか防いでいるという状況だった。

 凪沙も弓を構えたまま硬直し、期待していた援護射撃はできそうにない。どうやら、後方支援同士の睨み合いになっているようだ。

 そんな現状に自分たちの不利を感じ取り、春市は表情を険しくした。

 あまり時間をかけてはいられない、と決意する。何より自分が目の前の相手を倒さないと、この悪意がフィアや凪沙に向けられてしまう。それだけは、何としても阻止する。


「ふぅ……」

「あん? なんだ……」


 春市が浅く息を吸い、大きく息を吐き出すと春市の体内で練り上げられた魔力が視認できるレベルまで具象化した。魔力による肉体強化の波動に、宗一郎が表情を歪める。

 刹那、春市は宗一郎との距離を一瞬で零にした。


「ちぃ……!」


 紅い線を描くように春市は宗一郎に向かって突っ込み、炎を纏った拳を打ち込む。咄嗟に反応した宗一郎がバルディッシュで受け止める。その腕に伝わる衝撃に、彼は苛立ちながら驚愕の表情を浮かべた。先ほどの開幕から仕掛けた奇襲よりも疾く鋭い。特殊な素材によって生成された固有武装ギア同士がぶつかり合い、激しい火花を散らす。

 しかも春市の攻撃はそれだけに終わらない。至近距離に肉薄したまま、休む暇を与えずに嵐のような蓮撃を叩き込む。攻守が変わり、宗一郎は防戦一方になる。その事実に宗一郎は再び驚愕し、観客席からは歓声があがった。

 実は春市は特別何かをしたわけではない。魔力の放出も、攻撃時の踏み込みも変化はしていなかった。

 変わったのは心構え。

 先ほどまではあくまで学生としての自分でいた。だから春市は切り替えたのだ。幻想を砕く者ブレイカーとして、特異能力者として、ファントムを討つ時の自分へと心構えを切り替えた。ただそれだけのことで、春市の動きは格段に変わる。


「この……調子に乗るな!」


 苛立ちの怒声を発して、宗一郎が《灼牙》を振るった。背後からも火球が春市を襲う。

 だが――


(遅いっ‼︎)


 既に春市に解答は見えている。

 攻撃が当たる瞬間に真横に跳び、宗一郎を中心にぐるりと春市は回転。一瞬にして背後を奪う。

 目の前で起きた現象に宗一郎の動きが止まる。彼の視界には、突然相対していた相手が消えたように見えたのだ。その一瞬の隙を、春市は見逃さない。


「喰いつくせ……」


 右腕に魔力の炎を纏わせて放つは、必殺の拳。

 完全に虚を突かれた宗一郎は完全に隙だらけ。

 手に持つ《灼牙》を使っての防御はもちろん、ここから回避行動に移ることも不可能だ。

 故にこの攻撃は決まる。そんな確信を春市が抱き、実行する為に拳を振るう。

 そのはずだった刹那、――標的である宗一郎のすぐ近く。最初の爆発に巻き込まれて負傷し、倒れていた宗一郎のチームメイトの周りに炎が舞った。


(……まさか!)


 気づいた時にはもう遅い。

 春市は先の巻き戻しを体験するかのように、再び爆発に巻き込まれた。


「ぐっ!」


 かろうじて直撃を避けた春市は苦悶の息を吐く。攻撃を慌てて中断させた代償で、春市の腕に火傷の痛みが走る。


「おい待てよ、先輩? なんだ……


 怒りを圧し殺したような春市の声が爆発音に溶ける。

 春市は意識を失っている生徒を庇うようにして前に立ち、怒気のこもった瞳で宗一郎を睨んだ。そんな春市を、宗一郎は無関心に眺めている。


「何の話だ? 勝てそうにないからって、変な言い掛かりはやめてくれよな」

「っざけんなっ――!」


 春市の一喝が、爆風舞うアリーナを震わせた。


「魔力を遅延させて意図的に発動を遅らせる設置魔法。てめぇはそれを使って、仲間を人間爆弾にしやがったな!」


 設置魔法は本来なら動きの素早いファントムに対して使われる一種の罠である。

 だが、発動まで魔力の放出を持続させなければいけない、設置した場所からの変更ができないなどの理由から、あまり使われることのない技術だ。

 しかし、設置させる対象を場所ではなく人間にしたらどうなるか?

 答えは明白。生きた爆弾が完成する。


「人聞きの悪い。それは、そいつが自分から志願したんだ」


 宗一郎が傲然と告げた。


舞闘会コンクールの舞台で何かチームの力になりたいってな。だから俺は、自分の魔力をそいつに貸し与えたんだよ」

「黙れっ!」


 春市が、宗一郎の言葉を遮るように怒鳴る。


「どうして人間相手に設置魔法を使わないのか、あんたも知らないわけじゃないだろ! わかっててそんな危険なことをやったっていうのか――」

「だから、それはがやったことだって言ってるだろ。俺にじゃなくて、そこで倒れているやつに言えよ」


 宗一郎は、苦悩や罪悪感など微塵も感じさせない口調で言い切った。

 春市は、怒りのあまり言葉をなくした。


「ほらほら! 寝惚けてんじゃねぇぞ!」


 吠えるように告げて、宗一郎が跳躍する。そうして作った距離から、バルディッシュを力任せに振り上げた。


(やばいっ! 躱せない!)


 自分の背後で倒れる存在を守る為に、春市は回避ではなく防御を選ぶ。足が止まり、攻守がまた入れ替わる。

 一手、二手、三手と続けざまに乱撃を受けた《迦具土》が甲高い音を鳴らす。

 支えている春市の両腕が痺れ、衝撃で悲鳴を上げた。


「まだまだァ!」


 宗一郎の斬撃は終わらない。

 宗一郎は伸ばした腕をすぐさま引き戻し、しなる腕を振り下ろして重たい一撃を叩き落とす。

 今の二人の戦況は圧倒的に春市が不利だ。

 火球が春市の背中を焦がし、バルディッシュが両腕を切断するかのような衝撃を与える。


「オラァっ!」


 そこから更に変化が加わった。

 振り下ろしから素早く手首が返され、下から突き上げる。

 交差していた両腕のガードが、下からかち上げられるようにして強引に剥がされた。そのまま振り上げた勢いを殺すことなく、再び真下に振り下ろしてくる。


「しまっ――」


 春市の表情が凍りついた。

 固有武装ギアのガードは間に合わない。だからといって、真横に跳べば後ろにいる生徒がこの一撃をモロに受けることになる。

 つまり今の状況では、春市は、この一撃をよけることができない――!

 魔力によって強化されたその攻撃を直に受けて、無事なはずがない。下手をすれば命に関わる。

 近接戦闘に特化しているがゆえに、春市は数秒後の自分の未来を一瞬で理解した。

 受ける覚悟をするほどの時間はない。

 無様に負けるという現実が頭をよぎる。嫌だ、嫌だ、自分はの目標だ。

 その目標が悪意に負ければ、きっと彼女は悲しむだろう。

 だから負けたくない、と春市は生まれて初めてそう思った。そう思った自分に春市は心底驚き、同時に無力さを知る。

 そして、


「だめ――っ‼︎」


 思いがけないほど近い距離から、彼女の声が聞こえてきた。

 暴風の魔力を滾らせた、フィア・ハーネットの声が。

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