才能と嫉妬


 鍵の返却を終えて無事に合流した凪沙に事の経緯を説明し、春市ら四人はテーブル席で昼食をとることになった。


「いただきます」


 フィアは小さな声でそう言った後、注文した定食セットの生姜焼きを箸で摘んで口に運んだ。

 ピンと背筋を伸ばして椅子に腰掛けたフィアは行儀よく、もぐもぐと口に運んだ食べ物を咀嚼している。対面に座る春市がその様子を眺めていると、


「なにじーと、フィアちゃんのこと見てんのよ?」


 フィアの隣に座り、麻婆豆腐を食べていた凪沙が怪訝そうに訊いてきた。


「ああ、いや別に……ハーネットは箸の使い方が上手いなぁ、とか思ってさ。ほら、普通外国人って箸の使い方下手くそなやつが多いだろ」

「言われてみれば……たしかにそうね」


 同意するように凪沙もフィアを見やる。


「あ、ありがとうございます」


 春市と凪沙の二人に凝視されたからなのか、恥ずかしそうに頬を赤らめるフィア。

 春市は、紙コップに注がれた緑茶をズズッとすすりながら、


「使い方はイギリスむこうで習ったのか?」

「はい。日本に留学するなら覚えておいた方がいいって、政府の人が」


 フィアは、少し得意げに話した。それを訊いていた一成が、


「日本は外国ほどではないが、テーブルマナーにはうるさいからな。まあ、それ抜きにしても食べ方はきれいにこしたことはない」

「ああ、おまえ見てるとそう思うわ」


 春市が自分の隣に座る一成を見て呟く。育ちの良い家系に生まれた一成は、食べ方や立ち振る舞いがまるでお手本のようにきれいだ。小さな頃から厳格な両親に厳しく育てられたからだ、と昔本人が言っていた。今だって、姿勢正しく座り、食べ物を咀嚼する音も立てずに食事をしている。


「……それで、例の最上級生の話だったか」


 一成はカチャリと箸を置いて場を取り繕った。

 春市たちも箸を止めて、一成の話に耳を傾ける。


「そうそれ。去年まで優勝候補のチームに居たって言ってたけど、今は違うチームなんだよな?」

「その通りだ。表向きには独立して新しいチームを作った、ということになっている」


 一成が妙に回りくどい言い回しで説明する。春市は、ん、と一成の言葉に違和感を覚え、


「表向きにはってことは、実際は違うのか?」

「ああ。実際は除名処分らしい。黒乃、去年の舞闘会コンクールの事は覚えているか?」

「いや、全然」


 首を横に振って即答する春市を見て、一成が呆れたようにため息を吐き出した。


「転校して来たばかりのハーネットならばともかく、何故四年目の黒乃が覚えていないのだ……」

「そんなこと言われても、俺はもともと舞闘会コンクールには興味なかったんだから仕方ないだろ。去年も自主参加だって言うから行かなかったし」


 渋い顔で春市は言う。一成は、やれやれ、と困ったように呟き、


舞闘会コンクールでは毎年、著名人や政府関係者が大勢来日する。その目的は参加生徒のスカウトだ。故に、上級生の中にはこのイベントを就活と受け止る者も多い」


 一成がそう切り出すのをよそに、春市は空になった紙コップにお代わりの緑茶を注いだ。その話は高等部生徒なら誰もが知っている。先週のホームルームでも言われたことだったので、さすがの春市も記憶していた。


「だからこそ、なのだろう。毎年のように一人くらいは不正行為に走る輩が現れる」

「それが、あの最上級生ってことか?」

「あくまで噂だがな」

「ふーん……つまり、見た目通りなクソ野郎だったわけか」


 そう言って、春市はいちおう納得する。

 特異能力者としてどれだけ優秀だろうが、ライセンスを取得してようが、結局のところ、働く場所がなければ意味がない。学院を苦労して卒業したのに、無職なんて未来は誰だって嫌だろう。

 その為のアピール。その為の舞闘会コンクールなわけだが、生徒の中にはそういった理由で裏道に走る輩がいてもおかしくはない。なにせ自分の将来が関係するのだ。手段を選ぶ余裕がないのもわからなくはない。

 話を訊いていたフィアが、会話に割り込んでくる。


「でも、その人って優勝候補のチームにいたんですよね? わざわざ不正行為なんかする必要があったんでしょうか?」

「いい質問だ」


 一成は少しだけ気まずそうにして頷いたあと、あの男にはあったんだよ、と付け加えた。


「最上級生こと久瀬宗一郎の実家は、落ち目ではあるが特異能力者の家系でな。本人も『先天的特異能力者』として、初等部から在籍しているらしい」

「そんな人が、どうして?」

「べつに、よくある話だ。いくら『先天的特異能力者』でも、必ずしも能力が高いわけではない。逆に、黒乃やハーネットのように『後天的特異能力者』でも能力が高い者だっている」


 一成は浅く息を吐き出し、苦笑するような表情を浮かべる。


「久瀬もそうだったのだろう。中等部辺りからは、能力が中々伸びなくて悩んでいたと先輩たちから訊いた」

「でも、優勝候補のチームに入れるくらいには実力があったんですよね」

「ああ。ただ、本人はそうは思わなかったようだ。なまじ、初等部では神童などと呼ばれていたからなのか、余計にプライドが傷ついたのだろうな」


 フィアと一成の話を訊いて、なるほど、と春市は再び納得。名家の人間はプライドが高いというのは、よくある話だ。

 とはいえ、今の説明で、どうして宗一郎がフィアにちょっかいをかけてきたのかもなんとなくだがわかってしまった。あれは、純粋な妬みや嫉妬の類いだったのだろう。


「そういう意味では、なんか哀れだな」


 何気ない口調で、ぽつりと春市が言った。そこに感情はない。たしかに同情してもいい部分もなくはないが、結局は久瀬宗一郎の自業自得でしかなく、しかも恥の上塗りをしたあげくに、自分たちがそれに巻き込まれているのだ。可哀想とは春市は微塵も思えなかった。それは一成も同じらしい。


「そうだな。特異能力者の家系だ、名家だといっても、しょせんは普通の人間と何ら変わらないというのに」


 そう言って一成は表情を曇らせる。


「だが、その実力は本物だ。過程や現状はともかくとして、経験の面では確実に負けている」


 経験……ね、と春市は自分の首にぶら下げた待機状態の《迦具土》を見た。

 ファントムとの戦闘経験だけなら、たぶんだが負けてはいない。下手をしたら上回っているかもしれないな、と内心で春市は思う。

 だが、それが強さとイコールするのかと訊かれたら、そんなわけでもない。そもそもファントムの討伐には二人以上のチームで行動することが常識なのに対し、春市は今までファントムとの戦闘を一人でこなしてきた。その為、仲間と連携して戦うという経験が春市にはない。そういったことを考慮すれば、今回の様なチームによる戦いは春市にとって、完全に未体験のゾーンだ。


「黒乃、部外者がこう訊くのはどうかとは思うが……勝算はあるのか?」

「あ? ねぇよ」


 一成の問いに春市は即答した。間近で訊いていたフィアと凪沙が目を丸くする。


「ちょ、ちょと、春市ハル!」

「いや、事実だろ。こっちは素人一人を加えた一年坊主三人だぞ。まともにやりあって勝てるわけないって」

「そ、それはそうだけど……」


 もう少し言い方が、と文句を言う凪沙。しかし、春市は先の発言を撤回する気はなかった。

 正直、一日や二日そこらでチームワークが良くなるとはとても思えない。

 そもそもチームワークについては未学習な部分が圧倒的に多い為、独学な部分が大半を占める。

 それになにより、戦闘経験が無さ過ぎて、いまだに充分な働きが期待できない切り札フィア

 不安要素、克服すべき要素の全てを取り除くには時間が足らな過ぎる。


「――まぁ、負けるつもりもないけどよ」

「策もないのにか?」

「アドリブ重視なんだよ、俺は」

「知っているか、黒乃? それを世間一般では行き当たりばったり、と言うんだぞ」

「……ほっとけ」


 一成は、おまえらしいな、と言ってから薄く笑い、そのままトレイを持って立ち上がった。


「ん、行くのか?」

「ああ、悪いが先に失礼する。この後に少し用事があるのでな」

「用事って、また舞闘会コンクールの打ち合わせか?」

「まあな。午前中の内に参加者の中から有力な生徒をリストアップしたからな。午後はそれの対策会議だ」


 一成は、軽く肩をすくめた後に、ではな、と言って食堂を出て行く。何でもないように言っていたが、百人近い参加生徒のリストアップを午前中の数時間足らずで終わらせるのはどう考えても普通ではない。


「いっつも思うんだけど、あれだけ完璧超人なのに悪い噂一つないとか、信じられないわよね。反則っていうか……たしかに昔から、堅物なとこもあるけど」


 一成の後ろ姿を見送りながら、凪沙が頬杖をつく。

 一成も先の話題になった久瀬宗一郎同様、『先天的特異能力者』として初等部からこの風花学院に在籍している。十年以上前からこの学院で特異能力者としての知識を学び、暮らしている一成は、春市の知り合いの中では最古参の人間だ。その知識と経験に春市が助けられたことは、数えきれない。


「嫌味の一つも言わないからじゃないか?」


 三杯目のお茶のおかわりを紙コップに注ぎながら、春市は素っ気ない口調で言う。フィアはそんな春市の顔色を伺うように見ながら、あの、と申し訳なさそうな口調で、


「その、ごめんなさい」

「は? なんだよ、急に」

「いえ、私の所為でお二人にはご迷惑ばかりおかけしてしまって」

「べつに気にする必要なんかねぇよ」


 春市は心底どうでもよさそうな表情で言った。過程はどうあれ、喧嘩を売ってきたのは向こうで、それを買ったのは自分なのだ。フィアが気に病む必要はない。

 春市は湿っぽくなりかけた空気を無くす為に、三杯目のお茶を飲みながら、


「そのアホな先輩の話はともかく、俺は最初はなから負ける気で勝負なんかしねーよ。勝算がないなら、今から作ればいい話だ。違うか?」


 頭を下げるフィアに春市は問うた。

 勝算はないが、だからといって、はいそうですかと負けるつもりはない。

 ならばどうするか? 簡単だ。

 負けないように努力すればいい。策がないなら、作ればいい。


「偶には良いこと言うじゃない」


 黙って二人の話を聞いていた凪沙が、からかうような口調でそう言った。

 春市はそんな凪沙に、おいおい、と口を尖らせ、


「偶には、は余計だろ」

「わかってるわよ。本番は頼りにしてるわよ、肉壁さん」

「おまえは俺のことを何だと思ってるんだよ!」

「ロリコン疑惑のカッコつけ?」

「ひでぇ……」


 力なく春市が項垂れると、フィアがクス、と小さく笑った。そして、力強い瞳で春市を見る。


「黒乃さん!」

「お、おう?」

「私、頑張りますね!」


 先ほどの落ち込みから一転し、気合いの入った決意表明をするフィア。そんな彼女に春市は呆気に取られながらも、頑張れ、と投げやり気味に返事を返し、凪沙は楽しそうに笑みを浮かべたのだった。


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