第三章 舞闘会《コンクール》

訓練をしよう

 他人からは意外だとよく言わるが、春市は一成ほどではないものの、頻繁に自主訓練をする。

 とはいえ、その回数自体は決して多くはない。せいぜい三日に一回程度、しかもなにをするかは基本的に春市の気まぐれという、訓練内容も碌に決まっていない非常にいい加減なものである。最近は気温が暑いのに加えて、自身の特異能力が炎に関係するからか、自主訓練の頻度は更に少なくなっていった。暑いのは苦手なのだ。

 しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。

 凪沙による調律チューニングが終わってから一夜明けた今日。春市は舞闘会コンクールに向けての訓練を行う為に、高等部校舎裏手にある広場へチームメイトの凪沙とフィアを呼んだ。

 広場周辺には木々が植えられているので、派手な特異能力の使用は禁止されているものの、広さだけなら十二分なほどあり、また日陰に位置しているおかげでとても涼しい。

 蒸し暑いこの季節に、身体を動かすにはちょうどいい場所だ。

 ここならば、舞闘会コンクールに向けての訓練が誰にも邪魔されずにできるだろう。春市はそう考えたのだ。


「フッ、ハァッ!」


 気合いの入った声と共に、フィアの固有武装ギア・《ガラティーン》が美しくも荒々しい弧をえがく。

 それを春市は自らの固有武装ギアである《迦具土》を使って受け流す。

 普段の小動物を彷彿とさせる姿はなりを潜め、口元を締めた真剣な表情でフィアは対面の春市を見据えている。

 初めての模擬戦の時よりも幾分かだが、動きが良い。数日の間ではあるが、自主練の成果が着実に出ているということだろう。

 軽い柔軟運動をした後、春市はフィアと特異能力の使用禁止、魔力による肉体強化有りの模擬戦を行っていた。

 策を練ったり、連携を意識した訓練をするという考えもあるにはあったが、それらをするには圧倒的に時間が足りない。それならば、いっそのこと付け焼き刃の連携を意識するより、お互いがどんな戦い方をするのかを把握することにしたのだ。模擬戦形式にしたのは、フィアの経験値稼ぎという意味合いもあった。もちろん学院側、正確には麻耶の許可は貰っている。

 観戦者兼審判役の凪沙の目の前で、拳と剣を交わした激しい攻防が続く。

 鋼同士を打ち合わせた小気味いい音が、広場に木霊する。その様は、さながら武芸のワルツを踊っているようだ。

 だが、その均衡は長くは続かなかった。

 徐々にではあるが、フィアの動きが鈍くなっていったからだ。

 額に汗を流し、形のいい眉が内側に寄る。


「ぐっ……」


 このままではマズイ、と悟ったフィアが、無意識に一歩足を後ろに引いて距離を離そうとした瞬間、


「せいっや!」


 その隙を見逃さず、春市は深く、フィアの懐へと潜り込んだ。

 バックステップにどんぴしゃりなタイミングで、春市が距離を一気に詰めて来たことに驚いたフィアの反応が遅れる。

 体制を崩したまま、フィアはやけくそ気味に《ガラティーン》を横薙ぎに振るうも、まるで見透かされた様に左腕一本で容易く弾かれてしまう。

 どうしよう、と打開策をフィアが考えるよりも早く、春市がフィアの足元を素早く蹴り払った。

 そして、


「勝負あり、だな」


 勢いそのままに仰向けに倒されたフィアの眼前へと春市が拳を突きつけることで、模擬戦の勝敗は決した。

 悔しそうにフィアが言葉を漏らす。


「参りました……」

「体力切れるのを気にしたまでは良かったけど、その事に焦って無理に距離を離したのはまずかったな」


 手厳しい感想と共に春市はフィアから離れた。

 はふー、と張り詰めていた空気を霧散させるようにフィアは大きく息を吐き出し、仰向けから立ち上がる。


「少し休憩にするか」

「はい」


 ぺこりと律儀に礼をし終えると、フィアはぺたんと地面に腰を下ろしてため息をつく。

 気圧されるほどの集中力を発していた見習い剣士は、今や可愛らしい小動物を連想させる小柄な少女へと戻っていた。

 おそらくは、それがフィア・ハーネットという少女の本来の姿なのだろう。

 それだけに、戦闘時の集中力には眼を見張るものがある。しかし、


(今日はこれで俺の五連勝か……。動きは悪くないんだけど、いかんせん経験不足なのがなぁ)


 口には出さず、内心で春市はそう呟く。

 初めての模擬戦の時は、人並外れた魔力の多さに物を言わせた力づくな戦い方で圧倒されたものの、もともと春市が対人戦向きの戦い方を中心とした戦法を取るということもあって、未だに模擬戦の勝率は春市の全勝だった。初戦を除けば、全ての模擬戦で春市が苦戦した記憶もない。

 それでも、センス自体はそこまで悪くはない、と春市は考えている。

 人並外れた膨大な魔力に加えて、使用する武器が身の丈ほどの大剣なのも相乗し、一撃の攻撃力は強く鋭い。全ての攻撃が必殺たる一撃というのは、ある意味での究極系だ。

 懸念していた運動オンチな部分も、魔力によるブーストで上手いこと誤魔化せている。さらに言えば、直感の良さも際立つ。素質として見れば、間違いなく天才のスペックだと断言してもいい。

 後はそれにフィア本人の動きが着いていければ、優秀な特異能力者になるだろうと春市は踏んでいる。

 とはいえそれら全ては、長い目、長期的スパンで考えたらのことでしかなく、現状では膨大な魔力に振り回されている素人でしかないのも、また事実だった。


「黒乃さん。少しいいですか?」

「なんだ?」

「前から思ってたんですけど、黒乃さんは誰から戦い方を教わったんですか?」

「……あ、いや。俺のは完全に我流なんだよ」

「我流?」

「自己流、オリジナルってこと」


 そう言って春市も腰を下ろす。フィアは心底驚いたような顔で見つめてくる。懐かしいな、と春市は少し不思議な気分になった。


「俺は剣の才能も、弓や銃みたいな遠距離武器の才能も無かったからな。散々悩んでこれになった」


 自らの拳を突き出して、春市は自嘲気味に笑う。

 今でもはっきりと思い出せる。

 初めて春市が自らの固有武装ギアを選んだ時のことだ。

 麻耶からはっきりと言われた一言。


 ――おまえは武具の扱いに関しては、絶望的に才能がない。


 男として、剣や銃には多少なりの憧れもあっただけに、正直ショックだった。

 しかし、それでも戦う術を麻耶は与えてくれたのだ。それが今の春市に繋がっている。


「そう言うハーネットも我流だろ?」

「え、どうしてわかるんですか?」

「いや、わかるだろ。剣筋とか不規則で統一性がないし、構えとかもわりと適当だし」


 むしろ彼女に驚かれたことに、春市は驚く。

 我流の良いところは決まった型がないところにある、とは一成の談。事実、フィアの剣筋は非常に読み辛い。超近接型の春市にとって、ある意味では天敵に部類する。

 と、そこに――


「そんなのわかるのは、あんたくらいよ」


 観戦していた凪沙が、これだから筋肉バカは、と小馬鹿にしながら会話に混ざってきた。


「近接特化型の幻想を砕く者ブレイカーは自然と武術全般に詳しくなるんだよ。ま、一成の受け売りだけど」

「その割には剣術の才能は無いんでしょ?」


 からかうようにニヤニヤと笑みを浮かべる凪沙。指摘されたことが事実なだけに、春市は何も言い返せない。


「ほっとけ……。てか、おまえも何かしろよ。さっきから俺とハーネットの模擬戦を見てるだけじゃねぇか」

「だって、あたし近接型じゃないから模擬戦とか苦手だもん」

「だもんってなんだよ、だもんって」

「しょうがないでしょ。戦うの苦手なのよ……」


 ふて腐れた様に唇を尖らせる凪沙に、春市は疲れた顔で嘆息した。

 こんな調子で、本当に大丈夫なのだろうか。そんな不安が春市の頭をよぎる。


(いや、弱気になるな。負けたくないのは、俺だって同じなんだ)


 不安を誤魔化す為に、春市は勢いよく立ち上がり、


「……よし。ハーネット、もう一本やるか?」

「は、はい! お願いします!」


 元気よく頷いたフィアが、春市に続く様に立ち上がり、距離を取った。

 昨日の決意表明以降、フィアのヤル気は側から見ても満ち溢れている。何度も春市に負かされているのに、何度も諦めず立ち向かってくるのが良い証拠だろう。


「行きます!」

「おう。こいこい」


 しかし、悲しきかな。ヤル気と勝算が必ずしもイコールで繋がるわけでもない。

 宣言の後にフィアが真っ直ぐ、力強く踏み込んで突っ込んでくる。離れていた距離を一瞬で詰めると、水平に走らせた大剣を素早く上段へと振り上げて、必殺の一撃を狙う。正面から正々堂々と、王道を往く攻撃。

 だからこそ、春市には通じない。


「ほいっと」

「へ……?」


 向かってくる動きに合わせて、春市は身体を半歩引く。ブン! と《ガラティーン》が空を舞った。春市はそのまま空振りする様を視界で確認し、流れる様に彼女の股下へと足を滑らせて蹴り払う。

 結果、フィアはバランスを崩して、勢いよく背中から地面に叩きつけられた。咄嗟に春市が足を着地する寸前で挟み込んだので、見た目ほどダメージはない。

 ぽかん、と口を開けて理解が追いつかないフィアに春市は一言、


「少しは動きに工夫を入れないと、こうなるぞ」

「……今、身をもって痛感しました」


 容赦ないわね、と観戦していた凪沙の声が裏庭に木霊する。

 やっぱり無理かなー、と最早何度目になるかもわからない嘆息。

 そんな感じで、舞闘会コンクールに向けての訓練は続いたのだった。

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