二十一 別れ

 その後、ガニマタ王国の結婚式騒ぎもひと段落し、落ち着いた生活が戻ってきた。

 賢王モウコ・ハンとその有能な部下たちの元で王国はますます栄え、国民は毎日を幸福に暮らしていた。かつて新興だった王国は今や世界で一、二を争う経済大国にまで発展したのである。

 モウコ・ハンとイヴとの間には三つ子の男児が誕生し、どれを跡取りにするかで散々悩んだモウコ・ハンはとうとう新しい制度を生み出した。

「一日を朝と昼と夜の三つに分け、それぞれの時間帯をそれぞれの息子たちに治めさせよう」

 こうしてモウコ・ハン亡き後の王座は交代制となることが定められたが、国民は王がまだまだ矍鑠としているのを見て、引退は一体いつになることやら、と笑い合った。

 それから十年の月日が流れた。

 跡取りの息子たちはすくすくと育ち、モウコ・ハンもいつしか外を出歩くことがめっきり減ってしまった。頭のほうは健在で相変わらずの賢王っぷりを発揮していたものの、体に関してはどうしようもなかった。ガニマタ王国を興した英雄も、寄る年波には勝てぬ。

 そして、いよいよその刻はやってきた。

 モウコ・ハンが病に倒れたのである。

 最初はただの風邪だと元気に笑っていたモウコ・ハンも、寝込む期間が一週間、一ヶ月と長引くにつれて少しずつ痩せ細っていき、笑う気力もなくなっていった。

 国民からは連日見舞いの手紙やら果物やらが王宮に届けられ、大広間はその保管場所となった。

 プリンプリンを含め、ガニマタ王国最高峰の医者たちが手を尽くして治療に当っていたが、病状は一向に回復しなかった。

 そして、モウコ・ハンが倒れてから三ヶ月と十日後。

 枕元に呼び出された私は、居住まいを正してから病室の扉を開けた。

「元気そうだな、ウッカ・リー」

 横になってニヤリと笑うその顔にははっきりと死相が出ており、私は思わず目を背けた。

「……モウコ・ハン殿こそ」

「ふふ、もうよい。私は十分に生きた。部下ができ、妻ができ、王国ができた。元気な息子たちもいる。素晴らしい人生だったではないか」

 満足そうに語るモウコ・ハンは、自分の死期を悟っているようだった。

「今ほど……」

「ん?」

「今、この瞬間ほど、あの巨人の心臓を私が壊してしまったことを後悔したことはない。あなたが……あなたの手で心臓を貫いていれば、こんな」

 私の震え声に、モウコ・ハンは口を開けて笑った。

「まあそう言うな」

 ゴホンゴホンと咳き込み、モウコ・ハンは続けた。

「この国の行く末を、どうか見届けてくれ。お主にしか頼めないことだ」

 私は跪いた。

「この命に代えても」

「うむ、感謝する。なあに、実は毛ほども心配はしておらん。私の部下も妻も息子もしっかり者ばかりだ。この国を良い方向に導き、自分の使命を全うしたのち、いつかは天に還る。そのときにまた会えるだろう。私は少し早めに向こうに行くだけだ……もっとも、お主に会えなくなるのは心寂しいがな。それから、完成した王国史が読めぬことも……」

「約束します」

「何を?」

「この国が滅びたとき、あるいはこの永遠の命が尽き果てたとき。私は書き上げた『ガニマタ王国史』を持って、あなたのもとへと馳せ参じます」

 モウコ・ハンは顔をほころばせた。

「それは、楽しみだ。さぞかし面白いものになっているだろうな」

「……もちろんですとも」

 モウコ・ハンは静かに目を閉じた。

「いささか疲れた。休ませてくれ」

「ごゆっくり」

 私は一礼し、部屋を出た。


 それから三日間、モウコ・ハンは目を覚まさずに眠り続けた。

 四日目の朝、ガニマタ王国建国の祖は眠るようにして息を引き取った。やるべきことは全てやり遂げたという満足そうな顔で、安らかに。

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ガニマタ王国史 紫水街(旧:水尾) @elbaite

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