二十 祝福の花火

 王都に向かって爆走する首は、突然走った違和感に顔をしかめた。自分の体に何かが起きている。そして、それが一体何であったか、ロック・ロック・ビーが理解することは永遠になかった。

 心臓をひと突きにされたロック・ロック・ビーは、急激に目の前が暗くなるのを感じた。それがすべてだった。

 永遠の命はウッカ・リーへと引き継がれ、彼の頭部はただの転がる岩と化した。

 人間が食われる心配はなくなったとはいえ、その膨大な質量とスピードは健在であった。このままいけば、まず間違いなくかなりの数の死傷者が出る。お祭り騒ぎの王都の中で、王城だけは緊迫した空気に包まれていた。

 プリンプリンの機械によって回復したツギハギは、ただちに仕事に取りかかっていた。両手で愛用のパソコン「パツキントッシュ」を猛然とカタカタしながらスマートフォンを耳と肩で挟み込み、電話で各所に指令を飛ばすその姿はなんともデキる男である。

「もしもし! そう。そうだ。連絡だ。ディーンとシリムをただちに登壇させろ。前夜祭の余興だと言え。お色直し? 何回お色直しすれば気が済むんだ! 阿呆! いいから登壇だ! 今すぐ!」

「もしもし! 観衆の間に道を作れ。そう……そうだ! いや待て、もっと広く!」

「もしもし! アナウンスの準備をしろ! そうだ、今すぐだ。さっさとマイクを用意しろ! 原稿? 今からDlopboxに上げるからそれを読み上げろ!」

「もしもし。やあハニー、今日も可愛い声じゃないか。愛してるよ。うん、うん……そうなんだよ、ごめんね、今日も帰れないみたいだ……でもきっとそのうち帰るからね。うん、ははは、そうかい。もちろんさ。君の手料理が食べたくて食べたくて仕方ないんだ、帰ったらとびっきりのを作っておくれ。それじゃあね」

「もしもし! 球は今どこだ! そうか、よし、軌道を修正して人垣の間を通るようにしろ! 方法は任せる!」

「もしもし、女王殿ですか。はい。実は折り入ってお頼みしたいことがありまして……ええ。空中で、玉を撃ち落としてください。はい、玉です。そりゃもう、粉々に。ついでに何か模様も」

「もしもし! 準備はできたか! 登壇した? よし、下に行かせろ! 球が見えたらアナウンスを始めるんだ!」

 電話を切り、パツキントッシュを閉じ、ツギハギは一息ついた。

「さあ、作戦開始だ」

 こうして、王都のほうに転がってくる巨大な岩を迎え撃つための作戦行動、名づけてローリング・ストーンズ作戦の準備は完全に整った。

 結婚式を控えて上へ下への大騒ぎが続く王都に、突然アナウンスが響き渡る。

「皆さん、今回の主役のお二人が来てくださいました!」

 王城前の特設会場に結婚式の主役ディーン・ファインとシリム・チーリが姿を現し、観客は熱狂の渦に包まれた。

「前夜祭の余興として、お二人には大玉転がしを実演していただきましょう!」

 ディーンとシリムは顔を見合わせた。

 結婚式中でおよそ二百回行われるお色直しのうち百一回目の衣装を仲睦まじく選んでいた二人は、突然の呼び出しを受けて何が何やらもわからぬままに登壇したのである。この場で大玉転がしをやってみせればいいらしいのだが、それにしては大玉が見当たらない。さて、どうしたものか……と首を捻る二人の前に、それは現れた。

 地平線の先にぽつんと黒い点が出現する。かすかな地響きが聞こえてくる。例の首である。黒い点はみるみるうちに大きくなり、砂煙を伴うようになった。地響きは今や、地面を伝ってぶるぶると足を震えさせるほどになった。

 途方もなく大きな玉が、こちらに転がってきている。

 それを悟った二人の心に、プロ・オーダマーの炎が燃え上がった。玉を見れば転がさずにはいられない。転がる玉を見れば弾かずにはいられない。そう、我らはプロ・オーダマーなり。

「行くわよディーン!」

「了解、フォーメーションRだな」

 フォーメーションRのRとはReflect、つまり「反射」のRであーる。

 シリムは尻を突き出した。そのシリムを抱きかかえるようにして、ディーンは足を踏ん張る。

 転がってくる大玉に気づいた観客たちは、次々と悲鳴を上げた。

「い、岩だ!」

「岩が転がってきてるぞ!」

「転石だ!」

「転石なのに苔むしてるぞ!」

「転石苔を生ぜずとかいう故事成句はどうなってるんだ!」

「コケにしやがって!」

 しかし、誰一人として負傷者は出なかった。観客は、その軌道上にいなかったのだ。ツギハギによる指示を受けて観客はふたつに分かれ、中央に大きな道を作っていたのである。人の海を割って、さながらモーゼのようにゴロゴロと突き進んでくる大玉。それを待ち構える二人のあまりの頼もしさに観客は一瞬にして恐怖を忘れ、やんややんやと声援を送った。

「えいっ」

 ロック・ロック・ビーの首であった物体は、寸分違わずシリムの尻にぶち当たった。

 ぷよん、というあまりにも可愛らしい音を立てて、岩は大空高く舞い上がった。二人の身長に対して岩があまりにも大きすぎたことで、岩は弾き返されるのではなくジャンプ台に乗ったように跳ね上がったのだ。

 そして、大空高く飛んだ玉の正面に、大きな影が現れた。

 それは、あの女王竜であった。竜へと変貌する術を身につけたデップリ王国の女王が、その身を竜と化して大空を羽ばたいている。

「がおう」

 女王竜は、その口からとっておきの炎弾を放った。オレンジ色の光球が、一直線に岩へと飛んでいく。

「今度アダムと野球をするときまでとっておきたかったのだが、仕方ない。ガニマタ王国の民にお披露目といこう」

 そう呟いてくるりとターンした女王竜の背後で、炎弾は岩に命中した。

 命中した炎弾は爆発し、岩を粉々に砕き、それでもなお勢いを止めずに空中で燃え広がった。まるで意志を持っているかのように空中で踊り狂う爆炎は、夕暮れの空に光り輝く文字列を描いた。太陽にも負けぬ輝きを放つそのメッセージには、こう書かれていた。

「ご結婚おめでとうございます」

 祝福の花火が、ガニマタ王国の空を鮮やかに彩った。

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