十九 不死の肉体

 王都まで転がっていくロック・ロック・ビーの首は、直径にして二十メートルを軽く超えている。砂埃を巻き上げ、樹木を押しつぶしながら転がっていく。

 巨大な質量を持つ物体が王都まで猛烈な勢いで転がってくる、という報告を受けた宰相ツギハギは、一言「労働基準法」と呟いて床に倒れた。

「役に立たんのう」

 腰痛に苦しんでいたとき、「腰痛を治す機械を開発すればいいのでは」との指摘を受けたことで早速腰痛を治す機械を作り上げ、自身の腰痛を跡形もなく治療してしまったプリンプリンがやってきて、ツギハギをひょいと抱え上げてベッドまで運んでいった。

「さてさて困ったことになった、あの巨大な球体は、このまま放っておけば王都に到達して甚大な被害を与えることは明白である。しかも、あの速度からしておそらく数十分後には到達すると見た。わしが何か発明するのも今からでは間に合わん。ディーンとシリムは結婚式のお色直しの準備で忙しい。王はなぜか王城から姿を消している。ううむ、八方塞がり」

 城内は結婚式の準備でてんてこ舞い、他の大臣たちも仕事で忙しそうにしている。

「そうだ」

 プリンプリンはぽんと手を打った。

「さっき発明した腰痛を治す機械、あれは特殊な光線で腰回りの細胞に働きかけて細胞を若返らせることで健康を取り戻すものだった。ということは、あれを全身に照射すればツギハギは息を吹き返すに違いない」

 善は急げ。プリンプリンは機械をセットし、ツギハギの全身に特殊な光線を浴びせまくった。数十秒後、目を開けたツギハギは「過労!」と叫びながら跳ね起きた。

「おっ、意識を取り戻したか」

「や、これはプリンプリン殿。失礼、あまりのオーバーワークに寝てしまっていたようで」

「それは大変だったな、しかしわしの発明した機械で疲れはとれたはず」

「そういえば」とツギハギは不思議そうな顔で腕をぶんぶん振り回した。

「なぜだか体が軽い。まだまだ働けそうです」

「それはよかった。向こうから王都に向けて転がってきている巨大な球、このままでは王都に壊滅的被害が出そうな勢いなのだが、あれをどうするかについて何かいい考えはないものか」

「ふーむ、こういうときこそ宰相の仕事。お任せあれ」

 ツギハギはベッドから飛び降り、トリプルルッツとダブルトゥループをきっちり決めてから部屋を駆け出していった。

「……いささか光線が強すぎたかな」

 プリンプリンは頭をかいた。


 その頃、絨毯から転げ落ちそうになったウッカ・リーは間一髪のところでモウコ・ハンに腕を掴まれ、ことなきを得ていた。

「危なかったな」

「走馬灯が見えました」

「というわけで、さあこの剣を心臓に突き立てろ」

 モウコ・ハンに手渡されたかりかりばーを受け取ると、ずしりと重かった。紙とペンばかり触ってきた自分には、少々荷が重いように感じられた。

「どうして私なのです。不死の体になるのは、あなたのような賢王こそふさわしいのではないですか」

 私が不死になっても、何の意味もない。王国史編纂係をずっと続けることができるくらいだ。そこまで考えて、私ははっとした。

「まさか、私が不死身になれば王国史編纂係をずっと続けていられるからですか」

「その通り!」

 モウコ・ハンは拍手した。

「お主以上に優れた王国史編纂係はおらぬ。第二部までを読ませてもらったが、あれはまことに優れた書物である。カクヨムに載せれば、ジャンル別ランキングに載るのも夢ではないだろう。あの書物を後世に受け継いでいくにあたって、一番良い方法はお主自身が生きて王国史を書き足していくことである。そのように私は判断した。よってお主をわざわざこんな地中深くまで連れてきたのだ」

「ははあ」

 それであれば、断る理由はない。私は妻も子供もおらぬ。これといって親しい友人がいるわけでもない。不死になって親しい者と別れる悲しみを味わうことも、他人よりははるかに少ないであろう。

「光栄です。それならば、喜んでこの身を不死といたしましょう」

 剣を持ちなおし、ゆっくりと構える。

 左胸の奥、巨人の心臓に狙いを定める。

「すまない、お主には並々ならぬ苦労をかけることになるな。編纂係という役職を、まさかここまで立派に務めてくれるとは思わなんだ。王都に戻ったら、好きな褒美を取らせよう」

 王の労いの言葉が、剣を持つ手を支えてくれているようだ。

 私は腕にぐっと力を込めた。

「そのお言葉が、私にとっては何よりの褒美でございます」

 剣を突き出す。

 伝説の剣かりかりばーが、大昔より存在する一つ目の巨人ロック・ロック・ビーの心臓を、まっすぐに貫き通した。

 穴の空いた左胸から光が溢れ出す。岩の巨人は今、その生命の源を破壊されたのだ。胸の奥からピシリ、パキリという音が響いてきた。それは心臓が裂けていく音だった。音はどんどん大きさを増し、迸る光はその強さを増し、巨人の心臓は少しずつ崩壊していった。

「見よ、巨人の最期だ」

 私もモウコ・ハンも下のビラビラガマガエルたちも、固唾を飲んでその光景を見守っていた。

 やがて、巨人の心臓から発せられる眩いばかりの光が、ゆっくりと収束し始めた。限りなく細くなり、一点に集中していく。その点は、私の左胸の真上。つまり、心臓の部分だった。

 巨人の心臓と私の心臓が今、光の糸で繋がった。

 その瞬間、何かとてつもなく大きなものが糸から私の心臓へと流れ込み、全身を駆けずり回った。熱い波動が心臓を覆い、肉体の隅々まで、湯に浸かっているような温かさが沁み渡る。全身が洗い流されているような、大きなものと一体になるような、そんな陶酔感が私の五感を塗り潰していった。

 やがて光はゆっくりと細くなり、ぷつんと消えた。

 後には静寂が残った。

「……大丈夫か?」

 心配したように声をかけてくるモウコ・ハンに向かって、私は頷いた。

「ええ、なんだか生まれ変わったような気分です」

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