十八 巨人の首

「ゲラゲラヘビが食われた? そんな馬鹿な話があるか」

 モウコ・ハンはどうにも信じられない様子だった。

「私達も最初はそう思いました。しかし、あれを見れば、その考えなど跡形もなく消えてなくなるでしょう。お連れします」

 ビラビラガマガエルの長はそう言ってくるりと振り返り、闇の中にペッタンペッタンと消えていく。

「モウコ・ハン様」

「行くしかあるまい」

 私たちは長を追って、暗い洞窟の中へと分け入っていった。

 歩くこと数十分、目の前に現れたのはとてつもなく広い空間である。手に持った「永遠の灯火」の光が届かないほど高い天井に広い横幅。これほどの空間が何の支えもなしに崩落せずにいられるとは、一体全体どういう仕組みなのだろうか。

「なんと、地中にこのような空間があったとは」

「我々がこの空間を見つけ、住居にできるかもしれないと思って隅々まで探索していたときでした。仲間の叫び声が聞こえたのです。声の元へ向かってみれば、そこには三頭のゲラゲラヘビがいました。三頭から同時に襲われればそりゃもう骨も残りませんから、私はそいつを尊い犠牲に、即座に逃げ出そうとしました」

「貴様それでも長か」

「命あっての物種ですからね。それに最近は毎晩毎晩、妻がどうにも激しくて体力が」

「話を戻せ!」

 モウコ・ハンが吠えた。

「失礼しました。その仲間はヘビに睨まれたカエルのような状態でぷるぷる震えていたのでありますが、ゲラゲラヘビはどうにも動く気配を見せません。不審に思い、恐る恐る近寄ってみると、そいつらはもう息絶えていました」

 長がぴたりと止まり、振り返った。

「ご覧下さい」

 なるほど、そこにいたのはまさしくゲラゲラヘビであった。三匹のゲラゲラヘビが折り重なるようにして倒れており、一様に虚ろな目を虚空へと向けている。そして奇妙なことに、頭から尻尾までかなりの長さがあったはずのゲラゲラヘビは、異様に身長が短くなっていた。

「食われている」

 近寄って調べていたモウコ・ハンがそう言った。

「頭しか残っていない。残った歯型から顎のサイズがわかるが、かなり大きいものに食い千切られて息絶えたようだ。頭だけが残されているのは、頭の部分はまずいから残しておいたということか、それとも」

 何もないはずの虚空に目を向ける。

「……新しい餌をおびき寄せるためにここに置いておいたか」

 モウコ・ハンが見ていた方角に目を向ければ、闇の中にぼんやりと何か大きなものが直立しているのが見えた。

「おい、長」

「何でしょうか」

「あそこに立っているのは何だ」

 モウコ・ハンが指差したほうを見て、長は「柱です」と答えた。

「あの複雑で美しい柱がこの大きな空間の中央ですべてを支えているのです。あの柱がなければ、おそらく天井が自重に耐えきれなくなり、ここは一週間ほどで崩落するでしょう。私たちが隅々まで這い回って調べたので間違いありません」

「そうか……私には、柱ではないもののように見えるが」

 モウコ・ハンが手に持った「永遠の灯火」を掲げると、私にも朧げにその全貌が見えてきた。

 私の身長がようやく足の小指の爪に届くか否かというほど限りなく巨大な柱には、美しい彫刻が施されている。それはただの円筒形ではなく、太くなったり細くなったり折れ曲がったり枝分かれしたり、まるで人間のような造形をしていた。腰布を巻いた筋骨隆々の巨人は天井を押し上げるようなポーズで静止していて、その肩甲骨や突き出した筋肉までもが精巧に彫られている。この空間の広さと相まって、柱ではなく一人の巨人がこの部屋を支えているかのようにも見えた。

 ただひとつ、その巨人には首から上がなかった。

 考えてみればおかしな話だ。自然が作り出した洞窟の中にどうして彫刻が施されているのだろう。どうして首がないのだろう。

 私は、そこでようやくこれの何たるかを理解した。

――ロック・ロック・ビーは巨大な一つ目の巨人で、頭と胴体を切り離して別々に操ることができ、大きすぎる胴体は地下に残して頭部だけ地表に現れては、山中に迷い込んだ人間を見つけて食べる。

 冷や汗が顔を流れ落ちた。

「ウッカ・リーよ、よく記録しておいてくれ」

 私はごくり、と生唾を飲み込んだ。

「あれが……」

「そう。おそらく、これがロック・ロック・ビーの胴体だ」


 一方その頃、ロック・ロック・ビーの首のほうはずるずると山の中を這い回っていた。一つしかないその目が、獲物を探してぎょろぎょろと動いている。

 餌はどこだ。食ってやろう。噛みちぎって、食い散らかしてやろう。

 獲物を見つけると、まずは噛み殺す。息絶えた獲物は咥えて洞窟まで持って帰り、自分の首と胴体をくっ付けてからじっくり食べるのだ。この前のヘビは旨かった。人間も旨い。ああ、そろそろ人間が食べたい。

 山頂までやってきたロック・ロック・ビーは、そこからの景色をぐるりと一望した。その目が捉えたのは、不幸にもお祭り騒ぎの王都アヤタカである。三日前なのに前夜祭が始まった王都では至る所から花火が上がり、歓声が響き渡っていた。王都より遠く離れた山脈からでも、はっきりとわかるほどの熱気。

 ロック・ロック・ビーはほくそ笑んだ。

 あそこには、餌がたくさんいるようだ。

 山頂から王都へ、ロック・ロック・ビーは猛烈な勢いで転がり始めた。自分の体の近くに置いている餌の周囲で何かが蠢いているのを感じ取ったが、そんなことは気にならなかった。向かう先には大量の餌がいる。自分の体の近くにいるのが餌だろうと敵だろうと、後回しだ。どうせ、自分の体には傷一つ付けられまい――そんな慢心を漂わせながら、首は転がり続けた。

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