十七 地中

 洞窟の中は薄暗く、そしてやや湿っていた。

 モウコ・ハンが懐から取り出したのは、プリンプリン博士謹製の「永遠の灯火」である。これは空気を燃料とした灯火であり、透明なガラスドームの中にとある物質と水が詰められている。中に入っているインチキロイドという物質は、接している水を酸素と水素に分解し続けるという効能を持つ。その酸素と水素を反応させて水にするとき、電気が取り出せるのだ。インチキロイドは触媒として働くので自身は変化せず、つまりこれは実質的な永久機関であり、熱力学第二法則はどこへ行ったのだと国中の学者が叫んだものの、事実としてそこに存在する以上誰もが認めざるをえなかった。

 なお、「永遠の灯火」という洒落た名前はプリンプリン博士によるものではない。彼からその製品の特許を高額で買い取ったとある会社「有限会社テンバイヤー」が国中に売り出したときの製品名である。

 灯火に照らされたその壁はなんだかテカテカとしており、まるで何かの生き物が体を擦り付けてトンネルを掘ったかのような……そのとき、私はモウコ・ハンの顔が何かを思い出したように歪むのを見た。

「どうなされました」

「いや……このトンネルを見ると、あの生き物を思い出してな……」

「あっ」

 デップリ王国から出た際、地中に引きずり込まれた部下たちを追って入った穴の中。独特の語り口で若きモウコ・ハンを激昂させしめた種族。シールド工法にて地中を掘り進む、やや卑猥な形をした地中の生き物。

「ビラビラガマガエルですか」

「うむ。この壁のテカテカ具合といい、あやつらの粘液が頭を過って……」

 そのとき、トンネル内に甲高い声が響き渡った。

「これはこれはこれは、アダム様ではございませぬか」

「うげっ」

 モウコ・ハンが王にあるまじき声を出した。

「我々です。ビラビラガマガエルです。覚えておいでですか」

 その声とともに、暗闇の奥から大量のビラビラした生物が姿を現した。言うまでもなく、ビラビラガマガエルであった。先頭にいたのは、シールド工法を我々に説明してくれた長である。

「ああ、できうることなら忘れたかったが」

「ニジイロモモンガは空を飛び、人間は地を歩き、我々は地中を這い回る。あなた様のご活躍であのにっくきゲラゲラヘビを葬り去ってのち、我々は繁殖に次ぐ繁殖、どんどん巣穴も拡張していったのですが、どうやら地中を掘りすぎたらしく、掘ったトンネルが四次元的な……なんと言いますか、クラインの壺的な形になっていたようでして」

「もはや突っ込む気力も起きん」

「突如、トンネルの先がまったく知らぬ地中に出たのでございます。幸いにもそこは大層広い地中でございましたので、我々は話し合いの末に一族総出で大移動、こちらに移住して地中のトンネルを掘り進め、再び快適な住居を実現したのでございます。のちに大きな山の地中であることがわかったのですが、どこに位置するかはわからぬままでした。あなた様がいらっしゃるということは、ここが最近有名なガニマタ王国なのですね! 我々も知らず知らずのうちにガニマタ王国の民となっていたとは、まったくもって鼻高々であります。いやーそれにしても、まさかあなた様とまたお会いできるとは、なんという偶然。わたくしもう驚きと嬉しさの念がむらむらと湧き上がってきました」

「私は後悔の念がめらめらと湧いてきたぞ。どうしてやっと私が王となったこの土地に貴様らがいるのだ」

「運命の赤い糸、というやつではないでしょうか」

 長は自分で言っておきながら照れたらしく、「きゃっ」と叫んで顔を真っ赤にした。真っ赤に染まったビラビラガマガエルは一層卑猥な姿であり、横のモウコ・ハンを見れば苦虫を百匹噛み潰したような顔をしていた。

「それでは、山奥に足を踏み入れた者が戻ってこない、という噂。夜毎に地鳴り、地響きがするという噂。山の奥深くに広く枝分かれした洞窟があるという噂。すべて貴様らの仕業か」

「めっそうもない! 確かに、ちょっと掘るときに騒音などあったかもしれまえんし、やや掘りすぎて地中が一大テーマパークのようになってしまいましたし、人間も多少は引きずり込みましたが」

「全部やっとるではないか! おのれ、斯くなる上はこの地中の洞窟をガニマタ王国名物地下大迷宮としてテーマパーク化し、定期的にショーを開催し、周辺にホテルなども建設してかわいいネズミのキャラクターの着ぐるみが出迎えてくれる夢の国に」

 私は慌ててモウコ・ハンの口を押さえた。

「いけません、それ以上言ってはいろいろと危険でございます、何が危険かと言われても困るのですが、とにかく危険なものは危険なのでございます」

「ええいうるさい、私の国の地下に住むなら国民としての義務を果たせ」

 憤慨して拳を振り回すモウコ・ハンから粘液の筋を残しつつ数歩後ずさり、長は慌てて弁明した。

「しかし、人間を引きずり込んだのにはちゃあんと理由があるのですよ」

「まさか、またゲラゲラヘビが出たなどというのではあるまいな。あれは倒しても一回は生き返るとか言っていたが、ちゃんと二回倒したはずだ」

「ええ、その通りですが……。実は、また別のゲラゲラヘビが出たのです。奴ら、個体数は少ないものの我々と同じように地中で繁殖するらしく……トンネルを掘り進んだ先に別の個体がいまして、いや、何というか、いたにはいたのですが……」

 長は口ごもった。

「なんだ、言ってみろ」

「全員食われました」

「ゲラゲラヘビにか?」

「いいえ、ゲラゲラヘビが、です」

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