十六 後継者

「どうして私を連れて行くのですか」

「適任だからだ」

「正気ですか」

「もちろんだとも」

「私は王国史の編纂以外に能のない人間ですよ」

「だからいいのではないか」

 話が絶妙に噛み合わないので、私はとうとう抵抗を諦めた。

「準備はできたか、さあゆくぞ……おっとその前に」

 モウコ・ハンはツギハギ総理大臣を呼びつけた。ここ数日間忙しそうに王城内を走り回っているツギハギは、疲れ果てた顔でモウコ・ハンのもとに参上したが、よく見るとその衣はツギハギだらけであった。

「お待たせしました。見苦しい格好で申し訳ありません、ここ一週間、激務続きで家にも帰ることができないのです……」

「ほうほう、ご苦労。ところで、所用で数日ほど王城を空ける」

「えっ」

 ツギハギの顔は明らかに引きつっていた。

「数日というのはどういうことでしょうか。三日後に結婚式が控えているのですが、あなたのお仕事、賓客への挨拶や会場準備などは……」

 モウコ・ハンはニヤリと笑って、ツギハギの肩を叩く。

「任せた」

 白目を剥いてその場に崩れ落ちたツギハギを後にして、モウコ・ハンは王城の外に足を踏み出した。

 私もその後に続いて王城の門から外に出たのだが、改めて見るとなんとも絶景である。見渡す限り立ち並ぶビル群は、しかし至る所に緑を取り入れたグリーンな設計となっている。点在する公園や広場では市民がくつろぎ、オカメ鳥と戯れている。計画都市とはかくも素晴らしきものであるかと、改めてガニマタ王国の急発展ぶりを思い知った。

 私は手元のメモ帳にそれを書き入れた。

「どうだ、いい国になっただろう」

「ええ、とても」

 私は深く頷いた。

 城門から歩くこと十五分、モウコ・ハンは地下へと降りてゆく。敷設されて間もない地下鉄である。

 王だというのに律儀に切符を買い、折良く到着した車両に乗り込む。車両はほとんど揺れずに、滑るように発車した。

「どうだ、快適だろう」

「ええ、とても」

「プリンプリンもこれは自信作だと言っていた。地下に敷いたレールの上を走るので横風も障害物もないし、手入れも楽だ」

「ははあ、鉄道を地下に埋め込むとは……」

「電線などを地上に露出させていると景観を害する上に落雷などの危険も高まるのでな、鉄道も電線も、かなりの設備を地下に敷設している。この地は地盤が安定しているので助かるな」

「だから地上に電信柱が見当たらなかったのですね」

「うむ」

 私は再びメモ帳を開き、メモをとった。

 その後、地下鉄はいくつかの駅を通り過ぎて、終点「キャラメルスコッチ山脈駅」へと到着した。

「降りるぞ」

「はっ」

 駅を出ると、目前にはまだ開発の手が伸びていない荒涼たる山地が広がっていた。

「この山に人が住んでいるのですか」

「人の手が入らない山は荒れるからな、間伐などを生業にしている者たちが暮らしている」

「ははあ、なるほど」

 私はモウコ・ハンの言葉を逐一メモしていった。この王国の興亡を最大限に詳しく書き残すのが、王国史編纂係たる私の使命である。

 そこで、私は大変なことに気づいてしまった。

「ア……アダム殿」

「モウコ・ハンと呼ばんかい」

「失礼。モウコ・ハン殿。たった今、大変重要なことに気がついてしまいました」

 モウコ・ハンは懐から小さく折りたたんだ絨毯を取り出し、ニヤリと笑った。

「ほう、何だ。言ってみよ」

「後任がいませぬ」

「ほう」

 モウコ・ハンはなんだか面白そうな顔で頷く。

 そして絨毯をばっさばっさと広げた。それはプリンプリン博士が開発した「折りたたみ式空飛ぶ絨毯」であった。表面に織り込まれた不可思議な幾何学模様によって絨毯の繊維が内部で四次元的に絡み合い、局所的に重力を逆転させるという優れものである。ふわふわとした乗り心地、そして優れた加速力。これが災いし、開発されてから三日でおよそ数十人が空から墜落死したため、発売は停止されたという。

「ほれ、乗るがいい」

 私が絨毯に乗り込むと、絨毯はふわりと浮き上がってから山のほうへと進み始めた。落ちない程度の速度だが、速いことに変わりはない。耳元をびゅうびゅうと風が吹きすぎていくので、私は大声で話を続けた。

「私ももう高齢と呼ばれる年齢に差しかかろうとしています。そろそろ、いつ死んでもおかしくありませぬ。というより、今から山の化け物ロック・ロック・ビーと戦いに行くので、今日中に死ぬ可能性も多々あります」

「ふむふむ」

「私が死ねば、王国史の編纂はどうなりますか。これから先もますます繁栄していくこの王国の行く末を見届け、書き残す者がいなくなります。一刻も早く後継を見つけなくてはなりませぬ」

「確かに。しかしお主以上の適任など見つかるのか」

「ええ、それが問題です。最もよいのは私がこの王国の終焉まで編纂係を務めることなのですが、生憎私の寿命は限られておりまして……。ですから、なんとかして国じゅうから相応しい人物を探し出して仕事を引き継がねばならんのです」

「では……もし、ウッカ・リーよ、おぬしの寿命が尽きなかったら、そのまま王国史編纂係を続けてもよいということだな」

「それはもちろんですが……」

 私が不安を隠しきれずにいると、モウコ・ハンは豪快に笑った。

「ならば大丈夫だ」

「なぜです」

 絨毯が急停止し、飛び降りたモウコ・ハンの前には黒々とした洞窟がぽっかりと口を開けている。そこが雄大なるキャラメルスコッチ山脈の地下に広がる大迷宮「ヒロスギー洞窟」への入り口であった。

「それはいずれわかることだ。さあ、入るぞ」

 私は諦めた。王がいずれわかるというのなら、いずれわかるのだろう。今はただ、この方に付き従うのみ。

 こうして、私とモウコ・ハンは暗い洞窟に足を踏み入れた。

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