十五 噂
半年後、ガニマタ王国はさらなる成長を続けていた。
観光地としての収入に加え、豊かな土地と新鮮な果物、野菜、穀物で国民の満足度は鰻登り。とうとう「世界各国、永住したい国ランキング」で二位に大差を付けて一位を獲得するまでになった。
そして、三日後にディーン・ファインとシリム・チーリの結婚式が開催されるということで、ガニマタ王国中がお祭り騒ぎの様相を呈していた。街中には万国旗(七つしかない)が至る所に取り付けられ、昼も夜も灯りが煌々と輝き、道端には土産物屋が乱立した。
王城では結婚式の準備が整いつつあり、城内はもう上へ下への大騒ぎ、猫も杓子もわけもわからず走り回っていた。
「お色直し用の衣装はどこだ!」
「誰だ、ブーケトス用のブーケをアイスィンクソウで作ったのは! 死傷者が出るぞ!」
「駄目だ、こんな汚い尻型ウェディングケーキで何を祝うつもりだ! もっと尻のこの辺りが美しい曲線を描くように作り直せ! あと、そこにロウソクを刺すんじゃない!」
ガニマタ王国の王都アヤタカには、すでに都市としてのキャパシティを超える人数が集結。
文部科学大臣の夫婦、ドー・カン・スーとゲンシカン・スーはあちこち走り回っては微分と積分を駆使して簡易的なホテルを量産し続けた。
プリンプリン文部科学大臣はその老体に鞭打って実に様々な装置を開発し、とうとう無理がたたって腰痛で寝込んでしまったが、「腰痛を治す機械を発明すればよいのでは」との指摘を受け、「盲点! 盲点!」と叫びながら躍り上がった。
世界各国の首脳も次々と祝いの電報を送りつけ、プロ・オーダマーたちはこぞってガニマタ王国に集まり、大会の優勝ペアを一目見ようと王城を取り囲んだ。
そんな騒ぎの中、密かにモウコ・ハンを呼び出した人物がいる。
この私、ウッカ・リーである。
王国史編纂係という役職は、ガニマタ王国についてのみ調べて書き記しておけばよいというものではない。ガニマタ王国を緻密に描くためには、その他の国々の地理、風土についての知識も踏まえた上で客観的に見ることが重要になってくる。比較対象無くして正確な伝記など書けぬ。
すなわち私は、全世界の地理、歴史、風土、伝承、その他諸々について、常日頃から大量の知識を蓄え続けているのである。人から伝え聞いたり、古文書を解読したりと、様々な場所から様々な方法で入手しているのだが、そんな折、私の耳にひとつの気になる情報が飛び込んできた。
「珍しいな。何事だ、ウッカ・リー」
「近頃、山脈の近くの住人たちの間で奇妙な噂が流れておるのです」
「ほう」
「ロック・ロック・ビーという怪物をご存知ですか」
「む、名前だけは聞いたことがあるぞ。どこかの国に伝わる伝承ではなかったかな」
「よくご存知で。シットリ国の伝承によると、ロック・ロック・ビーは大きな山の地下に棲むという一つ目の巨人です。この王城ほどもあるその身体はダイヤモンドやコランダムでできており、生半可な武器で傷ひとつ付けることができません。頭と胴体を切り離して別々に操ることができ、大きすぎる胴体は地下に残して頭部だけ地表に現れては、山中に迷い込んだ人間を見つけて食べるといいます……もちろん伝説がすべて事実であるならばの話ですが」
「ゲラゲラヘビよりは強そうだな」
「強いどころか! ロック・ロック・ビーの岩石でできた身体はそもそも頑丈な上に、切られても崩されてもたちどころに修復し、弱点は『首が胴体から離れているときに胴体の中心部にある心臓を破壊されると死ぬ』ということぐらいしかないのです。しかも心臓を破壊した者は不死の呪いを引き継いでしまうとか。過去にこの巨人によって国が滅んだ例もあるそうです」
「それは由々しきことだが、その怪物がまさかこの国にいるなどと言うのではあるまいな」
「どうやら、そのまさかのようです」
私は、耳にした奇妙な噂について簡潔に語った。
「山奥に足を踏み入れた者が戻ってこない、という噂。夜毎に地鳴り、地響きがするという噂。山の奥深くに広く枝分かれした洞窟があるという噂」
「それはそれは。情報感謝するぞ」
「どうなさるおつもりで?」
「決まっておろう」
モウコ・ハンが腰から提げた剣の柄に手を置くと、伝説の剣はかちゃりと音を立てた。
「二人の結婚式をぶち壊すわけにはいかぬ。極秘裏に出向いて、もしもその怪物がいるのなら退治してこよう。では、行って参る」
「お待ちください」
私は慌てて引き止めた。
「いくら王様と言えど、性急すぎます。しかもロック・ロック・ビーは神によって不死の呪いをかけられたという伝説もあるほどの強敵。万が一山の奥に潜んでいたら、一人ではあまりにも危険でございます」
「しかし……戦闘といえばシリム・チーリとディーン・ファインだが、結婚式を控えたあの二人を連れていくわけにもいくまい……ん? ウッカ・リーよ、お主今何と言った?」
「神によって不死の呪いをかけられたという」
「いや、その前だ。心臓を破壊した者はどうなると?」
「不死の呪いを引き継いでしまう、という噂があります。そのため、永遠の命を追い求める愚か者どもが幾度もこの巨人に挑んでは返り討ちにされているそうです」
モウコ・ハンはしばらく顎に手を当てて考え込んでいたが、やがてニヤリと笑ってこう言った。
「よし、いいだろう。今回は結婚式のため、あの二人を連れていくことができぬから……代わりにお主を連れて行こう」
口をあんぐり開けている私に向かって、モウコ・ハンは笑った。
「四十秒で支度せよ」
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